4 / 5
覚悟
しおりを挟む
今にも雪が降りだしそうな曇り空だ。さっきまでは雲1つない青空だったのに、たった数時間でこんなにも空は表情を変えた。山の天気は変わりやすい、と、よく耳にした事はあるが、初めてそれを実感した。
僕は今、「ある場所」に向かっている。歩いてはとても行ける場所ではないらしく、かといって公共交通機関も通っていないらしい。福島さんは、自分が車を運転するから車で行こうと言った。正直、僕は抵抗があった。もしかしたらこの男は人を殺しているかもしれない。しかも、2人もだ。そんな男が運転する車に乗る事は、自殺行為に等しい。ただ僕は、ここでふと疑問に思った。今まで死ぬ事に対して恐怖心を抱いた事など1度もない。むしろ、死にたかったぐらいだ。なのになぜ、僕は今こんなにも車に乗る事に抵抗があるのだろうか。「僕らしくもない」。そう強がって、僕は車に乗り込んだ。
車の中では一切会話をしていない。かれこれ3時間近く走っているのだが、一言もだ。車に乗る前こそ抵抗感があったが、乗ってしまえばそれほど恐怖心は無かった。特に緊張もしていない。そのおかげか、喉も渇かなければトイレにも行きたくならないのだ。福島さんはどうなのかわからないが、車をどこかに止めたりしないという事は、そうなんだろう。僕はひたすら窓の外を眺めていた。
それにしても、すごい山道だ。さっきまでは舗装された綺麗な道路を走っていたのだが、今は砂利道とも言えるガタガタの道を走っている。車のカーナビに目を向けると、そこには道が表示されていない。さすがに僕も不安な事が頭をよぎる。やはりこの人は殺人犯で、そして、殺した相手は僕の両親。上手いこと言いくるめて僕を施設で育ててきたが、昨日、僕が真相に一歩近づいた。このまま放置していると、いずれ本当の事がばれるのは目に見えている。そうであれば、いっそ僕を道連れに心中してやろう・・・。そう考えていても不思議ではない。黙ってこのまま殺されるぐらいなら、いっそこの男を殺して逃げてやろう、と思い、意を決して聞いてみた。
「ねぇ、これ、どこに向かってるの?」
「昨日言っただろう。ある場所だ。」
福島さんは表情を変えずに答えた。
「ある場所ってどこなの?そこに何があるの?」
「・・・行けばわかる。」
僕はだんだん苛立ってきた。行けばわかるだと?こっちはこのまま殺されるんじゃないかとヒヤヒヤしているんだ。そんな呑気の回答を鵜呑みにしていられるか!
「行けばわかるじゃねぇよ!こんな山奥に何があるんだよ!あんたまさか、このまま俺を道連れに心中でもするつもりじゃないだろうな!」
僕は怒鳴り散らした。福島さんは特に驚いた様子もなく、淡々と運転をしている。ダメだ、やっぱりこの男を殺して逃げるしかない。このまま殺されてしまっては、真相にたどり着けない。ただの推測で終わってしまう。殺す方法を考えていると、福島さんがようやく話始めた。
「○○町って知ってるか?」
「○○町?」
「そうだ。今、その町の外れに向かっている。」
「・・・その○○町がなんなんだ?」
僕には全く心当たりがない。ふぅ、と福島さんは溜め息をついて続けた。
「そういえば、聞いてなかったな。お前、なんであの記事を見つけたんだ?あんな古い新聞のしかも隅っこにある小さな記事だ。」
「それは・・・通り魔事件の事について調べていたんだ。そしたらたまたまあの記事を見つけた。」
「そうか・・・。であれば、町の事も知っているはずだ。」
どういう事だ?通り魔事件を調べていた事とその町になんの関係がある?いや、待てよ・・・。確か僕が見つけた通り魔事件は2件で、2件とも僕が育った施設からはほど遠い場所で事件が起きていた・・・。
「・・・あっ!」
「・・・わかったか。」
「・・通り魔事件のあった町だ・・・。」
そうだ。間違いない。確かに新聞記事にはその町名が記載されていた。
「そうだ。○○町は21年前、幼児が殺害された通り魔事件があった町だ。」
「・・・なんでそんな場所に行くの?」
福島さんはまた溜め息をついた。
「少し落ち着け。ある場所についたら全てを話すって言っただろう。今のお前の精神状態じゃあとても受け止められる話ではない。真相を受け止めたかったらまずは冷静になれ。ちょっと眠ったらどうだ?その様子じゃ昨日寝ていないんだろう。心配しなくてもお前を殺しはしないし、俺は逃げたりもしないよ。」
