問題児(イケメン)の家庭教師になったらなぜか溺愛されているのだが

たべるゆめ

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【忠犬】かわいい弟分のはずが

6:春の予感

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啓はずっと猫を飼いたいと思っていた。仕事から疲れて帰ってきたら、にゃあんと鳴いて出迎えてくれて、自分にだけすり寄ってくる毛並みの良い猫。

「おかえり」

現実は違う。啓が自分のアパートのドアを開けて帰宅すると、青髪の男が出迎えてくる。不愛想を装っているが、啓が帰ってきて嬉しいという感情が隠しきれていない。

「ただいま」

何だかおかしいぞと思いながらも返事をする。
金曜の夜になると一也は部屋の主よりも先に家に上がり帰宅する啓を出迎える。啓は決して合鍵など渡していない、決して。
ある日の金曜日、いつも啓の帰りをアパートの下で待っているはずの一也が居なかった。遅れているんだなと大して気にもせず部屋に入ると一也が我が物顔でベッドに寝転がりテレビを見ていた。驚いた啓はどうやって入ったのか問い詰めた。一也はけろりと答えた。いつも週末啓の部屋に入り浸っているイケメンがいることを、1階に住む管理人(65歳独身女性イケメン好き)は気が付いていた。そしてそのイケメンに声を掛ける機会を伺っていた。今日も忠犬の如く啓の帰りをアパートの下で待っていた一也は、ついに管理人に声を掛けられた。イケメンを気遣う管理人に「啓兄を待っている」と答えると、管理人はなんて健気な弟かしら!と感激し自ら啓の部屋の合鍵を渡したのだ。セキュリティがばがば、突っ込みどころが多すぎて脱力した。鍵を渡せと迫る啓に、一也は自分が貰ったものだと頑として譲らなかった。
そしてこの有様だ。

「啓兄の好きな司会の人出てるよ、ほらほら」

一也は玄関で途方に暮れる啓の腕を掴み部屋に連れていくとテレビを指さす。ほらね、と得意げに言う一也。

「録画してあげようと思ったけど、啓兄の部屋レコーダーもないんだ、可哀そうに。」

テレビの画面に映るバラエティ番組の司会者を、別段啓は好きなわけではない。ただ一度「この人おもしろいよな」と言っただけだ。一也はしっかりそれを記憶していた。啓の好きなもの、興味のあるもの、ものの考え方。些細なことまで一也は覚えてるのだ。

「野菜も洗っておいた」

今度はキッチンに腕を引かれる。入り浸る一也に「何か手伝え」と言って野菜を切らせたらお約束通り大きな手が血まみれになった。皿は洗えていたことを思い出し「野菜を洗え」と指示すると実に丁寧にキャベツを洗っていた。そこから一也は野菜洗い係になった。

ほらね、と洗われた野菜たちを指差す。期待を込めた目で見られ、心の中でため息をつきながら「えらいえらい」と青髪を撫でた。一也はむずかるような顔をして啓の腕をばしっと叩いた。

(褒められて嬉しくて、照れくさくて叩く。幼稚園児か?)

呆れつつも可愛いと思ってしまうあたり、やはり啓は一也に甘かった。ばしばしと叩いてくる一也に啓も一発強めのパンチを食らわせた。



「今どきの子は皆細いな」

啓と一也はベッドを背に薄い絨毯の上に座り晩御飯を食べていた。啓の部屋にソファなどない。ベッドを背もたれにして、ローテーブルで食事する。その向こうにテレビがある。テレビは音楽番組の特番を流していた。読み方のわからないおしゃれ過ぎるガールズグループがパフォーマンスをしていた。

