【完結】お馬鹿令息ですが、イケメン従者とカップルにならないと魔法学園を永久に卒業できません

古井重箱

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第2話 モブになりたい

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 一連の言葉を受けて、俺は考えた。
 ヴァンはかなり疲れている。俺がお馬鹿なので、お世話をしていて大変だったのだろう。だから、特殊性癖BLだとか、孕み受だとか、種付け攻だとか怪しげなことを言い出したのだ。
 俺は挙手して、階段教室の壇上にいる老教授に告げた。

「ヴァンが体調不良なので、保健室に連れて行ってもいいですか?」
 
 老教授は「お大事にのぅ」と言って頷くと、講義を再開した。
 俺はヴァンの手を引いて、階段教室を出た。

「ほら、行くぞ」

 廊下を歩き出した途端、ヴァンに後ろから抱き締められた。

「何してんの!? やっぱりだいぶお疲れだな!」
「……スズランの練り香水、今日もつけてるんですね」
「それは女の子にモテるために……」
「エドゥアール様はスズランの花のように可憐ですね」
「男に言うセリフじゃねぇだろ! いいから、保健室に行くぞ!」

 保健室に着くと、養護教諭は不在だった。
 机の上に、「会議のため離席します」という書き置きが残されている。
 俺は白いカーテンを開けて、ヴァンをベッドに寝かせた。

「ここでゆっくり休め。俺は学務課に行って、本当に卒業できないのかどうか確認してくるから」
「エドゥアール様、真実を知ってもがっかりしないでくださいね。俺はここで待ってますので」
「病人は大人しく寝てろ!」

 ヴァンに布団をかけてやると、俺は保健室を飛び出した。



◇◇◇



「留年確定なんですか、俺とヴァンは」

 学務課の窓口を訪ねたところ、コワモテの男性職員が俺に成績表を見せてくれた。

「課外授業ゼロ点……? これって、何をすれば単位を取得できるんですか」
「男性のパートナーを見つけることだよ。きみはこの特殊性癖BLゲーム、『俺をママにしてください』のメインキャラクターなんだからね」

 男性職員の代わりに俺の質問に答えたのは、まん丸い体に羽が生えた生き物、すなわち天使だった。天使は白い光を振り撒きながら、ふよふよと俺の頭上を飛んでいる。
 俺は天使の翼をむしり取ってやろうと思い、手を伸ばした。
 しかし、あと少しのところでかわされてしまう。

「きみの相方のヴァンは、よく待ったと思うよ。無理やりルートではなく、和姦ルートを選んだんだから」
「ワカンって何?」
「同意ありのセックスって意味だよ」
「……あのなあ。俺は女の子大好き人間だぞ! 合意の上で男とヤることなんざ、ありえねぇよ」
「まあ、また1年間、この魔法学園に在籍するわけだからさ。じっくり愛を育んだらどうかな」

 天使は丸っこい体をモチモチと揺らすと、光の粒となって消えていった。
 あとに残された俺は、学務課のコワモテ男性職員にもう一度同じ質問をした。だが、やはり答えは変わらなかった。俺は課外授業で点を稼がないといけないらしい。
 俺は保健室に戻った。
 養護教諭は相変わらず不在だった。
 白いカーテンを開けて、ヴァンの様子を伺う。ヴァンはすうすうと寝息を立てて眠っていた。

「やっぱり疲れてたんだな……」

 俺はヴァンの赤銅色の髪を指先でくしゃりとかき混ぜた。俺の猫っ毛とは違って、ヴァンの髪の毛はしっかりとしている。相変わらずの元気な感触に、俺は口元をほころばせた。
 幼い頃もこうやって、昼寝中のヴァンを見守ったものだ。ヴァンは横になるとすぐに眠れるという特技の持ち主である。

「……ヴァン。おまえとセックスなんて絶対無理だよ。でも、おまえのことが嫌いなわけじゃ……、んあっ!?」

 ヴァンが懐に俺を抱き寄せた。寝ぼけているらしい。

「エドゥアール様……」

 なんだよ、そんな切ない声で俺の名前を呼ぶなよ。
 
「行かないでください。俺はあなたを愛してます……」

 ヴァンのつぶやきを無視することはできなかった。ヴァンの目尻には涙の雫が浮かんでいた。俺と別れる夢でも見ているのだろうか。

「馬鹿だな。俺はここにいるよ、ヴァン」

 俺はヴァンの手を握った。
 こいつ、日増しに男ぶりが上がってるよな。子どもの頃は頬っぺたがぷくぷくしてたのに。すっかり雄々しい輪郭になった頬を手のひらで撫でる。ヴァンは心地よさそうに息を吐いた。
 なんかちょっと可愛いかも。
 だがこれは人類愛みたいなもので、寝顔が可愛らしいからといってセックスができるわけではない。

「エドゥアール様。もっとこっちに……」
「あ、おい!」

 ヴァンの懐に招き寄せられてしまった。たくましい腕が背中に回されて、俺は身動きが取れなくなった。
 男の腕の中って……暑いな。男の方が、女の子よりも体温が高いんだっけか。ヴァンの分厚い胸が上下している。筋肉って結構、ふかふかしてるんだな。いや、違う。俺は別に気持ちいいとか思っちゃいないぞ!