確かに僕は寝ていなかった。誰のせいで寝れなかったと思ってるんだ、と福島さんを睨んだが、これ以上問い詰めても何も答えてくれそうになかったので、僕は大人しく目を閉じた。
「・・・・い・・・・ひこ・・・おい!照彦!」
「・・・ん」
「起きろ。着いたぞ。」
僕は熟睡していたようだ。よくもまぁ殺人犯かもしれない男の隣で熟睡できるものだと、我ながら関心した。窓の外に目をやると、そこは無造作に草木が生い茂っており、道路らしい道路などない。かといって駐車場という雰囲気でもなく、ただ単に森の中に車を適当に停めている、という感じだった。
「ここ、どこ?」
「○○町の外れだ。ここから少し歩くぞ。」
一体この先に何があるというのか。完全に今僕がいるのは森の中だ。それもかなり深いところだと思う。森どころか、もしかしたら樹海かなんかかもしれない。そんなところから更に歩いて行く場所って、どんな場所だ?
僕は黙って車を降り、冷たい外の空気に身震いがした。いや、もしかしたら恐怖心だったのかもしれない。ここへ来て恐怖心か・・・。そういえば、眠っている間に何かされなかっただろうか。スボンのポケットだったり、コートのポケット、体のあらゆる部分を触って確認をしていると、
「どうした?早く着いてこい。」
と福島さんが言った。
もうよそう。現に今僕は生きている。僕を殺すつもりなら、眠っている間にとっくに殺している。福島さんが何の目的で僕をここに連れてきたのかは未だに検討がつかないが、少なくとも、僕に危害を加えるためではないだろう。信用とは違う。単にこれ以上福島さんの事を疑っても時間の無駄だ。どのみち、この人の言うとおりにしない限り、真相には辿り着かないのだ。僕は覚悟を決めて、福島さんの後を着いて歩いた。
「ある場所」に辿り着くには、車を降りてからそう時間はかからなかった。5、6分歩くと、明らかに場違いな建物が建っていた。山小屋だと言われれば、そうなのかもしれない。しかし、世間一般的にイメージする山小屋は、おそらく木造だろう。僕も山小屋と言われれば木造をイメージする。ただ、その建物は木造ではなく、コンクリートでできていた。いわゆる、鉄筋コンクリートという物だろうか。都内に建っていれば、オシャレなデザイナーズマンションに見えるかもしれない。もちろん、壁に媚りついているコケやツルを剥ぎ取ればの話だが。
「ここが、ある場所?」
僕は福島さんに聞いた。
「・・・そうだ。心の準備は良いか?」
そう言われると、準備はできてない気がするが・・・。なにせ、「ある場所」が気になっていて、その事ばかり考えていた。まだ頭の切り替えができていない。まぁしかし、いたずらに時間を延ばしても意味はない。
「・・・うん。大丈夫。」
そう答え、僕と福島さんは建物の中に入った。
建物の中は埃とカビの匂いで充満していた。扉のカギが開いていたので、誰かしら生活をしているか、出入りをしているか、そう思っていたのだが、少なくとも誰かが生活しているとはとても思えない。また、外観からは3階建てぐらいの高さに見えたのだが、実際に中に入ってみると天井が高いだけで1階建ての建物だった。そして、何よりも不気味な雰囲気を出していたのは、あまりに殺風景な部屋と、この広い部屋に置かれているベッド3台、椅子3脚、パソコンのモニターのような機械だった。それ以外の物は何も無い。
「ちょっと外に出るから、ここで待っててくれ。」
そう言って福島さんは外に出た。
この建物は一体何なのだろうか。デザイナーズマンションみたい、などとふざけた事を考えていた自分を殴ってやりたい。想像するに、何かの感染者の隔離病棟か、監禁部屋か・・・あるいは人体実験でもやっていか・・・?あらゆる想像が頭をよぎるが、どれもこれも良い想像ではない。少なくとも、デザイナーズマンションなどとは程遠い。僕は、ベッドなどが置いてある場所へと近づいて行った。
「この機械・・・。たしか、病院とかにあるやつじゃ・・・?」
正確にはわからないが、見たことがある。見たことがあると言ってもテレビでだが、心拍や血圧などが表示される、あのモニターにそっくりだ。
