問題児(イケメン)の家庭教師になったらなぜか溺愛されているのだが

たべるゆめ

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【最悪の出会い】こんな生徒は嫌の極み

2:バイト先の就労環境がえろすぎます

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『と言うわけで、無理でした』

勃起が収まった後、とぼとぼと帰りながら薫夫人にメッセージを送った。するとすぐに着信がきた。雑踏の中、立ち止まり電話に出る。

「はい、鈴木です」

『まあ啓先生、そんなことで引き下がられては困ります。こちらはひと月分のお給与は振り込んであるんですよ。なんとかなさってくださいね』

「いや、なんとかと言われましても、『ブスとババアと男は送り込むな』とのことですので、自分は論外かと」

二度とあのマンションには行きたくない。金持ちの生活など覗くべきではないと強い決心を持った。
すると啓の決意を感じ取ったのか、電話の奥の空気が変わった。

『あら、確か先生の自己アピール欄に「何事も真面目に最後まで取り組む」とありましたよね、初日で放り投げる気かしら』

啓は答えに詰まった。本来の啓はアピール通り、真面目で何事にも努力するタイプだ。

『それに、あなたは美術しか教えられない、勤務も週1の短時間のみ。そんな悪条件で、ほかに依頼があるとお思いかしら。事実わたしが初めてのオファーだったんでしょう。わたしは勉強よりもむしろ生活指導をしてほしいと思って監視役で先生を雇ったのよ。こんな好条件他にあるとは思えないわ』

まさにその通りだった。家庭教師のサイトに登録してからひと月、ピンポイントで美術のみを教えてほしい家庭などいなかった。
電話の向こうで薫夫人がにっこりと笑っている顔が浮かぶ。あなたはわたしの言うことを聞くしかないのよ、と。
やはり子も子なら母も母だ。

『とにかく、また来週も同じ時間にあの子を訪ねてくださいね。今日は初日なので多めに見ます。困ったことがあればわたしに仰って。協力しましょうわたしたち』

そう言うと夫人は一方的に電話を切ってしまった。
ため息しかでない。あんな爛れた空間、現実に存在しているのかと、先ほど見た光景はもはや幻のように思えてきた。あんなことが実際に行われているなんて。若い女が一人の男に群がって、あんな、あんな、あんな豊満な胸が、

こびりついて離れない巨乳と真っ赤な乳首にぶんぶんと頭を振る。なんてこった最悪だ。心の中で彼女にひたすら謝罪した。




「啓、今日顔疲れてるな。どした?あのプロジェクトやっぱり相当大変?」

翌朝、忌々しい例のマンションを横目に見ながら出勤すると、同期の坂井が啓の肩に手を掛け髪をぐしゃぐしゃと撫でてきた。

「やめろって、せっかくセットしてるのに」

この同期の気安いスキンシップには慣れたもので、啓はされるがままに自分のデスクに向かった。

「なんだよー啓を励まそうとした俺の愛情が分からんかね」

「そんなものいらない」

席に着きPCを起動し、メールをチェックする。急ぎの連絡はなし、今日のスケジュールは、と確認していると未だに纏わりついて離れない坂井に「お前は朝から元気だな」と声をかけた。

「まーね、だから俺の元気を啓に分けてあげるよ。で、なんでそんな浮かない顔してんの?」

PCを操作しながら昨夜の一件を思い出し深い深いため息をついた。

「家庭教師のバイト、昨日が初日だったんだけど」

「あー、あれな、そうか昨日からか」

「詳細は昼話す。俺はもうやっていけないよ、、ほら、始業だぞ、行った行った」

始業時間になると坂井は去っていった。去り際に缶コーヒーをそっと啓のデスクに置いていった。絡みが多く面倒に感じるときも多いにあるが、なんだかんだで気の利く同期であった。



「へー、啓は巨乳好きだったのか」

坂井とランチを取りながら一連の出来事を話し終えると、第一声がそれだった。

「はあ?お前、誰がそんなこと言った!」

啓がフォークを握りしめて坂井を睨むと、あっけらかんとした同期はあはははと笑った。

「え?そんな話じゃなかった?そう言えば前に会ったお前の彼女、胸は控えめな大きさだったもんな。そうかそうか悪い奴め、彼女の胸じゃ満足できず、巨乳のお姉ちゃんに反応してしまうとは」

