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08. 不思議な人
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ピアノの前に座った悠理は、いつになくドキドキしていた。悠理は演奏会で緊張するタイプではない。考えられるのは、ピアノの近くに内藤がいて、悠理を見つめているということだ。
──内藤さんって、もしかして俺のことが本気で好きなのかな?
悠理は演奏を開始した。
選んだ曲はサティの『ジュ・トゥ・ヴー』である。ピアノアレンジ以外にも歌曲がある。男性版と女性版の歌詞があって、いずれもかなり情熱的な内容が綴られている。
音大でお世話になった教授からは、「いつかあなたにも、この曲を毎日弾きたくなるぐらい好きな人が現れるわよ」と言われた。大学時代の悠理はストーカー被害に遭っていて、恋愛というものが恐ろしくて仕方がなかった。
サティらしい洒脱なメロディを奏でていく。
悠理は誰かを愛したことがない。そんな悠理には、「きみが欲しい」という意味を持つこの曲を弾く資格はないかもしれない。でも、今は内藤に向けて美しい音楽を届けたかった。内藤といると、苦手だった電車が苦ではなくなった。
感謝の気持ちを込めて、最後のパッセージを弾く。
演奏が終わると、拍手が聞こえてきた。悠理は一礼して、ピアノから離れた。そして内藤のそばに近寄った。
内藤は満面の笑みを浮かべている。
「悠理くん、すごく素敵な演奏だったよ。なんて曲?」
「……『ジュ・トゥ・ヴー』」
「ん? フランス語か? どういう意味」
「きみが欲しい」
悠理は内藤を睨んだ。
「勘違いすんなよ。俺があんたを欲しいって言ってるわけじゃないんだからな」
「えーっ、そうなの? 俺、こんなにカッコいいのに?」
「そういうこと自分で言っちゃうの、ほんとアルファって感じで無理!」
駅の構内を歩きながら、悠理は内藤のシャツの裾を掴んだ。
「……でも、ありがとう。ストリートピアノ、いつかまた弾きたいって思ってたから」
「悠理くん、他にやってみたいこととかある? 俺と一緒にやろうよ」
「はぁ? 旅行とかダメだろ、あんたヤリチンなんだし」
「そうだなー。部屋を別々にしないと難しいかもね」
「内藤さんは? 何かしてみたいこととかある?」
「なんだろう。散歩とか?」
意外と健康的な答えが返ってきたので、悠理は笑った。
「すればいいじゃん、ひとりで」
「えーっ。寂しいよ。隣に悠理くんがいてほしいな」
「隙あらば口説いてくるよな、あんた。ガツガツしすぎ」
「悠理くん、さっきから俺のシャツ掴んでて可愛い」
「これはその……他のアルファ避けだ!」
内藤が軽やかに笑った。
「また聴かせてよ、『ジュ・トゥ・ヴー』」
「……別にいいけど」
ツンと顔をそらした悠理だったが、内心は嬉しくてたまらなかった。内藤が自分のピアノを気に入ってくれた。
──内藤さんって、不思議な人だな……。
軽薄なのかと思えば誠実な一面ものぞかせる。何よりも、悠理の毒舌を恐れずコミュニケーションを深めようとしてくる。
「どうした? 悠理くん、とろんとした目をして。俺とエッチしたくなった?」
「なっ! 最低野郎。その口、縫いつけてやろうか!」
悠理は内藤の背中をばしばしと叩いた。
──内藤さんって、もしかして俺のことが本気で好きなのかな?
悠理は演奏を開始した。
選んだ曲はサティの『ジュ・トゥ・ヴー』である。ピアノアレンジ以外にも歌曲がある。男性版と女性版の歌詞があって、いずれもかなり情熱的な内容が綴られている。
音大でお世話になった教授からは、「いつかあなたにも、この曲を毎日弾きたくなるぐらい好きな人が現れるわよ」と言われた。大学時代の悠理はストーカー被害に遭っていて、恋愛というものが恐ろしくて仕方がなかった。
サティらしい洒脱なメロディを奏でていく。
悠理は誰かを愛したことがない。そんな悠理には、「きみが欲しい」という意味を持つこの曲を弾く資格はないかもしれない。でも、今は内藤に向けて美しい音楽を届けたかった。内藤といると、苦手だった電車が苦ではなくなった。
感謝の気持ちを込めて、最後のパッセージを弾く。
演奏が終わると、拍手が聞こえてきた。悠理は一礼して、ピアノから離れた。そして内藤のそばに近寄った。
内藤は満面の笑みを浮かべている。
「悠理くん、すごく素敵な演奏だったよ。なんて曲?」
「……『ジュ・トゥ・ヴー』」
「ん? フランス語か? どういう意味」
「きみが欲しい」
悠理は内藤を睨んだ。
「勘違いすんなよ。俺があんたを欲しいって言ってるわけじゃないんだからな」
「えーっ、そうなの? 俺、こんなにカッコいいのに?」
「そういうこと自分で言っちゃうの、ほんとアルファって感じで無理!」
駅の構内を歩きながら、悠理は内藤のシャツの裾を掴んだ。
「……でも、ありがとう。ストリートピアノ、いつかまた弾きたいって思ってたから」
「悠理くん、他にやってみたいこととかある? 俺と一緒にやろうよ」
「はぁ? 旅行とかダメだろ、あんたヤリチンなんだし」
「そうだなー。部屋を別々にしないと難しいかもね」
「内藤さんは? 何かしてみたいこととかある?」
「なんだろう。散歩とか?」
意外と健康的な答えが返ってきたので、悠理は笑った。
「すればいいじゃん、ひとりで」
「えーっ。寂しいよ。隣に悠理くんがいてほしいな」
「隙あらば口説いてくるよな、あんた。ガツガツしすぎ」
「悠理くん、さっきから俺のシャツ掴んでて可愛い」
「これはその……他のアルファ避けだ!」
内藤が軽やかに笑った。
「また聴かせてよ、『ジュ・トゥ・ヴー』」
「……別にいいけど」
ツンと顔をそらした悠理だったが、内心は嬉しくてたまらなかった。内藤が自分のピアノを気に入ってくれた。
──内藤さんって、不思議な人だな……。
軽薄なのかと思えば誠実な一面ものぞかせる。何よりも、悠理の毒舌を恐れずコミュニケーションを深めようとしてくる。
「どうした? 悠理くん、とろんとした目をして。俺とエッチしたくなった?」
「なっ! 最低野郎。その口、縫いつけてやろうか!」
悠理は内藤の背中をばしばしと叩いた。
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