「そうすると、ここはやっぱり、感染者の隔離病棟だったのか・・・?」
それにしてはベッドの数が少なすぎる気がする。僕はベッドも見てみる事にした。ベッドのマットレスには赤茶色の染みが斑に付着していた。おそらく錆びたのだろう、と思った。ベッドのフレームは鉄でできており、いかにも感染者の隔離病棟の雰囲気が出ている。そして、全体的に、ベッドも椅子も機械も埃まみれであるところを見ると、やはり、数年前まで隔離病棟として使っていて、今はもう使わなくなった、と考えるのが自然だろう。しかし、それが21年前に起きた通り魔事件と何の関係があるのだ?なぜ福島さんは真相を語る場所をここに選んだ?僕は性懲りもなく、考えていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・・」
僕はバカか?あり得ない。そんなわけない。僕はもう一度ベッドを見に行った。
「・・・やっぱり。」
さっき確認した時にはベッドのマットレスに赤茶色の染みがあった。おそらく、錆びたのだろうと。
・・・マットレスが錆びるだろうか。錆びるわけがない。現に、ベッドフレームの鉄は錆びていない。ワインかふどうジュースでもこぼしたか?そんなわけない。答えはただ1つ。
これは、血だ。しかも、染みの大きさを見る限り、大量の血液が流れている。人間のものなのか、動物のものなのか、それはわからない。もしかしたら感染者の血液かもしれない。
しかし僕は、ここで殺人事件が起きた。そう考える事しかできなかった。
ーガチャー
福島さんが戻ってきた。黙って真相を聞くべきか、それともこちらから問い詰めるべきか、僕は悩んでいると、もう1人、誰かが入ってきた。
「・・・こちらです。」
福島さんが案内をする。
「・・・おぉ・・・この子が例の・・・。」
現れたのは、白髪だらけの痩せこけた老人の男性だった。察するに、70歳は越えているだろう。
「・・・こんなに大きくなって・・・」
そう言って老人は見る見るうちに目を赤くさせ、ついには涙を流した。
誰なんだ?一体、なぜ泣いているんだ?僕は老人の顔をじっくりと見た。どこかで見た記憶のある顔だが、全然思い出せない。もしかして、施設の元職員とかだろうか。それであれば見た記憶があっても不思議ではない。
「・・・先生、彼は全てを知りたがっています。」
福島さんが静かに言った。
この老人が真相を知っているのか。福島さんはこの老人を「先生」と呼んだ。施設の職員は園長の事を「園長先生」と呼んでいる。やはり、この老人は元園長で間違いなさそうだ。そうであれば、全ての真相を知っていても不思議ではない。
「・・・そうか。・・・いつか、いつかこんな日が来るのではないかと、思っていたよ。・・・できる事なら、このまま逝きたかったのだがね。神様はやはり私のした事を許してはくれなかったのかもね・・・。」
そう言って老人は埃まみれのイスに座った。福島さんも後を着いて、同じく埃まみれのイスに座った。そして二人は、懐かしむような、悲しむよう、なんとも言えない表情でベッドを見ている。そんな様子を僕はボーッと突っ立ったまま見ていた。
「輝彦、お前も座りなさい。」
福島さんの声にハッとする。いやいや、座って話を聞く前に教えてほしい。
「いや、福島さん。この方は誰ですか?」
少々失礼な聞き方だったかもしれない。ただ、僕も言葉を選んでいる余裕がない。老人は福島さんの方を向き、また福島さんも老人の方を見た。そして、老人は小さく頷いた。
「・・・この方はな、輝彦・・・。山口勉先生だ。お前が見つけた新聞記事に書かれていた、あの山口勉先生だ。」
「・・・え・・」
そうか、だから見覚えがあったのか。でかでかと写真が載っていたインターネットのホームページを思い出した。白髪だらけで痩せ細ってはいるが、確かに面影はある。
さて、どうしたものか。ここへ来て、福島さんが嘘を言うとは思えない。この老人は山口医師と見て間違いないだろう。そうすると、今僕の目の前には殺人犯二人がいる事になる。福島さんはまだ僕の中では「容疑者」だが、山口医師に関しては実際に逮捕されたのだ。殺人の容疑ではなく、死体遺棄だったが、僕にとっては大差ない。いずれにしても人の死に関わっているのだ。僕は激しく動揺した。
