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朝のあれだけの衝撃があっても、当たり前のように時間は流れていく。

誰もかれも、彼女を意識しているけど、意識していないように振る舞う。

朝のホームルームが始まる前に、彼女が自分の机を雑巾で拭いていた。
その時に、彼女が強くした唇をかんでいたのを、僕は見ていたけれど、その表情を見る事も、彼女が何を感じているかも、僕には分からなかった。

ホームルームが終わって、一時間目が始まった。

均等なリズムで黒板にチョークを走らせるのは、少し白髪交じりの世界史の先生だ。

月曜日の一時間目。
いつもは、休み明けの感覚が抜けないのか、この授業は机に突っ伏している生徒が多い。
特に、斜め前の席の彼は、この時間は毎回撃沈してしまっていた。

そうすると、僕の視線は自然とその先の彼女へと向かうのだ。

月曜日の一時間目だけ。
僕はぼんやりと彼女を眺めていた。

ただ、今日だけは違う。
斜め前の彼は、しっかりとペンを握っていた。

他の生徒も、授業に集中しているわけではないけれど、しっかりと瞼は開いていた。

僕は、塞がれた斜め前から視線を外し、窓の外側へと目をやった。

今日は天気がいい。
差し込んでくる日差しは暖かくて。
空はどこまでも青くて。

「良かったかもしれないな。

彼が起きていて。」

そう、心の中で思った。

暖かい日差しの中で、睡魔と戦う彼女の可愛らしい姿は、今でもはっきりと思い出せた。
こんな天気の日の彼女はいつもそうだったから。

でも、今日は違う。
斜め前の彼が、いつもは寝ているクラスメートがそうであるように、彼女はきっと、違う。
見ていなくても断言出来た。

だから、良かったのかも知れない。

見れなくて。


白色の雲が、一瞬歪んでいるように見えた。


…もう、寝よう。
暖かい日差しの中で。

幻想の中で。




一日は、あまりにもあっけなく終わった。
特に、朝のあれ以来、彼女が誰かに絡まれている様子ではなかった。

ただ、どこからか広まったようで、他のクラスのひそひそとした声が聞こえてきたり、いつも話していた筈の友達が避け始めていたり。

昼休み。
いつも友達と話しながら楽しいそうに弁当を食べていた彼女が、一人で無表情に口に運んでいるのを見て、理解した。

何もないこの時間でさえ、彼女は徐々に浸食されているのだと。

孤独感に、疎外感に。




…僕らは、「悪」だろうか。


6時間目。
今日の終わりに、なんとなく、そう思った。


彼女の友達だった他クラスのあの子たちは?
いじめの惨状を見て何もしないクラスメートは?

好きだった彼女がいじめられてるのを、ただ傍観している僕は?

多分、そうじゃないと答える。

高校二年生。
クラスの中で、学校の中でカーストが広まりつつあるこの時期。

卒業までは遠く、中心になるには遅すぎる。


言い訳を並べて、仕方がないと答えて、終わりだ。


僕らは、自分が思っているより冷徹に利益で判断する。
共感と、雰囲気を盾に。

それが悪いとは言わないし、言えない。

だけど…それで僕らは本当に、いじめている彼女らは悪だと弾叫できるのだろうか。

「出来る。」

驚くほど素直に、その答えは落ちてきた。
理由は、答えられなかった。
それでも、確かに答えられた。

「出来る。」


その言葉は、確かな違和感と、罪悪感と、少しの希望を抱かせた。

僕一人の、胸の中に。

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