上 下
34 / 51

34女騎士はアリーとソフィアに受験させたい

しおりを挟む
アリーとソフィアが朝食を二人でとって、身だしなみを整えると、なにやら外が騒がしくなった。 

「騎士様が来たわよ!」 

「ワシはまだ悪さは!」 

「大変よ! お父様!」 

辺境のグラキエス男爵家の人々は、皆、突然のことに驚きの声を上げていた。 

「アリー、きっと試験官の方よ」 

「え? お姉ちゃん、どういうこと?」  

「魔法学園の特待生試験が早まったのよ。キルクルス先生へお願いしてたの」  

「キルクルス先生って、あのお姉ちゃんの優しそうな魔法の先生?」  

「そうよ。昨日、魔法伝文が来たの。試験を早めてもらえるって」  

ソフィアの特待生試験はキルクルス先生の手引きだった。彼は自分の教え子がいずれ女好きの貴族の妻に無理やりされるなど、哀れでならなかった。それで、彼女に特待生試験のことを教え、手筈を整えていた。とはいえ、さすがの彼も試験を早める程の力はなかった。それを可能にしたのはアリーの存在だった。彼はアリーのことを魔法学園の試験官に伝え、日程を繰り上げてもらうことに成功していた。もちろん、七賢人が一人、氷の魔術師ウィリアムの折り紙付きだ。アリーとソフィアは二人で手を繋いで外へ出た。 

父親のジャックや長女のエリザベスも慌てて外へ出ていた。 

「(うわあっ! 女騎士だ! カッコいい! きっと、くっ殺要員だ!)」 

アリーは古代図書から仕入れた失礼極まりない感想を胸に、白馬に乗った騎士を見上げた。 

辺境には似つかわしくない、洗練された姿の女騎士が白銀のハーフプレートとミスリル銀の剣の束を朝日を反射させている。 

「これは騎士様。こんな辺境の街の男爵家へようこそおいでくださいました。ワシはこの地の領主、ジャック・グラキエスでございます。突然で何の準備もなく、申し訳ございません」 

父親のジャックが丁寧に騎士に声をかけるが、その目は女騎士をなめまわすように見る。 

何を考えているのかは想像に容易い。 

女騎士は青い髪に赤い瞳の理知的な容貌を持ち、毅然とした態度を崩さないが、男爵家の家長が挨拶をすると、馬から降りて騎士の礼を披露する。 

鞘ごと剣を外し、柄を相手に向けて差し出し、左膝をたて片膝をつく。 

ジャックは慣例に従い、剣の束を女騎士に返した。 

「突然の訪問を失礼いたします。私は、王立魔法学園・特待生試験担当、イニティウム伯爵家三女、ラナ・イニティウムと申します。あなたのお嬢様方に用向きがございます。お嬢様方はいらっしゃいますか?」 

「エリザベスにソフィアとアリー……三人おりますが……はっ! もしや長女のエリザベスが王立魔法学園の目に留まったのですな!」 

ジャックは特待生試験には可愛い長女のエリザベスが相応しいに違いない、という先入観からの発言した。 

「エリザベス嬢? 聞いておりませんね?」 

女騎士ラナ・イニティウムはこの家に三人の娘がいることを見て取ると、うなずいた。 

「……だいたいの事情は聞いております。受験頂くのはソフィア・グラキエス嬢、アリー・グラキエス嬢の二人のみです。お二人は正式な手続きを踏み、王立魔法学園の特待生の試験を受けることになります。結果は本日中にわかるでしょう」 

「王立魔法学園 ……特待生……??」 

突然のことに呆然とするジャック。 

「この制度の都合、家長であるジャック殿が知らないことは無理なからぬことでしょう。お二人を紹介いただけますでしょうか?」 

女騎士が厳しい口調でジャックにアリーとソフィアを紹介するように申し出る。 

「待ってください! アリーはともかく、ソフィアは婚約が来週成立します。それでは大損害ではないか? 何のためにこれまで育てて来たと思っているのだ!」 

「女性をただの道具としか見ていないと? そのための特待生試験をご存じないと?」 

「そんな話は同意できん! ハワード男爵からは金貨1000枚を約束されているのだぞ! 大損害だ!」 

女騎士は騎士の礼として膝まずいていたが、立ち上がり、剣を抜いた。 

「王立魔法学園・特待生試験担当官として看過できない発言です。力ずくでもソフィア嬢には試験を受けて頂きます。反抗するのであれば、王への反逆と見做し、成敗いたします」 

凛とした声で、有無を言わさない態度で女騎士はジャックを睨む。 

流石に王を敵に回すほどジャックも馬鹿ではない。一歩後ろずさると、観念したかのような顔で苦渋に満ちた声で呟いた。 

「次女のソフィアはそこの黒い髪の娘です。アリーは金髪の貧弱な娘の方です」 

「ご自身の娘を貧弱だなどと......その発言は素直にお二人を紹介頂けたことで不問としますが、気を付けられた方がよろしいでしょう。王は女性の立場を改善したいと考えておられる」 