「啓兄は細い女が好きなの?」

ご飯をかっ込みながら一也が聞く。啓は次の日が休みなのでリラックスしてお酒を飲んでいた。缶ビールを傾けながらうーんと唸り、

「俺を捨てない子が好き」

と言った。一也は鼻で笑ったが、啓は本気だ。浮気されたトラウマはなかなか消えてはくれない。イケてる女の子は皆恐ろしく感じる。

「女なんてクソだよ」

一也が吐き捨てるように言ったので啓は少し驚いた。

「天性の女たらしがよく言うよ。お前ほどの女好きは見たことないぞ」

「俺は別に女好きじゃない、男が嫌いで性欲が強いだけだ」

「更に最低だぞ」

「面倒事が嫌になったからもう素人の女とは遊んでないし」

「ええ?じゃあお前の家に来てた女の子たちはみんなプロの子?」

「そう。まあ向こうも勤務時間外に俺とのセックスで息抜きしてるときもあるけど」

こいつこの年で女を買いまくってるのかと啓はまじまじと一也を見た。そう思うとあの広い家に居る一也が更に哀れに思えた。本当の愛情を知っているのだろうかと心配になる。

「お前好きな子とか、いないのか?」

どうせいないと答えるのだろうと思ったが、一也は黙り込んだ。その様子に啓はピンときた。

「え、いるのかよ、誰だよ!」

「婚約者がいる」

「婚約者!?」

一也はむっとした顔で頷く。
まじかよ、さすが金持ち!と感心する。どこぞの令嬢なのだろうか。啓は24歳にして独身彼女なしのドフリーなのに、遊びまくっている一也には将来を約束した女がいたのか。

「ドラマとかでよくある、政略結婚ってやつ?愛はないのか?」

すると一也がまたも黙ったので、啓は更に驚いた。

「え、お前相手のこと好きなの?本命いたの?じゃあなんで女遊びしまくってんだよ」

一也は黙り込んだ。促しても黙り込んだままなので、啓もそれ以上は聞かなかった。
すると一也が、あいつ、と顎で示した。一也が示したのはテレビだ。テレビでは相変わらず音楽番組が流れている。ガールズグループのパフォーマンスは終わり、今大人気の「杏」の出番に変わっていた

「あ、杏だ。彼女が好きだったんだよ。ブランドの指輪まで買ったのにさ、質屋に売ってやるんだ。売った金でパーソナルトレーニングでも通うかな、ムキムキになってモテちゃったりして?」

あははと自分が言ったくだらない冗談に笑って、ぐびぐびとビールを流し込む。酒に弱い啓はくらりときたが、彼女のことを思い出すとどうしても酒が進む。振られてから明らかに酒量が増えた。

「だから、あいつが俺の婚約者」

あいつ、と一也が見ているのは、白いドレスを纏い長い黒髪を輝かせているド美女、杏だった。

「はあ・・・?」




一也曰く、
薫夫人は実の母親ではなく父親の再婚相手で、一也が13歳の時にやってきた。薫夫人の姉の一人娘が杏だった。血縁関係はないが一也とはいとこに当たる。松ヶ崎一族は資産家で起業家だ。薫夫人は自分の一族にもその恩恵をもたらすため、姉の娘杏と一也の婚約を決めた。一夜が若干14歳、杏は16歳だった。そして杏はその飛び抜けた容姿の良さが影響してか、かなり奔放な性格だった。

「俺の童貞はあいつが奪った。14歳のとき、家族や親戚でクリスマスパーティーをしていた。あいつは大人に隠れて悪いことをしているのが面白かったんだろう、パーティー抜け出して物置部屋で上に乗られた」

「…どんなエロ漫画?」

ぽかんとした顔で啓が言うと、「漫画の1000倍強烈だ」と睨まれた。

14歳の少年一也には強烈な初体験で、美しく奔放な杏に囚われた。が、杏は一也に対する特別な感情など一切なかった。杏は見た目だけでなく男関係も派手だった。高校で教師と関係を持って問題になったり、友人の彼氏を奪うくらいはかわいいもので、果ては友人の父親と関係を持ったこともあったそうだ。一也は知るたびに傷つき憤った。杏はそんな一也を見るのがお気に入りだった。

「気まぐれに連絡してきては男をチラつかせて俺を怒らせる。啓兄のカテキョすっぽかしたときも、久々にあいつから連絡があって…アルバムのレコーディングでロンドンに2週間滞在するからついて来いって言われて」

絶対行くもんかと思ったのに飛行機に乗ってしまった。会ってヤりまくったと一也は悔し気に呟いた。

「まるでパブロフの犬だ。憎たらしいのに、どうしても拒めない。身体が勝手に反応するんだ・・・だからせめて、俺も好きに遊んでやるんだ」

不本意極まりないといった様子だった。

「お前、大変な恋愛してるんだな」

よしよしと一也の頭を撫でる。一也の行動の理由が少し分かった気がした。沢山の女性と関係を持っている一也だが、本当は誰もいらないのだろう。一也が心底欲しいのは杏の心だけ。でも弄ばれて、ほかの男と関係を持たれて。一也は沢山の女の人と遊んで誤魔化すしかなかったのだろう。
薫夫人がしきりに一也を監視したがる理由が分かったような気がした。