「狸寝入りを見抜けないとは。あなたは隙だらけですね」
「いつから起きてたんだ、おまえ!」
「頬を撫でられたあたりから」
「……離せよ。男同士でベタベタするのは趣味じゃねぇ」
「エドゥアール様。やっぱりいい匂いがする……」
「あっ。や……っ、何するんだよ……っ」

 ヴァンが俺をベッドに押し倒した。
 腕力ではヴァンに敵わない。最悪、火炎魔法を使うしかないか? でも学内では私闘は禁止されているし……。
 俺がヴァンを睨み上げていると、悲しそうに微笑まれた。

「やっぱり嫌ですよね、俺と致すのは」
「……人として、おまえのことを好いている。でもセックスは無理だ」
「そう言われるのが怖くて、ずっと黙っていました。俺はあなたが思うよりも、ずっと臆病な男です」
「なあ、ヴァン。恋人になったフリをすれば、課外授業をクリアできるんじゃないのか?」
「残念ながら、ここは18禁BLゲームの世界です。本番なしなど認められません」

 ヴァンは俺のお腹を大きな手のひらで撫でさすった。

「ここにたくさん俺の子種を受けて、あなたは雌にならないといけません」
「雌って……! 性転換するってわけ? まさか、ちんちんがもげちゃったりするの?」
「そのあたりの知識は、俺も漠然としています。図書館で古代の文献を読み解けば、女神が何を考えているのか分かるかもしれません」
「……ヴァンはその、種付け攻だっけか? そんな不名誉な烙印を押されて、平気なわけ? おまえだって女の子とセックスしたいだろ」
「俺の初恋の相手はエドゥアール様。今現在、お慕い申し上げているのもエドゥアール様。これからも愛し抜くお方はエドゥアール様。エドゥアール様が俺のすべてです」

 俺のプラチナブロンドを愛おしそうに撫でると、ヴァンは身を起こした。

「そろそろ養護教諭が帰って来そうですね。階段教室に戻りましょう」
「めんどくさいから、サボりでいいんじゃねーの?」
「おや。俺の腕の中が気に入りましたか?」
「勘違いすんな。俺は別に……」

 ドアが開く音がした。養護教諭が戻って来たようだ。
 ヴァンは俺を解放した。

「もっとしつこくされるかと思った」
「エドゥアール様があんあん喘いでいる声を、他の誰かに聞かれたくはありませんからね」
「何をするつもりだったんだよ!」

 俺とヴァンがカーテンの外に出ると、養護教諭のアリソン先生がニコニコと微笑んでいた。
 アリソン先生は狐耳とふさふさの尻尾を生やした獣人族である。綺麗な顔は男性にも女性にも見える。年齢も性別も不明の、謎の人物だ。
 
「きみたちか。留年しちゃったのは」
「他の奴らはオッケーだったんですか?」
「セルジュくんはオライオンくんとくっついたし、レミリオくんもアインスくんと熱愛中だよ」
「げっ。あいつら、表にはそんなの全然出してなかったのに」
「エドゥアールくんは鈍ちんだね。彼らは学内でもサカッていたというのに」
「うそ!?」
「この保健室もよく使われたよ。まあ、来年度はきみたちもベッドをギシギシさせて愛を育みたまえ」

 そう言うと、アリソン先生は俺に一冊の本をくれた。
 タイトルは『初めての男同士 ~二人で気持ちよくなるためには~』。ページをめくれば、裸になって絡み合う男たちが描かれていた。

「こんなエロ本、要りません!」
「知識をつけるのは大事だよー」
「アリソン先生。この本は俺が借りていきます。そして読んだ内容は、俺がエドゥアール様に伝授します」
「頼もしいねぇ、それでこそ種付け攻だ」

 アリソン先生はククッと喉の奥で笑うと、俺たちを追い出しにかかった。

「さあさあ、サボりはいけないよ。学生は勉学に励みたまえ」
「戻りましょうか、エドゥアール様」
「おう」

 階段教室に戻ると、老教授の講義がまだ続いていた。老教授の催眠術にかかって撃沈している学生が多く見受けられる。
 俺は前の席に座る男子学生のうなじを観察した。
 どこにも、アザのようなものは見当たらない。

「彼はモブなので、アザはありませんよ」
「モブって、メインキャラクターじゃないって意味か?」
「そうです。顔がみんな似ているでしょう」

 言われてみれば。
 アリソン先生が名前を出した、セルジュにしてもオライオンにしても、華やかな容姿をしているし、キャラが濃い。

「俺、モブになりたい……」
「その綺麗なお顔で、どうやってその他大勢に紛れ込むおつもりですか?」
「ううっ。ヴァンもモブって感じじゃないよな」

 でも俺は諦めないぞ。
 図書館で文献を漁って、女神の思惑を探ってやる。
 やがて講義が終わった。2時限目は空きコマである。
 俺は図書館に駆け込んだ。
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