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第57話 処刑前のエリアス

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刑の執行の前に2時間程、人と話す機会が与えられる。 

エリアスは希望しなかったし、誰もエリアスの話を聞こうとする者はいなかった。 

しかし、俺とエリスがエリアスとの話す機会を希望した。   

英雄の俺の意見は簡単に通った。エリアスも受けた。   

「俺の最後の会話はよりにもよってお前なのか?」   

「......」   

「笑いにきたのか? 俺への復讐か?」   

「違う、俺は賢者マリアさんの遺書を渡す為に来た」 

「マリアが! 今、何て言った?」   

エリアスはこれまで見せた事が無い表情をした。   

「マリアさんは自害した。お前を地獄で待つそうだ」 

「何故だ、何故、普通の幸せを掴まない? 俺と関わって、幸せになどなれないだろう!」   

信じられない事にエリアスは目に涙をためていた。   

「マリアさんはお前だけを愛していたんだ。永遠に結ばれない事を知っていても」   

「そんな馬鹿な女がいるのか?」 
 
「マリアさんはそういう人だったんだよ。マリアさんから、遺書を預かって来た」 

俺はエリアスにマリアの遺書を渡した。   

エリアスは真剣にマリアの遺書を読んだ。 

泣いた。あのエリアスが泣いた。   

「レオン、俺はお前が羨ましかった。気立てのいい許嫁、お前に懐く妹。俺にも妹がいた。いつも俺に懐いていたが死罪になった。幼馴染で婚約者のマリアは家がおとり潰しになって離れ離れになった。お前は俺が失ったものを全て持っていた。だから、お前が憎かった、だから奪った。お前から全てを奪うと気分が良かった。ああ、俺は最低な男だ。だが、俺の家族や大切な人は皆死んだ。誰も罪なんて犯していない、何故俺ばかりが? だから、幸せな奴らが憎かった。奪った時は最高に気分がよかったよ」   

俺は思わずエリアスの胸ぐらを掴んだ。   

「もう一度殴られたいのか? マリアさんが言っていた、憎悪は憎悪しか呼ばないと!」 

「お前に何がわかる? あぁ! 何が勇者だ! 厳しい鍛練! 理不尽な命令! 教官の暴力! 魔物との命がけの戦い? お前は知ってるのか? 勇者パーティ結成前に何人死んだか? 俺のために死んだ仲間! 人が焼ける匂い! 仲間の血臭! 仲間から託された想いの重さを! なのにお前は、ただ外でのんびりと待ってるだけ!」 

勇者パーティ結成前にエリアスは俺達とは違う訓練を受けていると聞いていた。それがそれ程厳しいものだと初めて知った。 

「だからと言ってレオン様に何をしてもいいという道理にはなりません」 

エリスがぽつりと言った。 

「なんで俺が勇者なんてしなきゃならなかったんだ? お前ら、最初言っていたよな? 俺達には輝かしい未来がある? お前らにはあったんだろうな? 俺にそんなものがあるか? 俺の両親や妹が帰って来るのか? 輝かしい未来? 俺にはないんだよ! そんな未来なんてな! そんな俺に魔王を封印して来いって? 俺だって、最初は民の為と思おうとした。だけどな......忘れられるものか! 目の前で両親を! 妹の首が刎ねられるのを見せられて、あくる日には勇者として魔王を封印して来いって? ふ、ふざけるなぁ!!!」 

「......エリアス」 

エリスから声が漏れる。エリアスはエリスの......幼馴染......だからか? 

「朝目覚めても夢の内容は覚えてる、夜寝る前にも、いつも思い出す、いや、昼間魔物と戦っている最中にも、ふとしたことで思い出す。目の前で両親と妹の首が刎ねられる時のことを。冷静になって魔王討伐して栄誉を手にしてと思おうとするけど......どうしても止められない。何で俺だけが? なんでだ? え? わかるか? 俺はそう思うたびに怒りに打ち震えるんだ。この気持ちをおさめるには、もう何もかもぶち壊すしかない。そうだろ? は、はははは」 

俺は怒りを覚えた。だからと言って、俺達が踏みにじられていいのか? 

「いい加減にしろ! エリアス! お前が踏みにじったものの結果がマリアさんを殺したんだ!」 

「ははは、違いないな......俺はお前の幸せも奪ったが、自分の大切な人の幸せも奪った」

エリアスはマリアの事でかなりショックを受けた様だ。 

「エリアス、エリアスはまだ私の事が思い出せないのですか?」 

「お前の事を思い出す?」 

そう言うと、エリスは耳の小さなピアスを外した。

すると、ストロベリーブロンドの髪が銀髪に、そしてショートの髪は長い髪へ......アリシアのような髪型になった。 

「エリアスの幼馴染にはもう一人いませんでしたか? エリアスとマリア、そして年下のもう一人の幼馴染の事は?」 

「お前、まさか、あのエルか? 行方不明になってしまったエル、俺とマリアは心の底から悲しんだ!」 

「エリスはそのエルです。エルは奴隷として売られたんです。お母さんに」 

「そんな、あのおばさんが! エルとあんなに仲が良かったじゃ無いか?」 

「エリスの家族は貧しくて、誰かがいなくなる必要があったんです」 

「何故言ってくれなかったんだ? それにどうして変装なんて! お前が、あのエルだったら、俺は、俺は......」 

「奴隷は非合法に性的な目的で使われることがあるので、自衛手段だったんです。髪を男の子みたいに短く偽って、色も平凡な色に変えました。国王陛下がくれたんです。それにエリアスは私を人として見て無かったではないですか......?」 

国王が? 知らなかった。エリスとアリシアは髪の色や髪型までそっくりだった。 

「エル、お前は時々俺を睨んでいた。何故だ?」 

「エリアスが道中、アリシアさんをレオン様から奪う次第を全部見てました。エリアスがレオン様を見る顔、あんなエリアスの顔は見たくなかった」 

「俺は幸せな奴らが憎かった」 

「それで、今は幸せなんですか?」 

「最悪だよ。何をやっても許される筈だった。魔王を封じられるのは俺だけ、まさか、魔王を滅ぼす奴がいるとはな、は、はは」 

「私はいつかエリアスがエリスに気がついてくれたらいいなと思ってました。でも、エリアスは私を性奴隷として売ってしまった」 

「気がつかなかったんだよ。お前だとわかっていたら! 俺は魔王を倒したら国王に願い、お前を探しだして結婚するのが唯一の希望だったんだ! 俺は、俺はお前を愛してたんだ!」 

「......エリアスはマリアさんが好きだったんじゃ?」 

「マリアとは婚約者同士だったが、恋愛感情はなかった。大切な人だが、俺が好きだったのはお前だけなんだ。どうして、どうしてこんな!」 

俺は何となく察していた。エリスとアリシアはそっくり。 

だから『魅了』の魔法の最初の犠牲者がアリシア......だった。 

「チクショウ! チクショウ! レオン、さぞかし気分がいいだろう? お前は俺の一番大切な人を奪ったんだ!」 

「違います! レオン様は私を奪ったりはしていません! 私を奴隷商に売り飛ばしたのは誰ですか? 奴隷の烙印を押したのは誰ですか? それに比べて、レオン様はいつも優しくて、そう、昔のエリアスみたいでしたよ!」 

「お、お前だとわかっていたら! 絶対そんなことはしなかったのに!」 

「誰であろうと、してはいけない事でしょう!」 

「すまない。君にはすまないことをした。つい出来心だったんだ。俺だって金に困ってなけりゃ、お前まで売ろうなんて思っていなかった。王都からの支援は少なかったんだ......だから」  

エリアスの家族を目の前で処刑し、厳しい鍛練で次々と仲間が死に、壊れたエリアスは...... その上、王からの勇者パーティへの支援が少なかった? だから悪事で金を稼ぐように? 

「……今更」  

エリスがまたぽつりと言った。 

「今ならまだ間に合う。きっと王も俺が心を入れ替えたと言えば許してくれる! 魔王がいなくなっても、他国との戦いで俺は活かす道がある。だから! 俺と!」  

「それで?」  

エリスはそれがなんだと言うの? と言う雰囲気で言葉を返した。  

「エルが怒るのも無理もない。でも、魔王を討伐するには仕方なかったんだ。俺はいつも君のことが心配だったし、愛していた。だから俺とまたあの頃みたいに戻るんだ。俺と結婚しよう」  

「……」  

エリスは無言で下を向いた。そして、こう言った。 

「私のアミュレット(首飾り)にまだ気が付かないのですか?」  

俺はエリスの唐突な言葉に驚いた。何故ならエリスはいつの間にか安産祈願のアミュレットを首にかけていた。  

「そ、そんな? 嘘だろ? エルが俺以外の男と?」  

「エリアス、あなたはエリスに何をしたか覚えていないのですか?」  

「悪いとは思っている! でも、俺はエルを愛しているんだ!」  

「愛している者を性奴隷しておいてか?」  

「……そ、それは」  

俺は見苦しいエリアスのエリスへの求愛へ割って入った。俺を支えてくれたエリスをこんなヤツに渡す訳にはいかない。 

「仕方がなかったんだ! 誰だって俺の立場なら仕方がないじゃないか!」  

「俺なら例えどのような状況でも他人を害したりしない。そんなことをしたら、エリスに相応しくない」  

「そんな馬鹿な話があるか!」  

「……馬鹿はどちらだ? そもそもエリスはどう思うんだ?」  

エリスはあっさりと言った。  

「エリアス……エリスは......無理です。あなたの顔を見ると身体が震えます。恐怖で足が竦みます。できれば早く死んでくれませんか?」  

「馬鹿な! あんなに仲良くしたじゃないか! 俺と結婚すれば勇者の妻になれるんだ! こんな平民風情と結婚しなくてもいいんだ!」  

はあ、とため息が出る。どんな理由があろうとも、あんなことをしておいて許す人間がいるとでも思うのか? この男はどこまで馬鹿なんだ?  

「俺に君に贖罪をする機会を与えてくれないか? 一生かけて君への罪を償う!」  

「……あれから1か月経ちました。最初にエリアスへの愛情が消えて、思い出が色あせたものに変わって……エリアスにも事情があったのかもしれません。でも、今更エリアスに心を戻すなんて無理です」  

「だからあれは……」  

「エリアスはそれで全てそれで片付いてしまうのかもしれませんが、エリアスへの気持ちが冷め切るには十分な時間でした」  

エリスは侮蔑の視線をエリアスに向ける。安産のアミュレットは絶対嘘だ。俺はエリスに指一本触れてない。俺はまだ17歳だ。結婚するには18歳にならないと......だから、そういう行為まで関係を進めていない。 

「お、お願いだ。俺に贖罪の機会を与えてくれ。やり直すチャンスを与えて欲しい!」  

「エリアス……やっぱり無理です」  

エリアスは再び泣き出した。マリアが死んだと聞かされた時より、大泣きに泣いた。 
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