こんな深い話までしてくれるようになったことが嬉しかった。啓は努めて優しい声を出した。

「大変な相手だな一也、でも好きな相手と結婚が決まってるならいいじゃないか」

「ふん、あいつも結婚までは好きに遊ぶだろうから、俺もそこまでは好きにする。まああいつの男漁りが結婚ごときで治るとは思えないけど」

デビューだって当然枕だと吐き捨てる。

(何その泥沼…)

画面の中の杏は、今聞いた話が嘘のような清楚さで切ないバラードを歌い上げる。女って恐ろしいと再認識した啓だった。


ご飯を食べ終わると眠くなるまで2人でだらだらテレビを見るのが習慣になっていた。眠くなってくると一也はシャワーを浴びて啓の寝巻を着る。もはや一也専用になりつつある寝巻だった。シンプルな上下黒のスウェットは、悔しいことに一也が着るとものすごいカッコいい服に見える。どこのハイブラかと思う。啓は若干面白くない気持ちでそれを眺める。

(イケメンは何やってもイケメンだよな)

そして当然のように啓のベッドに潜り込む。啓のベッドはシングルサイズだ。当初啓は男二人シングルベッドで眠るなんて狭くて嫌だと拒否した。一也には絨毯の上で寝かせていたが朝起きるとなぜかベッドで寝ている。狭いシングルベッドで啓を後ろから抱きしめてすやすやと眠っているのだ。気が付くたびに邪魔くさいと毎度注意していたが、何度言っても絨毯で寝たはずの一也は朝になると啓を抱き枕にしているので、今はもう諦めていた。そして普段から不眠症気味の啓だが、人肌が良いのか一也に抱き枕にされるとぐっすり眠れるということに気づいてからは注意しなくなった。今では堂々と眠る前からベッドに潜り込んでくるようになった。

「じゃーおやすみ」

啓がそう声を掛けると一也も「おやすみ」と言う。暗闇が苦手な一也のためにごく小さな明かりを残して啓も目を瞑った。


朝目覚めると腕と足でがっしりと抱き着かれていた。耳元ですーすーという寝息が聞こえる。温かい体温が心地よく、啓は二度寝の誘惑に揺れた。が、

(…ん?……こいつ朝勃ちしてる)

腰に硬い感触があった。まだ眠っている一也だが、モノを啓の尻にぐいぐいと押し付けている。
啓は一也をベッドから蹴落とした。ゴンと大きな音がして一也が呻いた。

「なに、なんだよ」

一也は寝ぼけ眼でベッドの上の啓を見る。啓はわなわなと震えた。

「俺にそんなもの押し付けるな!」

そんなもの、と言って一也の股間を指さす。一也は啓の指を追って自分の股間の状態を確かめる。

「ただの朝勃ちでしょ、うるさいなあ」

一也はのろのろとベッドに這い上がり啓を抱き枕にするために手を伸ばしてくる。啓は再び蹴落とした。まだ寝起きで反応の鈍い一也は床に尻もちをつき、忌々し気に啓を睨んだ。

「痛い、うざい。処女じゃあるまいし、朝勃ちくらいで騒がないでほしいんだけど」

一也はベッドに戻ることを諦め、そのまま床の上で丸くなった。その代わりベッドの上の掛け布団を引っ張り自分の身体に巻き付けた。

「朝からそんなもの押し付けられて気分いいと思うか?」

「最近女抱いてないし仕方ないじゃん」

「発散しておけよ!」

「だって啓兄の家に居るし」

「帰れ!」

「嫌だね」

「朝勃ち禁止!」

「うるさい童貞」

「童貞じゃない、ふざけんな」

啓はモノを押し付けられた不快感と一也の不遜な態度に憤っていたが、一也はそのうち相手にせず再び寝入ってしまった。

(こいつめ、少しは悪びれろ!)