「輝彦君も座りなさい。立ったままでは疲れてしまうよ。」
山口医師の声に僕はビクッとした。「二人は殺人犯」という僕の想像がそうさせるのか、この二人にはただならぬ威圧感がある。イスに座って二人と対峙した時、僕は正気でいられるだろうか。・・・いや、今さら何を迷っているんだ。車を降りた時に覚悟を決めたはずだ。大丈夫。僕は24歳だ。目の前にいるのは例え殺人犯だとしても、二人合わせて100歳を越えている老体だ。拳銃でも持っていない限り、いざとなれば逃げれるし、最悪、先に殺す事もできる。そう思い、僕はイスに座る事にした。「汚いイスだな・・・。」僕はそんな事を考えていた。大丈夫だ。動揺と恐怖心でいっぱいいっぱいだと思っていたが、まだイスの汚れを気にする余裕はある。
「・・・さて・・・何から話そうか。」
山口医師が言った。
「昨日、僕が福島さんと話した事はご存知ですか?」
僕は質問した。
「ああ、聞いているよ。よく調べたものだ。」
「僕は、福島さんには本当に感謝しています。僕の両親が交通事故で亡くなった後、ずっと僕の事を見てくれていました。親代わりと言っても過言ではありません。それなのに・・・。僕はあの新聞記事を見つけて、正直、福島さんの事が信用できなくなった。」
僕はシャツを捲り、お腹の傷跡を山口氏に見せた。
「このお腹の傷跡、何だかわかります?福島さんに聞いたら手術の跡だと言われました。でも、違いますよね?あなたにもわかるはずです。この傷跡が僕を真相に近づけてくれました。そして、あなたが今、僕の目の前に現れた。全てを包み隠さず教えてください。あなた方二人は何者で、僕のお腹の傷跡は何なのか。あの新聞記事は一体何なのか。なぜこの場所に連れてこられたのか。・・・全て、教えてください。」
二人は俯いている。
「・・・21年前、それが全ての始まりだった。」
山口氏が、重い口を開き始めた。僕の目を見ているのだが、僕の目ではない、どこか遠くを見ている様な表情だった。そう、昨日の福島さんと同じように。
僕は今、「ある場所」に向かっている。歩いてはとても行ける場所ではないらしく、かといって公共交通機関も通っていないらしい。福島さんは、自分が車を運転するから車で行こうと言った。正直、僕は抵抗があった。もしかしたらこの男は人を殺しているかもしれない。しかも、2人もだ。そんな男が運転する車に乗る事は、自殺行為に等しい。ただ僕は、ここでふと疑問に思った。今まで死ぬ事に対して恐怖心を抱いた事など1度もない。むしろ、死にたかったぐらいだ。なのになぜ、僕は今こんなにも車に乗る事に抵抗があるのだろうか。「僕らしくもない」。そう強がって、僕は車に乗り込んだ。
車の中では一切会話をしていない。かれこれ3時間近く走っているのだが、一言もだ。車に乗る前こそ抵抗感があったが、乗ってしまえばそれほど恐怖心は無かった。特に緊張もしていない。そのおかげか、喉も渇かなければトイレにも行きたくならないのだ。福島さんはどうなのかわからないが、車をどこかに止めたりしないという事は、そうなんだろう。僕はひたすら窓の外を眺めていた。
それにしても、すごい山道だ。さっきまでは舗装された綺麗な道路を走っていたのだが、今は砂利道とも言えるガタガタの道を走っている。車のカーナビに目を向けると、そこには道が表示されていない。さすがに僕も不安な事が頭をよぎる。やはりこの人は殺人犯で、そして、殺した相手は僕の両親。上手いこと言いくるめて僕を施設で育ててきたが、昨日、僕が真相に一歩近づいた。このまま放置していると、いずれ本当の事がばれるのは目に見えている。そうであれば、いっそ僕を道連れに心中してやろう・・・。そう考えていても不思議ではない。黙ってこのまま殺されるぐらいなら、いっそこの男を殺して逃げてやろう、と思い、意を決して聞いてみた。
「ねぇ、これ、どこに向かってるの?」
「昨日言っただろう。ある場所だ。」
福島さんは表情を変えずに答えた。
「ある場所ってどこなの?そこに何があるの?」
「・・・行けばわかる。」
僕はだんだん苛立ってきた。行けばわかるだと?こっちはこのまま殺されるんじゃないかとヒヤヒヤしているんだ。そんな呑気の回答を鵜呑みにしていられるか!
