『ペガサスが舞い降りる日』“僕の人生を変えた恋人”

大輝

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第5章 生まれた!

僕の人生を変えた恋人5

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2011年3月3日午前2時30分。

「菱ちゃん、起きられる?」

「生まれる?」

「もうすぐね」

「慎二起きてよ」

「あー…生まれるのか?」

そして、僕達は、ユキの馬房に急いだ。

野生の名残りで、夜中に産むらしい。

肉食動物から身を守る為、暗闇の中で出産するそうだ。

【ユキの馬房】

ユキは、寝藁の上に横になって、仔馬を産む準備をしている。

何度も産んで、お産には慣れていると言うけど、とにかく母子共に無事で有ってくれと祈る。

3時20分。

「破水してるね」

仔馬の足が見えてきた。

舞ちゃんと長次お爺さんが、馬房に入って行った。

頑張れ、ユキ。

舞ちゃんとお爺さんが、仔馬の足を引っ張って手伝う。

赤ちゃんの頭が出てきた!

頑張れ!

舞ちゃんとお爺さんが足を引っ張る。

僕は、何もしてやれない。

ただ、無事を祈る事しか出来ない。

3時28分。

「出た」

「女の子」

「満潮だね」

舞ちゃんが、仔馬を藁で拭いている。

僕に何か出来る事は無いの?

仔馬の顔に白斑が有る。

この仔のは、流星鼻梁白と言うそうだ。

赤ちゃんが、立ち上がろうとしている。

ユキが「さあ、頑張って立ち上がるのよ」と、言うように仔馬の顔を舐めている。

午前4時30分。

立ち上がった!

ユキは、飼い葉を食べてる。

母子共に元気だ!

「菱。お母さん白いのに、子供は黒いのか?」

「芦毛だよね?」

「そうだね、段々白くなるよ」

と、さつきさんは言った。


トモの形は、お母さんに似て良い形だ。

飛節も、角度が有って良い感じだな。

繋ぎも立っていないし、長さも良い。

相馬眼の有る人から見たら、僕は素人だけど、理想の馬体は恋人のエアグルーヴだ。

好きな馬の馬体は、しっかり覚えている。

馬体だけ見て好きになったのは、あの子だな。

2歳馬の写真の中から、じっくり馬体を見て1頭だけ選んだ女の子。

後で血統を見たら、ビワハイジの子だとわかった。

彼女は、ブエナビスタと名付けられ、後方一気の末脚でターフを駆け抜けている。

僕の相馬眼どう?

お母さんの首の下に潜って甘えている生まれたての赤ちゃん。

この仔は、中央で走るよ。

ユキの2011は、母親にぴったり体をくっつけて甘えている。

お乳を飲む姿も可愛いくて、ずっと見ていたいけど…

「お腹空いたね」

外は、雪が降っていた。

「寒いでしょう?温かいもの食べよう」

【ダイニングキッチン】

「石狩鍋にしたよ。イカ入ってないよ」

さつきさんは、僕がイカアレルギーな事、ちゃんと覚えていてくれた。

「秋味は、冷凍だけどね」

僕は、お姉さんが持たせてくれたシャンパーニュのジャック・セロスを出した。

「ケッ、シャンパンか、東京もんのすることは、キザだな」

「えーっと…ソムリエナイフ…」

有った。

シャンパーニュを開けて、皆んなで乾杯した。

駿さんも、取り敢えず乾杯してくれた。

「凛は、まだ呑めないもんね」

「いつか、うちの馬が中央のGl勝った時、また乾杯したいな。その時は私も大人だし」

「ハッ、うちから中央のGl馬が出るなんて、いつの事かわかんねえ」

「良いじゃない、夢ぐらい見ても。お兄ちゃんの意地悪」

夢で終わらせたくない。


「ユキの2011、売れると良いね」

売れたら嬉しいけど…

売れると言う事は、あの仔の一生が、買った人にかかる事になる。

あの仔の命さえも…

出来る事なら、無事にこの牧場に帰って来て、お母さんになってほしい。

だから甘いって言うんだ、って、また兄貴に言われそうだけど、引退したら買い取りたい。

「ニャー」

「やあ、ぶーニャン。初めまして」

モコモコの毛で可愛い。

「秋味狙ってるのよ」

「ダメだぞ。人間の食べ物は塩分が多いから」

「そうだよね。人間にはこんな少しでも、猫には、こーーーんなに沢山なんだから」

健康オタクの凛ちゃんに任せておけば、猫の健康管理もしてくれそうだな。

「うちじゃ、野良猫の餌まで買えねえからな」

「もう野良猫じゃないもん」

「俺は、認めてねえぞ」

「僕が送ります。キャットフード。だからこの子、牧場で飼って下さい」

【客間】

「ありがとう、菱さん」

「何が?」

「ぶーニャンの事だよ」

ぶーニャンは、正式に牧場の猫になった。

と、言うより…

さつきさんが「菱ちゃんの猫になったからね、勝手な事は出来ないからね」って、言ってくれたんだ。

「明日釣りに行くんでしょ?ぶーニャンの分も釣って来てね」

言われてしまった…

釣らなくては…

煮たり焼いたりして味をつけなければ、ぶーニャンも食べて大丈夫だもんな。

よーし、釣るぞ!