啓は腹を立たせながらベッドを降りた。下で眠っている一也を踏んづけたい気持ちを抑えてカーテンを開け洗面する。
朝からイライラしたので糖分を欲していた。コーヒーを煎れながらフレンチトーストを作る。イラついてもきちんと二人分作ってしまうところが啓の甘いところだった。出来上がる頃には良い匂いにつられた一也が寝ぐせの頭で起きてきた。

「啓兄おはよう」

キッチンに立つ啓の後ろで一也が声を掛ける。啓は振り向かず無視する。

「啓兄、あいさつされたら目を見て応じないと失礼なんだよ」

啓兄がそう言ったんでしょと生意気に言ってくる。確かにそんなことを教えたような記憶があるので、横目で「おはよう」と答えた。一也は満足そうに笑ってフライパンを覗き込む。「いい匂い」と機嫌よく洗面所に消えていく。
先ほどの朝勃ち事件などなんでもない様子に、啓も不機嫌を継続するのがバカらしくなった。


「これテーブルに持っていくね」

洗面を済ませた一也がコーヒーと出来上がった甘い朝食を運ぶ。ありがとうと言うと嬉しそうに笑う。
テレビを見ながら休日の朝食を取る。杏のジュエリーブランドのCMが流れたが、一也は何も言わないし顔にも出さなかった。

「今日は俺仕事するから。お前帰れば」

社内コンペが近いので、この休日に完成させておきたかった。一也を構えないのでここに居てもつまらないだろうと思い言ったのだが、一也は啓をじっと見て

「邪魔しない」

と言う。邪魔しないから居させろということなのだろう。

「溜まってるなら女の子と遊んでくればいいじゃないか」

「気分じゃない。あとでシャワーのとき出すから平気」

「人んちの浴室でナニする気だ!」

「じゃあトイレで抜く」

「そういう問題じゃない」

こいつには羞恥心というものが無いのかと思ったが、セックスを見られても平気な顔をしていた男だ。性的なハードルが低いのだろう。
何を言っても無駄だと思い、啓は言い返すのを辞めた。

この日一也はPCに向かって真剣な顔をする啓を飽きもせず眺めていた。





「喜べ啓、愛梨ちゃんが啓の連絡先を教えてほしいと言ってきたぞ!」

週明けの月曜日、出社すると坂井が輝く瞳で啓の肩を抱いた。啓は首を傾げた。

「愛梨ちゃんて誰」

坂井はほらほらとスマホ画面を啓に見せる。明るい髪色のボブヘア、可愛らしい女の子が猫と一緒に映っているアイコン画像だった。啓はその顔に見覚えがあった。

「ああ、合コンした子だ」

啓は「合コンは一時休業」宣言をしていた。参加するたび自分の不甲斐なさを感じるばかりだったのだ。
スマホの中の女性は、休業宣言をする最後の飲み会の席にいた子だった。

「そう!大人しい子であまり話さない印象だったけど、啓が気になってたんだってよ」

啓の記憶の限りでは、その子と会話はなかったはずだ。静かにちびちびとお酒を飲んで、皆の話に控えめに笑っているような印象だった。啓自身もどちらかというとそのタイプなので覚えていた。一体啓の何が彼女のレーダーに引っかかったのかは不明だ。だが、自分を良いと思ってくれている女の人がいる…

「…そっか、そっか…そっか!」

段々と喜びが噴き出てきて、啓はへらりと笑った。そんな啓に坂井はニヤリと笑う。

「お、やらしい顔しやがって。連絡先送っておくから上手くやれよ、年下の不良男子にばっか構ってないで」

一也が啓の会社を訪ねてきたことを坂井は知っている。何の用だったのかと坂井に聞かれた際、一也とのことを「たまにご飯を食べるようになった」とだけ教えた。坂井はその回答に不満そうにしていたので、啓は「ご飯どころか週末家に入り浸っている。連絡は毎日とっている」なんてことは言えなくなった。
坂井は仕事でもないのに子どもに時間を取られるなんて馬鹿げているという考えだった。

ばしんと背中を叩かれて気合を入れられる。

「お前は覚えてないだろうが、愛梨ちゃんは巨乳だったぞ」


啓に春の予感がやってきた。
坂井に教えられた愛梨の連絡先に胸を高鳴らせて〔こんにちは、鈴木啓です。〕とメッセージを送ると、記憶通り控えめな返事が返ってきた。【連絡くれて嬉しいです。愛梨です、仲良くなれたらいいなと思ってます】
啓はその一文を何度も読み返した。自分に少なからず好意を持っている女子と連絡を取ることが、こんなに浮足立つ気分だったということを久しぶりに思い出していた。
そして毎日少しずつやりとりを進めていった。

〔おはよう、今日はいい天気だね〕
【おはようございます、温かくて気持ちがいいですね】
〔雨だと気分が嫌になるもんね〕
【はい、でも雨の音も好きです】
〔俺も好き〕
【(*^^*)】
〔(*^^*)〕
【今日もお仕事がんばりましょう】
〔うん、がんばろう〕