「行けばわかるじゃねぇよ!こんな山奥に何があるんだよ!あんたまさか、このまま俺を道連れに心中でもするつもりじゃないだろうな!」
僕は怒鳴り散らした。福島さんは特に驚いた様子もなく、淡々と運転をしている。ダメだ、やっぱりこの男を殺して逃げるしかない。このまま殺されてしまっては、真相にたどり着けない。ただの推測で終わってしまう。殺す方法を考えていると、福島さんがようやく話始めた。
「○○町って知ってるか?」
「○○町?」
「そうだ。今、その町の外れに向かっている。」
「・・・その○○町がなんなんだ?」
僕には全く心当たりがない。ふぅ、と福島さんは溜め息をついて続けた。
「そういえば、聞いてなかったな。お前、なんであの記事を見つけたんだ?あんな古い新聞のしかも隅っこにある小さな記事だ。」
「それは・・・通り魔事件の事について調べていたんだ。そしたらたまたまあの記事を見つけた。」
「そうか・・・。であれば、町の事も知っているはずだ。」
どういう事だ?通り魔事件を調べていた事とその町になんの関係がある?いや、待てよ・・・。確か僕が見つけた通り魔事件は2件で、2件とも僕が育った施設からはほど遠い場所で事件が起きていた・・・。
「・・・あっ!」
「・・・わかったか。」
「・・通り魔事件のあった町だ・・・。」
そうだ。間違いない。確かに新聞記事にはその町名が記載されていた。
「そうだ。○○町は21年前、幼児が殺害された通り魔事件があった町だ。」
「・・・なんでそんな場所に行くの?」
福島さんはまた溜め息をついた。
「少し落ち着け。ある場所についたら全てを話すって言っただろう。今のお前の精神状態じゃあとても受け止められる話ではない。真相を受け止めたかったらまずは冷静になれ。ちょっと眠ったらどうだ?その様子じゃ昨日寝ていないんだろう。心配しなくてもお前を殺しはしないし、俺は逃げたりもしないよ。」
確かに僕は寝ていなかった。誰のせいで寝れなかったと思ってるんだ、と福島さんを睨んだが、これ以上問い詰めても何も答えてくれそうになかったので、僕は大人しく目を閉じた。
「・・・・い・・・・ひこ・・・おい!照彦!」
「・・・ん」
「起きろ。着いたぞ。」
僕は熟睡していたようだ。よくもまぁ殺人犯かもしれない男の隣で熟睡できるものだと、我ながら関心した。窓の外に目をやると、そこは無造作に草木が生い茂っており、道路らしい道路などない。かといって駐車場という雰囲気でもなく、ただ単に森の中に車を適当に停めている、という感じだった。
「ここ、どこ?」
「○○町の外れだ。ここから少し歩くぞ。」
一体この先に何があるというのか。完全に今僕がいるのは森の中だ。それもかなり深いところだと思う。森どころか、もしかしたら樹海かなんかかもしれない。そんなところから更に歩いて行く場所って、どんな場所だ?
