上 下
26 / 51

26小悪党エミリアはアリーが魔王と確信する

しおりを挟む
「(どうせ逃げても逃げきれないんだ)」 

小悪党なギルド長エミリアは圧倒的な力の差を見せつけられて、観念していた。 

「(それにしても、なぜ魔王様は私を生かしておくのだろう?)」 

エミリアは疑問だった。ポーションをもらった時、てっきり毒だと思った。 

しかし、何故か死なない。それどころか、もらった毒は美味しいし、何故か体が軽い。 

なんだか自分の中で何かが燃えているような感じを受けるし。 

「(きっと、すごく遅効性が遅い毒で、いつ死ぬかわからないという恐怖を散々味あわせるつもりなんだ)」 

小悪党のエミリアには他人を聖人だなどと思う発想ができなかった。優れた魔力とスキルを授かっておきながら、スキルを十分に使いこなせないエミリアは中央で働くことができず、辺境の地で冒険者ギルド長などをしている。 

将来を嘱望されて、エリートの道を歩んで来た彼女が落ちぶれて心が荒んだのも仕方がない点もあった。 

「(それにしても、なんか体の調子がいいんだよね。久しぶりに魔法の練習でもするか)」 

エミリアは街の外の魔法練習場に向かった。この世界には闘技場という魔法の威力を吸収して、屋内でも魔法の練習ができる優れた施設があるのだが、この街にはない。 

お金がない……のでもない。エミリアが闘技場を作るという名目で冒険者からお金を巻き上げたのだが……プールを作ってしまった。だからない。 

「ファイアーボール!」 

エミリアが魔法の訓練場の的に向かってポピュラーな火の広範囲魔法、ファイヤーボールを放つと。 

「え?」 

紅蓮は逆巻き、的の近くの丘全体を炎が焼き尽くす。エミリアの魔法とは思えない威力だ。 

「嘘ぉ! 私のスキルが開眼した?」 

エミリアは自身のスキルが開眼したとしか思えない魔法の威力に酔いしれ、ひたすら魔力の許す限り、火魔法を打ちまくった。 

「か・い・か・ん」 

エミリアは恍惚とした表情で自分の魔力に酔いしれたが、流石に魔法を使い過ぎて疲れたので、冒険者ギルドに寄った。 

「(しかし、なぜ急に? はッ!!)」 

エミリアは思い至った。 

「(そうか、これは魔王様が希望を与えた上で落とすという酷い罰。私はもうじき死ぬんだ!)」 

エミリアはアリーが自分の魔法の問題を解決し、上げた上で落とすという酷い仕打ちだと思った。何故そう思ったかと言うと、自分ならそうするからである。 

「戻ったぞ。何か変わったことはあったか?」 

「た、大変でございますエミリア様!」 

ギルドに戻ると副ギルド長が慌てて報告を始める。 

「実はスラムで疫病が発生し始めて、医師会の方が解毒薬を求められて提供したのです」 

「解毒薬では根本的な対策にならないだろう。せいぜい気休め程度だろ?」 

「そ、それがぁ! 今朝、アリーという少女が持ち込んだ解毒薬を投与した病人は全員全快したのです!」 

「なにぃ!」 

解毒薬は疫病などの病にも多少の効果があるが、普通は症状を一時的に緩和する程度がせいぜいだ。それが全快? 完治したというのか? 

「おかげで、スラムの疫病の感染拡大は止まって、街は安全です」 

「うむ、それは良かったな」 

え? 今、アリーって言った? 魔王様の名前出た? 

「あのアリーという少女、聖女様ではないかと街中で騒ぎになっています」 

「い、いや、あの方は」 

魔王と言おうとしたが、騒がしくギルドに乱入する者がいた。 

「た、大変です! あのアリーという少女が白い羽根を広げ、大空に飛び立ったそうです! 大勢の目撃者がいます」 

「どゆこと?」 

エミリアは誰だかわからん乱入者の言っている意味がわからなかった。エミリアは王都からこの街に流れて来たので、この街の古い文化とか全然知らなかった。 

「彼女は間違いなく、伝説の沈黙の聖女様です!」 

伝説の沈黙の聖女。500年前、彼女はこの地に立ち寄り、疫病を完治させて街を救ったと言い伝えられている。 

「せ、聖女様が再び」 

「なんと尊いことか」 

「またしても聖女様に何もお返しすることができず」 

「聞いたか、あの貴重なポーションをたったの銀貨100枚で譲ってくれたそうだぞ」 

「信じられない。金貨100枚、いや金で価値がつくような物じゃないぞ。それをたったの銀貨100枚! まさしく聖女様。きっとこうなることを見越して、我らに慈悲の手を」 