愛梨とのやりとりでその週の啓はずっとふわふわしていた。新しい恋の予感に浮かれていた。金曜のランチのとき坂井に「で、進展は」と聞かれたので啓は照れながらメッセージの内容を教えた。

「正気か!?さっさと飯に誘え!今どきの小学生でももう少しマシだぞ!」

坂井はそう怒鳴った。啓は驚いた。自分ではかなり良い感触だったが、今どきの恋愛はこれではダメなようだ。またこんこんと坂井から説教を受けるはめになった。

「連絡とはあくまで次に会う日程を調整する手段にすぎない!そんなんじゃ付き合えるもんも付き合えないぞ!」

勢いに押され啓はコクコクと頷いた。

「わ、分かった、ご飯に誘ってみる」

そして啓は仕事の合間に『女性 ご飯 誘い方』と検索し心拍数を早めていた。
スマホが震える。愛梨からかと思いチェックすると

(また一也か)

『もう啓兄の家着いた。アイス買って帰ってきて。』

啓はそのメッセージを既読スルーし愛梨のトーク画面を開いた。

〔好きな食べものと嫌いな食べ物はありますか〕

緊張しながらそう送った。



「ねえさっきからずっと誰とメッセしてんの、俺のアイスは無視したくせに」

ベッドに寝っ転がりながらスマホを握りしめている啓に、一也は不機嫌そうな声を出した。啓は「ひみつ~」と言って愛梨に返信する。

〔俺も辛いもの好き〕
【同じですね(*^^*)】
〔よかったら今度ご飯に行かない?美味しいお店しっ〕

「へー、女だ!」

「うわっ!」

一也が啓のスマホを取り上げた。

「お、お前!一番大事なところで!」

スマホを取り上げられ指が滑り、大事な一文が中途半端に送られてしまった。

「このクソガキ!!!!!!」

啓は一也の背中を割と本気で殴った。一也は鬱陶しげに左手で防ぎ、右手でスマホ画面をスクロールする。一也はバカにしたように笑った。

「なにこのクソみたいなやりとり、啓兄チンコついてる?」

「勝手に見るな!」

「ふーん、顔はまあまあだね」

愛梨のアイコンを拡大している一也からなんとかスマホを奪い返す。啓は一也を叩き続けた。

「お前はっ!このっ!クソガキがっ!帰れ!」

ばしばしと叩くと一也は「はいはいごめんて」とおざなりに言う。怒りが収まらず叩いているとスマホが震えた。【是非ご飯いきたいです(*^^*)】と返信がきた。

「…やった!!」

啓は一也を殴るために振り上げていた手で青髪をぐしゃぐしゃと撫でまわした

「よし一也!今夜は飲むぞ!デートのお誘いに成功した祝杯だ!」

「うわーうざー」

啓は冷蔵庫へ走り缶ビールを取り出した。

「悪いな一也、俺はもうすぐ独り身を卒業しそうだ」

啓はビールのプルタブを開けて一気に呷った。

「俺も彼女が出来たら週末忙しくなるだろうし、今後俺の家に来るのは控えろよ一也」

啓がニコニコしながらそう言うと一也は不機嫌になった。

「はあ?そんな幼稚園児レベルの恋愛スキルで上手くいくわけないじゃん、せいぜい夢見てなよ童貞」

「ふっざけんな!誰が童貞だ誰が!!」

「メンタル童貞!」

「クソガキ!!」

啓が叩くと一也も叩き返した。一也は癇癪を起すようにだんだんと足を鳴らした。

「俺今日啓兄の部屋掃除して待ってたのに!」

「だから何だよ」

「アイスも買ってきてくんねえし!褒めろ!撫でろ!」

「あ~いい子でちゅね、よちよち」

両手で一也の顔を包み込み撫でると、一也は苛立ったように振りほどいた。

「はーうっざ!」

「お前は俺の恋を応援しろよ!俺も杏との仲応援するし」

「余計なお世話、話すんじゃなかった」

普段啓と一也が言い合いになっても一也はすぐに忘れたようにケロリとする。そのため啓も怒りを継続できずに通常モードに戻るのだが、このときの一也はしつこかった。一也がずっと不機嫌だったが、啓の頭は愛梨とのデートの想像で満たされお花畑状態なので気にならない。

(ああやっぱり、恋愛の傷は恋愛で埋めろってことだな)

楽しい想像でいっぱいの啓は、へらへらと上機嫌に缶ビールを傾けた。

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