僕は黙って車を降り、冷たい外の空気に身震いがした。いや、もしかしたら恐怖心だったのかもしれない。ここへ来て恐怖心か・・・。そういえば、眠っている間に何かされなかっただろうか。スボンのポケットだったり、コートのポケット、体のあらゆる部分を触って確認をしていると、
「どうした?早く着いてこい。」
と福島さんが言った。
もうよそう。現に今僕は生きている。僕を殺すつもりなら、眠っている間にとっくに殺している。福島さんが何の目的で僕をここに連れてきたのかは未だに検討がつかないが、少なくとも、僕に危害を加えるためではないだろう。信用とは違う。単にこれ以上福島さんの事を疑っても時間の無駄だ。どのみち、この人の言うとおりにしない限り、真相には辿り着かないのだ。僕は覚悟を決めて、福島さんの後を着いて歩いた。
「ある場所」に辿り着くには、車を降りてからそう時間はかからなかった。5、6分歩くと、明らかに場違いな建物が建っていた。山小屋だと言われれば、そうなのかもしれない。しかし、世間一般的にイメージする山小屋は、おそらく木造だろう。僕も山小屋と言われれば木造をイメージする。ただ、その建物は木造ではなく、コンクリートでできていた。いわゆる、鉄筋コンクリートという物だろうか。都内に建っていれば、オシャレなデザイナーズマンションに見えるかもしれない。もちろん、壁に媚りついているコケやツルを剥ぎ取ればの話だが。
「ここが、ある場所?」
僕は福島さんに聞いた。
「・・・そうだ。心の準備は良いか?」
そう言われると、準備はできてない気がするが・・・。なにせ、「ある場所」が気になっていて、その事ばかり考えていた。まだ頭の切り替えができていない。まぁしかし、いたずらに時間を延ばしても意味はない。
「・・・うん。大丈夫。」
そう答え、僕と福島さんは建物の中に入った。
建物の中は埃とカビの匂いで充満していた。扉のカギが開いていたので、誰かしら生活をしているか、出入りをしているか、そう思っていたのだが、少なくとも誰かが生活しているとはとても思えない。また、外観からは3階建てぐらいの高さに見えたのだが、実際に中に入ってみると天井が高いだけで1階建ての建物だった。そして、何よりも不気味な雰囲気を出していたのは、あまりに殺風景な部屋と、この広い部屋に置かれているベッド3台、椅子3脚、パソコンのモニターのような機械だった。それ以外の物は何も無い。
「ちょっと外に出るから、ここで待っててくれ。」
そう言って福島さんは外に出た。
この建物は一体何なのだろうか。デザイナーズマンションみたい、などとふざけた事を考えていた自分を殴ってやりたい。想像するに、何かの感染者の隔離病棟か、監禁部屋か・・・あるいは人体実験でもやっていか・・・?あらゆる想像が頭をよぎるが、どれもこれも良い想像ではない。少なくとも、デザイナーズマンションなどとは程遠い。僕は、ベッドなどが置いてある場所へと近づいて行った。
「この機械・・・。たしか、病院とかにあるやつじゃ・・・?」
正確にはわからないが、見たことがある。見たことがあると言ってもテレビでだが、心拍や血圧などが表示される、あのモニターにそっくりだ。
「そうすると、ここはやっぱり、感染者の隔離病棟だったのか・・・?」
それにしてはベッドの数が少なすぎる気がする。僕はベッドも見てみる事にした。ベッドのマットレスには赤茶色の染みが斑に付着していた。おそらく錆びたのだろう、と思った。ベッドのフレームは鉄でできており、いかにも感染者の隔離病棟の雰囲気が出ている。そして、全体的に、ベッドも椅子も機械も埃まみれであるところを見ると、やはり、数年前まで隔離病棟として使っていて、今はもう使わなくなった、と考えるのが自然だろう。しかし、それが21年前に起きた通り魔事件と何の関係があるのだ?なぜ福島さんは真相を語る場所をここに選んだ?僕は性懲りもなく、考えていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・・」
僕はバカか?あり得ない。そんなわけない。僕はもう一度ベッドを見に行った。
「・・・やっぱり。」
さっき確認した時にはベッドのマットレスに赤茶色の染みがあった。おそらく、錆びたのだろうと。
・・・マットレスが錆びるだろうか。錆びるわけがない。現に、ベッドフレームの鉄は錆びていない。ワインかふどうジュースでもこぼしたか?そんなわけない。答えはただ1つ。
これは、血だ。しかも、染みの大きさを見る限り、大量の血液が流れている。人間のものなのか、動物のものなのか、それはわからない。もしかしたら感染者の血液かもしれない。
しかし僕は、ここで殺人事件が起きた。そう考える事しかできなかった。
ーガチャー
福島さんが戻ってきた。黙って真相を聞くべきか、それともこちらから問い詰めるべきか、僕は悩んでいると、もう1人、誰かが入ってきた。
「・・・こちらです。」
福島さんが案内をする。
「・・・おぉ・・・この子が例の・・・。」