【渓流】

翌日、僕達は、5時に起きて釣りに来ている。

勿論腰には熊除けの鈴。

昨日凛ちゃんに、忘れないように、念を押されているからね。

この時期まだ寒いので、魚達の活性は低いけど、ここは、結構釣れるんだよね。


さ~て、今日は、ぶーニャンの分も釣るぞ~

ヤマメが釣れたけど、メスだったらリリースしないと、桜鱒になるからね。

「川に居るヤマメは、オスばっかり、って聞いたぞ」

「そうか、じゃあ大丈夫だ」

小さいのは、リリース。

ああ、何だか…早く帰ってユキの仔に会いたい。

今日の釣果…

僕は、ヤマメ1匹、オショロコマ1匹、アメマス1匹、イワナ1匹、ニジマス2匹。

慎二は、ヤマメ1匹、オショロコマ2匹、ニジマス2匹だ。

【春風牧場】

「ニャー」

「ぶーニャン。お土産有るぞ」

ぶーニャンは、僕達が魚を持っているのがわかるみたいだ。

足に擦り擦り甘えている。

「あ、本当にぶーニャンの分も釣って来た」

「ニャー、ニャー」

「煮てあげるから、待ってね」

そう言うと、凛ちゃんは、小さめの魚を持って行った。

ぶーニャンは、凛ちゃんの後ろをついて行く。

最近、凛ちゃんのブログで、ぶーニャンが人気になっているらしいんだ。

昨日も、正式に牧場の家族になった記事をアップしたら、コメントを沢山頂いた、って、言ってた。

【ダイニングキッチン】

大きめの魚は、さつきさんに渡した。

「やっぱり、刺身にするかね?」

【客間】

凛ちゃんが料理を運んで来てくれた。

刺身に、てんぷら、素揚げ、味噌汁…

「これは、あげられないんだ」

ぶーニャンが僕達の料理を狙っている。

「さっき食べたでしょ」

「刺身も、やっちゃダメなのか?」

「生は、あんまりやらない方が良いね」

それに、キャットフードを食べなくなっても困るから。

なるべく人間の食べ物は、やらない方が良いな。


ぶーニャンは、諦めて、僕の足にくっついて寝ている。

食事が終わったら、ユキの赤ちゃんに会いに行こう。

【ユキの馬房】

この時期夜間放牧はしていないから、ユキ達親子は馬房に居た。

「そんなに可愛い?」

「連れて帰りたいぐらい可愛い」

「アハハ、私は見慣れてるけど、それでもやっぱり可愛いよね」

「東京に帰っちゃうと、ブログでしか見られないんだよな」

「ちゃんと写真載せるから、楽しみにしてて」

そう言うと、凛ちゃんは、ぴったりとくっついている親子の写真を撮っていた。

「どんな人が買ってくれるんだろう?大事にしてもらえると良いな」

「もうそんな心配してるの?セリは来年だよ」

「そうだけど…」

「本当は、私も、同じ事考えてたんだけどね」

「何だよ」

「アハハ」

ユキの仔が、興味津々で、凛ちゃんのデジカメに鼻をつけている。

「お兄ちゃんは、商売だから割り切ってやれ、って言うけどね…でも…」

「でも?」

「少しぐらい夢を見ても良いよね?」

今迄この牧場で当たり前だった事が、僕が来て少しずつ変わり始めている、と凛ちゃんは言った。

【葉月家のリビング】

東京に帰ると、早速キャットフードを送った。

ニコロみたいなワガママ猫にならないように、最初は、大きい缶詰めとカリカリにしたんだ。

「生まれたばかりの仔馬って、可愛いのね」

お姉さんは、ブログでユキの仔を見たらしい。

競馬を見た事も無くて、馬の事を何も知らないお姉さんが、毎日凛ちゃんのブログを見るのを楽しみにするようになった。

「お母さんみたいに白くなるのかしら?」

「そうだね、段々白っぽくなるよ」

「白っぽく?」

「白毛じゃなくて、芦毛だから、真っ白じゃないんだ」

「でも、お母さん、綺麗な色ね」

女性は白い馬がお好き?

僕は、毛色で好きにならないけどね。

だって、恋人は鹿毛だったし。

でも、ペガサスやユニコーンは、小さい頃から好きだ。

彼らが白くなかったら、変だよね。


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