「な、なにぶん辺境の男爵の身、王都の最近の事情などは疎く、ご、ご容赦を」 

完全に観念した父親ジャックは素直に釈明をした。ここで騎士団の女騎士と対立すれば、王に背く反逆者と見られかねない。当然の反応だ。 

女騎士ラナ・イニティウムは華麗な仕草で剣を束に戻すと二人に声をかけた。 

「ソフィア・グラキエス嬢、アリー・グラキエス嬢、お二人には試験を受けて頂きます」 

ソフィアとアリーは女騎士の前に出ると、頭を下げた。 

「ソフィア・グラキエスと申します」 

「アリー・グラキエスと申しまふ」 

大事な場面で、微妙に噛んでしまうところがアリーらしい。 

「……あなたがアリー嬢ですね。七賢人が一人、氷の魔術師ウィリアム・アクアが推薦する能力楽しみですわ……。よろしい、受験会場の冒険者ギルドに行きます。案内してちょうだい」 

「ふぁい。かしこまるまるました」 

アリーが目をクルクルとさせていると、ソフィアが綺麗なカーテシーで一礼すると、慌ててアリーもならう。 

すると、突然これまで静かにしていたエリザベスから声があがった。 

「お待ちください。私にも受験させてください」 

長女のエリザベスが眉を吊り上げて、抗議するかのような声を上げた。 

「(うわ~、メンドクサイ性格)」 

アリーはエリザベスのメンドクサイ性格を十分承知していたが、流石に王都の騎士......それも伯爵家の三女という立場の者への発言に、流石に驚いていた。 
そして、エリザベスの顔を改めて見ると心の中で声を上げた。 

「(般若だ! 般若がいる!)」 

エリザベスはアリーとソフィアに先を越されたかのような錯覚......いや、実際先を越されているのだが、その屈辱感に顔を歪ませ、唇は曲がり、まさに般若の形相だった。 

「あなたは......エリザベス・グラキエス嬢ですね?」 

「そうです。A級スキル【煉獄】所持者にして、同世代最大の魔力量を誇るエリザベスです」 

女騎士ラナ・イニティウムは僅かに眉を潜めた。メンドクサイことに気が付いたのだろう。 

「ソフィア嬢とアリー嬢は正式な手続きを踏んで王立魔法学園の特待生試験を受けます。あなたも正式な手順を踏めば受けることができますが、今すぐという訳にはいきません」 

「特待生試験? そんなもの、聞いたことがございませんわ!」 

なんと、エリザベスは王都の騎士を睨みつけた。 

嫉妬のあまり、冷静さを欠いて、失礼な態度をとるエリザベス、流石に家長のジャックが慌てる。 

「エ、エリザベス、王都の騎士様なんだよ。失礼のないように......」 

「煩い! このハゲ!」 

ジャックは確かにハゲているが、例え家族でも言ってはあかんやつだ。 

様子を伺っていた女騎士ラナは赤い瞳をエリザベスに向ける。 

「王立魔法学園の特待生試験をご存じないと? 失礼を承知で申し上げますが、国王陛下が即位された5年前。女性の社会進出を支援し、優れた人材が社会で活躍できることを目標に、この制度が設けられました。王の即位の宣言を、あなたは知らないと言われるのですか?」 

「……グラキエス領は辺境ですのよ! きちんと宣伝するべきよ! あなた方の不手際ではありませんこと?」 

「国王の宣言がこの領で告知されていないと? それはあなたのお父様の役割であるという理解がないと? それをわたくし共の不手際だと?」 

「そ、それは……」 

エリザベスは言葉に詰まり、今度は父親のジャックを睨んだ。 

「お父様! どうして私に教えてくださらなかったのですか?」 

「だって、一般試験を不合格になるのに......特待生試験なんて」 

「お、お父様……!」 

「すまん、エリザベス、あと、ハワード男爵 のところへはお前が嫁いでくれ、頼む」 

「な、何ですってぇ!!!!」 

エリザベスの顔は般若を通り越して妖怪の類になったと一人思うアリーだった。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神殿から追放された聖女 原因を作った奴には痛い目を見てもらいます!

秋鷺 照
ファンタジー
いわれのない罪で神殿を追われた聖女フェノリアが、復讐して返り咲く話。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

元聖女だった少女は我が道を往く

春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。 彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。 「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。 その言葉は取り返しのつかない事態を招く。 でも、もうわたしには関係ない。 だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。 わたしが聖女となることもない。 ─── それは誓約だったから ☆これは聖女物ではありません ☆他社でも公開はじめました

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

ラララキヲ
ファンタジー
 フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。  それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。  彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。  そしてフライアルド聖国の歴史は動く。  『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……  神「プンスコ(`3´)」 !!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇ちょっと【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

聖女だと名乗り出たら、偽者呼ばわりをされて国外に追放されました。もうすぐ国が滅びますが、もう知りません 

柚木ゆず
ファンタジー
 厄災が訪れる直前に誕生するとされている、悲劇から国や民を守る存在・聖女。この国の守り神であるホズラティア様に選ばれ、わたしシュゼットが聖女に覚醒しました。  厄災を防ぐにはこの体に宿った聖なる力を、王城にあるホズラティア様の像に注がないといけません。  そのためわたしは、お父様とお母様と共にお城に向かったのですが――そこでわたし達家族を待っていたのは、王家の方々による『偽者呼ばわり』と『聖女の名を騙った罪での国外追放』でした。  陛下や王太子殿下達は、男爵家の娘如きが偉大なる聖女に選ばれるはずがない、と思われているようでして……。何を言っても、意味はありませんでした……。  わたし達家族は罵声を浴びながら国外へと追放されてしまい、まもなく訪れる厄災を防げなくなってしまったのでした。  ――ホズラティア様、お願いがございます――。  ――陛下達とは違い、他の方々には何の罪もありません――。  ――どうか、国民の皆様をお救いください――。

処理中です...