雪の青年と血を継ぐ令嬢

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雪の森

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 雪の森とは、サールデシュト王国の西に位置する一年中雪が降っている森のことだ。
 一年中雪が降るのは雪の精がいるから、悪魔が森に住み着いているから……様々な噂がされているこの森は一年を通しての平均気温はマイナスになるほど寒く、サールデシュト王国の罪人の処罰としてここが使われている。


 サールデシュト王国の罪人は、一枚の衣服が与えられたあとそのまま森のなかに放り出される。それは事実上の死刑だ。マイナスになるほど寒いこの森に一枚の薄い衣服を着た人間が生き続けられるわけがない。人も通らない、生き物もいない、そんなところに置き去りにされてしまったら、そのまま雪に埋もれて死んでしまうだろう。

 殿下が最後に言った雪を纏うとは、つまりそういうことなのだ。

「おら、さっさと降りろ! 孤児の子供が!」

 どさりと、荷物のように積もった白い雪に馬車から突き落とされる。ギルドから雇われている人間だと聞いたけれども、どうやらどんな人間を乗せるかまでも聞かされているらしい。

「大金を積まれなきゃ、こんな依頼受けなかったぜ! ほら、お前が森の奥まで行くのを見るまでが俺の仕事なんだよ。さっさといけ!」
「……はい、ここまでありがとうござました」

 痛む足に無理矢理力を入れて立ち上がる。素足に直接冷たい雪が降れて、更に痛みを感じた。爪先はもうすでに感覚がない。
 馬車から目を離して森の方へ目を向ける。森は、驚くほど静かだった。生き物の鳴き声もしない。噂は本当だった。自分が確かめることになるなんて思わなかったけれども。

(暗いわ……それもそうね。太陽は雲で隠れているもの)

 ずるずると、足を引き摺りながら森の方へゆっくりと歩いていく。これから、私はどうなってしまうのだろうか。いや、もう決まっている。雪に埋もれて死ぬだけだ。私の未来に残されたのはそれだけ。



 歩き続けていると、いつの間にか馬車は見えなくなっていた。ワンピースから出た腕を擦りながら、ため息を一つついた。

「さむい……」

 ぽつりと、そう言葉を溢す。私に与えられた服は半袖のワンピース一枚だけ。体はどんどん冷えてくるし、足の感覚はもうあまりない。そろそろ限界が近そうだ。昨日から何も食べさせてもらえてないし、もうすぐ私の命も尽きることだろう。


 暗い森を感覚だけを頼りに進んでいくと、大木があった。周りの他の木よりもかなり高く、空を覆い隠すほど枝を伸ばし、葉を広げている。この木だけ種類が違うのだろうか。

「……それに」

 ここだけ空気が澄んでいる。太陽の光も入らないのに。この木から離れると淀んだような空気に変わるから、この木だけが特別なのだろう。何となく、この木に近づくと荒んだ心が落ち着くようだった。


「死ぬならここがいい。ちょっとだけ、貸してもらってもいいかしら」
 幹の部分に手をあて、すがり付くようにペタリと地面に座り、寄りかかる。木の周りは葉に遮られているからか、雪はあまり積もっていないようだ。他の場所より暖かい。

 目を閉じて幹を撫で擦る。父がいたら、手のひらに傷がつきそうだから止めろと怒られただろう。

「ごめんなさい、父様。私、家族を守れなかった。父様が必死に守ってくれたのに、何も出来なかった」

 強い人になりたかった。誰にも負けない、父のような強く生きる人に。

「もう、駄目ね。私は父様の子供に相応しくなかった。ごめんなさい、父様。ごめんなさい……」

 うわ言のように"ごめんなさい"を繰り返す。そうすれば、少しだけ救われたような気になった。救われるような人間ではないけれど、その言葉は自分自身を慰める言葉だった。

 幹を撫でていた手の力が段々抜けていく。同時に凄まじい眠気が私を遅い始めた。
 目を開けたら、私は何処にいるのだろう。父にあわせる顔がないから、いっそのことこのまま魂ごと消滅させてほしい。

 これは、そう。私の我が儘だ。
 でも、それが一番


『どうしたの?』

 ピクリと、突然聴こえてきた言葉に身体が無意識に反応する。
 死ぬ前にして、ついに幻聴が聴こえてきたのだろうか。ここは普通走馬灯というものが見えるのではないの?

 そんな私の困惑をよそに、幻聴は喋り続ける。

『あれ、あらら? 君ってもしかしてバハンデーズの親戚? わわわ、どうしてこんなところにいるの? 寒いでしょ、ここに居たら死んじゃう……バハンデーズの一族って死ぬのかな?』

 なんだろう、幻聴にしてはしっかりと意思をもって喋ってるようだし、ここまで長く聞こえるものなのだろうか。おかしい、それにこの声頭に直接響いているような気がする。

「……だ、れ」
『わっ! 喋った! よかった、生きてたんだぁ。バハンデーズの親戚を死なせたらバハンデーズに怒られちゃうとこだったよ!』

 口を開けて、絞り出すように幻聴の声の主へ話しかける。よかった、目を開けることは出来ないけれど、なんとかまだ話すことは出来るらしい。でも、どちらにしろ限界は近い。

『バハンデーズの子、死んじゃうの?』
「……い、きることはむずか……しい、わ」
『ありゃ、それじゃあ助けなくちゃね! バハンデーズには借りがいっぱいあるんだ! 任せて、この近くに知り合いがいるんだ』

 この陽気な声をしている幻聴は何を言っているのだろう。ここから森の外へ出るのに人が動けない人を背負って行くのは無理がある。こんな怪しい女、捨ててくれてもいいのに。

『バハンデーズの子、寝ててもいいよ。君は酷く疲れているようだ。安心して、絶対に僕が守るよ』

 「放っておいて」という言葉は口から出ることはなかった。ふわり、と柔らかく温かい何かに包まれる感覚がして体が浮き上がった。

 ゆらりゆらりと揺りかごのように揺れるその感覚に、眠気が再び戻ってくる。まだ聞きたいことは沢山あるのに、バハンデーズとはなに?とか、あなたは誰?とか。

『おやすみ、バハンデーズの子』

 そのまま私の意識は途切れた。
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