現れたのは、白髪だらけの痩せこけた老人の男性だった。察するに、70歳は越えているだろう。
「・・・こんなに大きくなって・・・」
そう言って老人は見る見るうちに目を赤くさせ、ついには涙を流した。
誰なんだ?一体、なぜ泣いているんだ?僕は老人の顔をじっくりと見た。どこかで見た記憶のある顔だが、全然思い出せない。もしかして、施設の元職員とかだろうか。それであれば見た記憶があっても不思議ではない。
「・・・先生、彼は全てを知りたがっています。」
福島さんが静かに言った。
この老人が真相を知っているのか。福島さんはこの老人を「先生」と呼んだ。施設の職員は園長の事を「園長先生」と呼んでいる。やはり、この老人は元園長で間違いなさそうだ。そうであれば、全ての真相を知っていても不思議ではない。
「・・・そうか。・・・いつか、いつかこんな日が来るのではないかと、思っていたよ。・・・できる事なら、このまま逝きたかったのだがね。神様はやはり私のした事を許してはくれなかったのかもね・・・。」
そう言って老人は埃まみれのイスに座った。福島さんも後を着いて、同じく埃まみれのイスに座った。そして二人は、懐かしむような、悲しむよう、なんとも言えない表情でベッドを見ている。そんな様子を僕はボーッと突っ立ったまま見ていた。
「輝彦、お前も座りなさい。」
福島さんの声にハッとする。いやいや、座って話を聞く前に教えてほしい。
「いや、福島さん。この方は誰ですか?」
少々失礼な聞き方だったかもしれない。ただ、僕も言葉を選んでいる余裕がない。老人は福島さんの方を向き、また福島さんも老人の方を見た。そして、老人は小さく頷いた。
「・・・この方はな、輝彦・・・。山口勉先生だ。お前が見つけた新聞記事に書かれていた、あの山口勉先生だ。」
「・・・え・・」
そうか、だから見覚えがあったのか。でかでかと写真が載っていたインターネットのホームページを思い出した。白髪だらけで痩せ細ってはいるが、確かに面影はある。
さて、どうしたものか。ここへ来て、福島さんが嘘を言うとは思えない。この老人は山口医師と見て間違いないだろう。そうすると、今僕の目の前には殺人犯二人がいる事になる。福島さんはまだ僕の中では「容疑者」だが、山口医師に関しては実際に逮捕されたのだ。殺人の容疑ではなく、死体遺棄だったが、僕にとっては大差ない。いずれにしても人の死に関わっているのだ。僕は激しく動揺した。
「輝彦君も座りなさい。立ったままでは疲れてしまうよ。」
山口医師の声に僕はビクッとした。「二人は殺人犯」という僕の想像がそうさせるのか、この二人にはただならぬ威圧感がある。イスに座って二人と対峙した時、僕は正気でいられるだろうか。・・・いや、今さら何を迷っているんだ。車を降りた時に覚悟を決めたはずだ。大丈夫。僕は24歳だ。目の前にいるのは例え殺人犯だとしても、二人合わせて100歳を越えている老体だ。拳銃でも持っていない限り、いざとなれば逃げれるし、最悪、先に殺す事もできる。そう思い、僕はイスに座る事にした。「汚いイスだな・・・。」僕はそんな事を考えていた。大丈夫だ。動揺と恐怖心でいっぱいいっぱいだと思っていたが、まだイスの汚れを気にする余裕はある。
「・・・さて・・・何から話そうか。」
山口医師が言った。
「昨日、僕が福島さんと話した事はご存知ですか?」
僕は質問した。
「ああ、聞いているよ。よく調べたものだ。」
「僕は、福島さんには本当に感謝しています。僕の両親が交通事故で亡くなった後、ずっと僕の事を見てくれていました。親代わりと言っても過言ではありません。それなのに・・・。僕はあの新聞記事を見つけて、正直、福島さんの事が信用できなくなった。」
僕はシャツを捲り、お腹の傷跡を山口氏に見せた。
「このお腹の傷跡、何だかわかります?福島さんに聞いたら手術の跡だと言われました。でも、違いますよね?あなたにもわかるはずです。この傷跡が僕を真相に近づけてくれました。そして、あなたが今、僕の目の前に現れた。全てを包み隠さず教えてください。あなた方二人は何者で、僕のお腹の傷跡は何なのか。あの新聞記事は一体何なのか。なぜこの場所に連れてこられたのか。・・・全て、教えてください。」
二人は俯いている。
「・・・21年前、それが全ての始まりだった。」
山口氏が、重い口を開き始めた。僕の目を見ているのだが、僕の目ではない、どこか遠くを見ている様な表情だった。そう、昨日の福島さんと同じように。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
SF的将来展望の実際的な差異は人類の技術的発展にかかる可視化であるのだろうか。加えて思想的な差異は人類の怠慢であるのか。価値観の変遷に生きる
ねんごろ
SF
「シュミエール」という名の主人公が、日常の中で感じる思索の軌跡を綴った哲学的な物語。言語化の限界、情報量の減少、科学と哲学の対立、そしてSF文学の可能性まで、幅広いテーマを縦横無尽に探求していく。