「声がでかい!」

端の席を選んだとはいえ、ここは食堂だ。他人の目もあると慌てた啓は坂井の口を塞いだ。
しかし同期のにやにやは収まらない。

「お前に話すんじゃなかった」

大人しくなったので口を解放すると、まあまあとさっそく喋りはじめた。

「金はいいんだし、ひとまずまた来週行ってみろよ。頑張るふりだけして、やっぱりだめでしたってスタンスで一か月分の金だけもらえばいい」

啓の真面目な性格上、頑張っているフリというものに拒否感が湧いた。眉を潜めた啓の意図を理解した坂井がやれやれとため息をついた。

「啓は本当に真面目だな。まあそこがいいところだ。適当にやって金だけもらってバイバイだ。おもしろそうだから毎週どうだったかは教えろよ」

にやつく同期にイラっとし、テーブルの下で坂井の脛を蹴った。

「いっった!!!」

啓は知らんふりで皿のパスタをフォークに巻き付けた。

「こいつめ!」

坂井は啓のパスタから大きな海老を奪うとあっという間に口に入れた。

「あー!俺の今日のメイン!」
 
そっぽを向いてもぐもぐと啓の大海老を食らう坂井はスマホを出して動画を見始めた。
恨めし気に睨む啓は坂井の皿を狙うも、そつのない同期は仕返しを見越して皿を抱え込んでいる。坂井のスマホからは今大人気の女性アーティストのMVが流れている。

いつの間にか暗かった気分は消えていた。






「『仕事が忙しい』か」

帰宅しテレビを見ながら晩御飯を食べていると、2日ぶりに彼女からの返信がきた。広告会社に勤める啓の彼女は最近昇給し忙しくなり、会う時間が取れないでいた。このすれ違い生活をなんとかしたくて、ひとまず婚約をし同棲を始めたいと啓は考えていた。

そっけないメッセージを何度も見返す。最後に会ったのは1カ月半前ほど。それも数時間だった。昼頃会ってご飯を食べてホテルに行って夕方頃解散。夜まで一緒に居たかった啓とは対照的に、彼女は明日の仕事の準備があるからと、未練なく駅の改札に消えていった。
大人になると色々変わってしまうものなのか。

テレビのCMでは今日の昼に坂井が動画を見ていた女性アーティストの新曲が流れている。確か彼女も、この『杏』というアーティストが好きだと言っていた。

「よし!」

啓はテレビを消してPCを開いた。検索バーに『家庭教師 教え方 コツ』と入力した。
やってやろうじゃないか、彼女のためだ。18歳の子どもくらい、手懐けてやる!




そして一週間後。
ネットや書籍から得た知識をフル活用しようと、やる気満々でマンションに来た啓だったが、例のごとくインターフォンを鳴らしても家主の反応はなかった。先週と同じように合鍵で4重のオートロックを突破し部屋に入るも、一也は不在だった。しかも電気はつけっぱなし。電気代の無駄だ。

しかも汚い。部屋がものすごく汚い。酒の空き瓶、デリバリーのゴミ、ペットボトル、脱ぎ散らかした洋服に女物の下着。
先週の豊満な胸を思い出しそうになりぷるぷると頭を振った。
薫夫人に不在の旨を連絡すると、ひとまず19時から21時までは勤務時間なので部屋で待つようにと指示があった。

リビングを占領する革張りの大きなソファに腰かけようと思ったが、先週ここで一也が女の子に跨れていたのを思い出し躊躇われた。ひとまず部屋を綺麗にしようと、散らばったゴミを片付ける。次に散らばった洋服に手をかける。本来すべて洗濯機にぶち込みたかったが、どれも有名なハイブランドの洋服で啓には取扱いが分からなかった。綺麗に畳んで一か所に置くと、だいぶ部屋がすっきりした。良い部屋なのにもったいない。
ソファの後ろ、大きな大きな窓に近づく。タワマンの高層階のこの部屋からは、都心の美しい夜景が一望できた。夜の闇の中できらきらと光る街。言葉を失い魅入る。こんな美しい光景を見られただけでも、今日ここにきた意味はあったような気がした。

時刻はまだ19時半、手持ち無沙汰になった啓は再び部屋を見まわした。手をつけていなかった女性ものの下着に目をやった。ごくりと喉を鳴らしそぉっと近づく。ブラジャーだった。彼女でもない女性の下着を持つことにとても抵抗がある。出来る限り端っこを持ち、リビングを出て洗濯機を探す。廊下の中ほどの扉を開けると目的のものがあった。そこに放り込む。