アリーが聖女と断定され、勝手に好感度が爆あがりする。 

しかし、小悪党エミリアはこう考えた。 

「(きっと、上げて下げる作戦だ。魔王様が善行なんてする訳がない)」 

エミリアの価値観では、善人の存在など信じることができなかった。半分当たっている。アリーは毒だと思って安く売りさばいたのである。アリーの意思に反して善行になってしまったが。 

「(やばい、責任を取らされるのやだ。死ぬまで少しでも生きたい。きっとこれも私への罰に違いない。明日にでもみんな死ぬに違いない)」 

『愚かなる人間どもよ—滅ぶがよい』 

アリーの言葉が頭をよぎる。さすが魔王である。街を丸ごと疫病で滅ぼす作戦に違いない。なんと恐ろしいことか、やはりアリーは魔王で間違いない。 

「(やっぱり早く夜逃げしよ)」 

こうして、エミリアはアリーが魔王と確信すると、ケルンの街を夜逃げしたのである。 

「(次に会ったら、絶対殺られる)」 

財産を持ち出す時間がないので、適当に寄付する文章を書いて、すたこらと逃げだす。ちなみに適当に指定した寄付先は貧しい孤児院だった。 

彼女は知らない。アリーに関わったため、やることなす事が善行とみなされて、後に大聖女アリーの最も信頼する煉獄の聖女として、この国の聖女に名を連ねる事になることを。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

その聖女、娼婦につき ~何もかもが遅すぎた~

ノ木瀬 優
恋愛
 卒業パーティーにて、ライル王太子は、レイチェルに婚約破棄を突き付ける。それを受けたレイチェルは……。 「――あー、はい。もう、そういうのいいです。もうどうしようもないので」  あっけらかんとそう言い放った。実は、この国の聖女システムには、ある秘密が隠されていたのだ。  思い付きで書いてみました。全2話、本日中に完結予定です。  設定ガバガバなところもありますが、気楽に楽しんで頂けたら幸いです。    R15は保険ですので、安心してお楽しみ下さい。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

遺跡に置き去りにされた奴隷、最強SSS級冒険者へ至る

柚木
ファンタジー
 幼い頃から奴隷として伯爵家に仕える、心優しい青年レイン。神獣の世話や、毒味役、与えられる日々の仕事を懸命にこなしていた。  ある時、伯爵家の息子と護衛の冒険者と共に遺跡へ魔物討伐に出掛ける。  そこで待ち受ける裏切り、絶望ーー。遺跡へ置き去りにされたレインが死に物狂いで辿り着いたのは、古びた洋館だった。  虐げられ無力だった青年が美しくも残酷な世界で最強の頂へ登る、異世界ダークファンタジー。  ※最強は20話以降・それまで胸糞、鬱注意  !6月3日に新四章の差し込みと、以降のお話の微修正のため工事を行いました。ご迷惑をお掛け致しました。おおよそのあらすじに変更はありません。  

聖女の姉が行方不明になりました

蓮沼ナノ
ファンタジー
8年前、姉が聖女の力に目覚め無理矢理王宮に連れて行かれた。取り残された家族は泣きながらも姉の幸せを願っていたが、8年後、王宮から姉が行方不明になったと聞かされる。妹のバリーは姉を探しに王都へと向かうが、王宮では元平民の姉は虐げられていたようで…聖女になった姉と田舎に残された家族の話し。

異世界で【神の愛娘】となりました 

あさのうみうし
ファンタジー
どうやら私は死んでしまったらしい。 浮遊魂となって漂っていたら異世界に呼ばれたとかマジですか。 それにしても異世界の神様ってなんという超絶美形。 この世界の聖女になって欲しいってことだけど。 聖女って……あんまり嬉しくないよね。 * 異世界に聖女候補として呼ばれたものの、一人だけ聖女転生に同意しなかったことで、まさかの【神の娘】となりました。 神様の加護が厚過ぎて、これもうほぼ神様レベルだよ! * 神様の娘がお伴(神獣)を携えて、暇に任せて無双していきます。気の向くまま、思うまま。助けたい者だけを助けます。 いーのいーの。だって私は神様じゃなくて、その娘だもの。 *「小説家になろう」様にも掲載しています。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

神殿から追放された聖女 原因を作った奴には痛い目を見てもらいます!

秋鷺 照
ファンタジー
いわれのない罪で神殿を追われた聖女フェノリアが、復讐して返り咲く話。

処理中です...