現代社会の停滞感や価値観の変遷を鋭く観察しながら、人間の本質的な生き方や未来への希望を模索する主人公。その繊細な感性と鋭い洞察力が、読者を深い思考の旅へと誘う。
言葉の力と想像力が未来を形作るという信念を胸に、シュミエールは自身の存在意義を探り続ける。この作品は、現代を生きる我々に、生きることの意味を問いかける知的冒険の書であるのかもしれない。
黒白のニンブルマキア
深田くれと
SF
誰もが体内に持つ《黒曜》によって、余命2年を宣告された光矢。
義理の親の理不尽な扱いもあり、2年を待たずに死ぬ決心をし、死期を早められる公的な機関に連絡を取る。
案内されたのは山奥の奇妙な施設。
受付の令嬢に案内され、最後の一線を越えようとした時、一人の人物が現れた。
彼は――光矢を殺そうとする者だった。
しかし、その真の目的は、光矢をしがらみのない第二の人生に誘い、力を与えること。
生きる屍たちの中で、強大な力を得た光矢がゆっくりと歩み始めた。
ヒト・カタ・ヒト・ヒラ
さんかいきょー
SF
悪堕ち女神と、物語を終えた主人公たちと、始末を忘れた厄介事たちのお話。
2~5メートル級非人型ロボット多目。ちょっぴり辛口ライトSF近現代伝奇。
アクセルというのは、踏むためにあるのです。
この小説、ダイナミッ〇プロの漫画のキャラみたいな目(◎◎)をした登場人物、多いわよ?
第一章:闇に染まった太陽の女神、少年と出会うのこと(vs悪堕ち少女)
第二章:戦闘機械竜vsワイバーンゴーレム、夜天燃ゆるティラノ・ファイナルウォーズのこと(vsメカ恐竜)
第三章:かつて物語の主人公だった元ヒーローと元ヒロイン、めぐりあいのこと(vsカブトムシ怪人&JK忍者)
第四章:70年で出来る!近代国家乗っ取り方法のこと/神様の作りかた、壊しかたのこと(vs国家権力)
第五章:三ヶ月でやれる!現代国家破壊のこと(vs国家権力&人造神)
シリーズ構成済。全五章+短編一章にて完結
「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀
さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。
畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。
日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。
しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。
鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。
温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。
彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。
一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。
アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。
ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。
やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。
両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は?
これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。
完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。
【ブルー・ウィッチ・シリーズ】 復讐の魔女
椎名 将也
SF
<銀河系最強の魔女>ブルー・ウィッチと呼ばれ、全宇宙の犯罪者を震え上がらせた絶世の美女テアは、最愛の恋人を殺された復讐を誓う。
特別犯罪課特殊捜査官の地位を捨て、GPSを脱走したテアはA級指名手配を受けながらも、愛する男の仇を討つために銀河を駆け、巨大な犯罪ギルドに戦いを挑む。
比類なき能力と絶世の美貌を持つテアが銀河系を舞台に活躍するスペース・オペラです。よろしければ、お楽しみください。
【小説家になろう】にも掲載しています。
テア=スクルトのイラストは、沢田夢美さんに描いていただいたものです。素晴らしいイラストを描かれる方ですので、ここにご紹介しておきます。
http://yumemangakan.web.fc2.com/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる