20 / 72
暁 星が宿り、縁が交わる
宰相と王と番の話
しおりを挟む
王宮。宰相執務室。ヴィークトルは只管積まれた嘆願書、稟議書に決裁書と様々な書類を処理していた。
「クジマ君、これを総務に」
「はい」
「あぁ、それからついでに監査から報告書をもらってきてくれ」
「かしこまりました。では、行って参ります」
補佐である青年クジマにそう指示し、彼の姿を見送るとふぅと大きな一息を吐く。前屈みになっていたせいか少し肩が凝ったような、腰が痛いようなそんなことを感じ、首を回したあとに背もたれで思いっきり背伸びをすれば、少し気持ちが楽になる。
「随分とお疲れではないか」
コンコンと軽いノックをして、ヴィークトルが許可を出す前に執務室に顔を出したのは青からオレンジの長髪を頭頂部で結わえた男。男に対し、ヴィークトルは慌てて立ち上がろうとするもそれを手で制した。
「よい、私も休憩中だ。それにここには友人として顔を出したに過ぎない」
「……護衛は」
「撒いた」
「撒くな」
はっはっはと笑う男にヴィークトルは頭が痛いとばかりに大きな溜息を零す。
「で、陛下……いや、ヴァーリャ、本当の要件は何だね」
「いや、なに、特に何も? ただ単に君が少々悩んでいる様子だったからな」
君が登城してきた際に悩みを抱えてそうな顔をしてたからどうしたのか気になっていてね、こうしてきたのだよと胸を張る男――ヴァーリャもといヴァレーリィ。冠を戴くものであるのだが、ヴィークトルとは古くからの友人で親しい仲。こうして、何かあれば休憩中と称してヴィークトルの許に姿を現す。護衛しているものは城の中であっても撒かれてしまうのだから、なんとも情けない。とはいえ、いる場所は大体ヴィークトルの執務室であることは把握しているので、すぐに合流することはできるのだが。
さて、ヴィークトルは困った。内に入れた人間に対しては色々と察してしまうこの男。恐らく、そのせいで今回やってきてしまったのだろう。
「で、悩みとは何かな? ほら、私も君も子を持つ親じゃないか」
「悩みが何故、子供だと思う」
「ん? 何となく。しかし、子供のことのようだな。さぁ、話してみるといい」
言ってみるものだなと笑うヴァレーリィに先程から溜息しか出てこないヴィークトル。ただ、確かに子供――息子のことで悩んでいるのだから、話してみるのもいいかと、口を開く。
「息子の態度、いや、行動がな、変なのだ」
「息子というとあの真面目で誰に対しても入れ込むことなくクールだとモテてるアルトゥールかい。で、変とは?」
「ヴァーリャも知っての通りのアレなのだが、故あって預かることになった少女に対してやたらと過保護になっていてな。娘なんかは『お兄様が壊れた』などと驚くほどだ」
そう話を聞いて、そういう気分だったのではと問うも、ヴィークトルはそんなのではないと力なく首を振る。
「人が変わったようだな」
「いや、少女に対してだけだ。私などには全く態度は変わらん。いつも通りだ」
例えばどんなと問えば、昨日のことと今日の朝のことを語る。
「……あー、そうか、うん」
「ヴァーリャ?」
両手で顔を覆ったヴァレーリィにヴィークトルは眉を顰める。もしかして、思い当たる節があるのかと名前を呼べば、心当たりがあると小さく零された。
「その、なんだ、相手が少女だというのが凄く気にかかるが恐らく彼らは『番』だろう」
「は?」
「思えばだ、アルトゥールは元々は監査官ではなく巡回騎士を希望していたな。近衛騎士にまで上り詰めれる実力も権力もありながら、だ」
折角の推薦状を近衛騎士ではなく、平民までも入り雑じる巡回騎士に使用したものだから、当時は騒然となったものだ。そして、今ヴァレーリィとしてはヴィークトルの話を聞いて腑に落ちた。
「私の親友がそうだった。ただ、一人の女性にだけやたら過保護で甘かった。そして、なにより実力があるのに彼女に出会うまでずっと昇進を断り続けた男だった」
懐かしそうに語るヴァレーリィにいやまさか、番はお伽噺の一種だろうと信じきれない。
「今では知ってるものは少ないが番専用の法もある」
「へ?」
「ほら、昔、君がボヤいてたじゃないか、『現在では実例がないのになぜ廃止されてないのだろうか』と。それが、番専用のものだった」
失くすことは簡単だ。けれど、番というものは我が国ではないが少例ほど現在でも確認されているとヴァレーリィは説明する。番の法は番を守るだけではなく、国を守るために必要なものなのだとも語る。
「書庫に実例を記したものがある。それを読んでみるといい。酷いものは凄惨だ」
それにもしアルトゥールとその少女が番であった場合役に立つだろうとヴァレーリィは言う。
「あぁ、それから、メスの番に何かあった際にオスの番、恐らくはではあるがアルトゥールの瞳孔が縦長にキュッと細くなったら、これはもう確定事項だ。出来るだけ早く番契約をすることをオススメする」
一応は番契約をしなくても専用の法が適応できる場合もあるけど、確実なのは契約を交わしておくことだとアドバイスを口にする。まだまだ納得できてないヴィークトルにくすりと笑い、私も昔そうだったと懐かしそうに寂しそうにヴァレーリィは零した。
何か声をかけようと口を開くもクジマが戻ってきたため、ヴァレーリィはそれじゃと執務室を後にする。
「クジマ君、済まない、少し席を外す」
「あ、はい、えーと、どちらに」
「少しばかり書庫にいってくる」
「かしこまりました」
「クジマ君、これを総務に」
「はい」
「あぁ、それからついでに監査から報告書をもらってきてくれ」
「かしこまりました。では、行って参ります」
補佐である青年クジマにそう指示し、彼の姿を見送るとふぅと大きな一息を吐く。前屈みになっていたせいか少し肩が凝ったような、腰が痛いようなそんなことを感じ、首を回したあとに背もたれで思いっきり背伸びをすれば、少し気持ちが楽になる。
「随分とお疲れではないか」
コンコンと軽いノックをして、ヴィークトルが許可を出す前に執務室に顔を出したのは青からオレンジの長髪を頭頂部で結わえた男。男に対し、ヴィークトルは慌てて立ち上がろうとするもそれを手で制した。
「よい、私も休憩中だ。それにここには友人として顔を出したに過ぎない」
「……護衛は」
「撒いた」
「撒くな」
はっはっはと笑う男にヴィークトルは頭が痛いとばかりに大きな溜息を零す。
「で、陛下……いや、ヴァーリャ、本当の要件は何だね」
「いや、なに、特に何も? ただ単に君が少々悩んでいる様子だったからな」
君が登城してきた際に悩みを抱えてそうな顔をしてたからどうしたのか気になっていてね、こうしてきたのだよと胸を張る男――ヴァーリャもといヴァレーリィ。冠を戴くものであるのだが、ヴィークトルとは古くからの友人で親しい仲。こうして、何かあれば休憩中と称してヴィークトルの許に姿を現す。護衛しているものは城の中であっても撒かれてしまうのだから、なんとも情けない。とはいえ、いる場所は大体ヴィークトルの執務室であることは把握しているので、すぐに合流することはできるのだが。
さて、ヴィークトルは困った。内に入れた人間に対しては色々と察してしまうこの男。恐らく、そのせいで今回やってきてしまったのだろう。
「で、悩みとは何かな? ほら、私も君も子を持つ親じゃないか」
「悩みが何故、子供だと思う」
「ん? 何となく。しかし、子供のことのようだな。さぁ、話してみるといい」
言ってみるものだなと笑うヴァレーリィに先程から溜息しか出てこないヴィークトル。ただ、確かに子供――息子のことで悩んでいるのだから、話してみるのもいいかと、口を開く。
「息子の態度、いや、行動がな、変なのだ」
「息子というとあの真面目で誰に対しても入れ込むことなくクールだとモテてるアルトゥールかい。で、変とは?」