「はあ」

すごい重労働をしたような疲れが出てすぐさま脱衣所を立ち去る。ふと玄関の前に大きな段ボールが置いてあることに気が付いた。近づいてみてみると「要冷蔵・食品」と書かれてあった。冷蔵されていた段ボールは湿気でふにゃふにゃ。差出人が薫夫人だったのでその旨を連絡すると「定期的に食品を送っているの。よければ冷蔵庫にしまっておいてくれるかしら」と返信が来たのでそのまま大きな段ボールをずるずるとキッチンまで引きずっていった。
なんとも見事なキッチンだった。啓の趣味は料理なので、こんなに設備の整ったキッチンを見るとわくわくしてしまう。
ただ悲しいことに使われた形跡は一切ない。包丁や鍋類もすべて揃っているが、新品のようにピカピカだった。
業務用かと思うほどの冷蔵庫を開けると、そこには腐った食品でいっぱいになっていた。おそらく届いた食材を詰め込み、その後処理もしていない為だろう。仕方なく中のものをゴミ袋に入れ、届いた食品を中に入れる。
そう言えばお腹が空いてきた。少し迷ったが薫夫人に「食材で料理しても良いですか。一也に何か作り置きしておきます」と連絡すると「助かるわ」と返信が来た。もちろん一也なんかのためではない、啓は自分の腹を満たすためにうきうきと腕まくりをした。

「はー-美味し、俺って天才?」

最新設備の整ったキッチンでの料理はとても楽しかった。届いていたのも高級食材ばかりだったので、普段は材料費がかかるからと作れなかった料理を沢山した。自分で好きなだけ食べ、残ったものは綺麗に盛り付けて冷蔵庫に入れた。気が向いたら一也が食べればいいし、そのまま腐って捨ててもそれはそれでよかった。
勤務時間はあと30分を切っている。もう一也は帰ってこないだろうと、あのソファに座る。お腹がいっぱいでだるかった。



女の子の声がする。ああ、やっぱり他人のブラジャーなんか触ったらだめだよな、怒られるって。啓はぼんやりそんなことを思った。そして急に覚醒した。

(やば!!俺寝てた!)

目覚めると自分を覗き込む女がいた。

「あ、起きた~!一也起きたよぉ?この人、この間のカテキョの先生だよね~」

酒の臭いと香水の匂い。キャミソールから胸の谷間が覗いている。その谷間に目を奪われる。

「やん、先生のえっち~!いまから一也とするけど、混ざる?」

やんやん、と人差し指で啓の唇をつんつんする。女の後ろには服を脱いでいる青髪の男、一也がいた。

「あんた、図太い神経してんね」

低い声で軽蔑したようにそう言われ、一体どれくらい寝ていたのかとポケットのスマホを取り出すと

「・・・え、え!!え??朝の8時!?」

なんと翌日の8時だった。よく眠ったどころではない。ふり向いて窓の外を見ると夜の闇は消えていた。

「せんせー、疲れてるのね。あたしが慰めてあげるからね」

頭の中がせわしなく働き始める。始業開始は9時。今から家に戻ったら、うん、間に合わない。でも大丈夫だ、この家は会社の最寄り駅だ。ここからなら15分弱で行ける。
啓は飛び起きると不機嫌そうな一也に言った。

「悪いけどシャワー借りる!そんでなんかジャケットとシャツ貸してくれ!昨日と同じ服で出社はしたくない」

そう言うと脱衣所に走った。
急いで熱いシャワーを浴びて出る。脱衣所にあるタオルから清潔そうなものを選んでリビングに戻ると、一也は既に女とセックスをしていた。
啓が眠っていたソファで、女に覆いかぶさって腰を激しく振っている。パンパンと鳴る肌の音と、女の甘ったるい喘ぎ声が絶え間なく響く。裸の後ろ姿でさえ、いい男だと分かってしまうのが憎らしい。

(このクソガキ!)

このピンクな空気に引っ張られないよう、ジャケットとシャツ!と頭の中で繰り返しながら、洋服だらけの部屋があったことを思いだす。勝手にその部屋に入りオフィスでも通用しそうなものをなんとか選ぶ。髪の毛を乾かし、洗面所のワックスを勝手に借りる。時刻は8時半、啓はリビングから聞こえる喘ぎ声をかき消すように大声を出した。

「じゃあ服かりるから!お邪魔しました!!!」

そう言って部屋を後にした。
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