「ヴァーリャも知っての通りのアレなのだが、故あって預かることになった少女に対してやたらと過保護になっていてな。娘なんかは『お兄様が壊れた』などと驚くほどだ」
そう話を聞いて、そういう気分だったのではと問うも、ヴィークトルはそんなのではないと力なく首を振る。
「人が変わったようだな」
「いや、少女に対してだけだ。私などには全く態度は変わらん。いつも通りだ」
例えばどんなと問えば、昨日のことと今日の朝のことを語る。
「……あー、そうか、うん」
「ヴァーリャ?」
両手で顔を覆ったヴァレーリィにヴィークトルは眉を顰める。もしかして、思い当たる節があるのかと名前を呼べば、心当たりがあると小さく零された。
「その、なんだ、相手が少女だというのが凄く気にかかるが恐らく彼らは『番』だろう」
「は?」
「思えばだ、アルトゥールは元々は監査官ではなく巡回騎士を希望していたな。近衛騎士にまで上り詰めれる実力も権力もありながら、だ」
折角の推薦状を近衛騎士ではなく、平民までも入り雑じる巡回騎士に使用したものだから、当時は騒然となったものだ。そして、今ヴァレーリィとしてはヴィークトルの話を聞いて腑に落ちた。
「私の親友がそうだった。ただ、一人の女性にだけやたら過保護で甘かった。そして、なにより実力があるのに彼女に出会うまでずっと昇進を断り続けた男だった」
懐かしそうに語るヴァレーリィにいやまさか、番はお伽噺の一種だろうと信じきれない。
「今では知ってるものは少ないが番専用の法もある」
「へ?」
「ほら、昔、君がボヤいてたじゃないか、『現在では実例がないのになぜ廃止されてないのだろうか』と。それが、番専用のものだった」
失くすことは簡単だ。けれど、番というものは我が国ではないが少例ほど現在でも確認されているとヴァレーリィは説明する。番の法は番を守るだけではなく、国を守るために必要なものなのだとも語る。
「書庫に実例を記したものがある。それを読んでみるといい。酷いものは凄惨だ」
それにもしアルトゥールとその少女が番であった場合役に立つだろうとヴァレーリィは言う。
「あぁ、それから、メスの番に何かあった際にオスの番、恐らくはではあるがアルトゥールの瞳孔が縦長にキュッと細くなったら、これはもう確定事項だ。出来るだけ早く番契約をすることをオススメする」
一応は番契約をしなくても専用の法が適応できる場合もあるけど、確実なのは契約を交わしておくことだとアドバイスを口にする。まだまだ納得できてないヴィークトルにくすりと笑い、私も昔そうだったと懐かしそうに寂しそうにヴァレーリィは零した。
何か声をかけようと口を開くもクジマが戻ってきたため、ヴァレーリィはそれじゃと執務室を後にする。
「クジマ君、済まない、少し席を外す」
「あ、はい、えーと、どちらに」
「少しばかり書庫にいってくる」
「かしこまりました」
0
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説


今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【本編は完結】番の手紙
結々花
恋愛
人族の女性フェリシアは、龍人の男性であるアウロの番である。
二人は幸せな日々を過ごしていたが、人族と龍人の寿命は、あまりにも違いすぎた。
アウロが恐れていた最後の時がやってきた…

リストラされた聖女 ~婚約破棄されたので結界維持を解除します
青の雀
恋愛
キャロラインは、王宮でのパーティで婚約者のジークフリク王太子殿下から婚約破棄されてしまい、王宮から追放されてしまう。
キャロラインは、国境を1歩でも出れば、自身が張っていた結界が消えてしまうのだ。
結界が消えた王国はいかに?

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる