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もしかして、近いひと?
23. たったひとつの僕だけの星(貝塚視点)
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「貝塚さん。俺……あなたが好きです」
潮騒に重なって、沢辺さんの声が僕の耳に届いた。
沢辺さんの手は少し震えていた。真面目な彼のことだ。僕との関係をどうすべきか、いろいろと考えたに違いない。
彼は酒屋の跡取り息子だ。自分の代で沢辺酒店を終わらせたくはないだろう。男である僕をパートナーとして選択した場合、仕事にまで影響が及ぶ。
でも沢辺さんは常識やマイノリティになる恐怖を全部乗り越えて、僕との未来に賭けてくれたんだ。こんなに嬉しいことはない。
「僕も沢辺さんが大好きだよ」
彼にだけ聞こえるボリュームで想いを伝える。僕はつないだ手を離さなかった。沢辺さんは恥ずかしいのか、頬を赤くしている。この人は自分のことを地味で平凡だと言って卑下するけど、とんでもない。僕にとって沢辺さんほど輝いている人はいない。
ああ、キスしたいな。
込み上げてくる衝動と僕は戦った。沢辺さんは僕の下心には気づかないようで、はにかみながら微笑んでいる。
この可愛らしい人を僕は守らないといけない。
肩と肩をくっつけて、僕と沢辺さんはベンチから海を眺めた。
「僕さ、『たったひとつの僕だけの星』っていう曲を作ったことがあるじゃない」
「はい。セカンドアルバムに収録された曲ですよね」
「あの曲はね、本当の愛なんてどこにもないっていう諦めから生まれたんだ。当時の僕は信じていた人に裏切られたり、散々だったから」
「……すごく甘い雰囲気の曲なのに、そんな背景があったんですね」
「でもこれからは、新しい気持ちで歌えそうだ。僕は本物の恋を見つけたのだから」
沢辺さんの手の甲に、みずからの手のひらを重ねる。
「きみはいろいろなものを背負いながらも、僕の気持ちを受け入れてくれた。ありがとう。絶対に大切にするから」
「貝塚さん……」
見つめあっていると、僕たちがいるベンチに若いカップルが近づいてきた。ふたりとも何が楽しいのか、ニヤニヤと笑っている。金髪と黒髪がまだらになったヘアスタイルの男性が、僕を指差した。
「お兄さん、貝塚響也でしょ」
「……いいえ。よく間違われるんです」
「なーんだ、残念! まあ、貝塚響也はリンネと熱愛中らしいしな。こんなところに男と一緒にいるわけないか」
男性はツレの女性とじゃれ合いながら言った。
「貝塚響也ってテレビに出ないけどさ。実際は歌が下手だからじゃね?」
「そうかも」
「それに貝塚響也って絶対にナルシストだよな。歌詞とかキモいもん」
その時のことだった。
沢辺さんが立ち上がって、カップルを睨みつけた。
「俺は貝塚響也の大ファンなので、そういった失礼な発言は聞き捨てならないですね。誹謗中傷はやめてくれませんか」
「なんだよ、文句あんのか!?」
男性が声を荒げても、沢辺さんは動じなかった。
「そんなに誰かをディスりたいのならば、俺をディスってください」
「なんだ、こいつ。ウゼェっ! 行こうぜ」
「うんっ」
無礼なカップルは砂丘から去っていった。
「沢辺さん、ごめん。僕のせいでまた嫌な思いをさせてしまった……」
「全然構いません。俺は貝塚さんのナイトですから」
「ありがとう。きみはいつだって僕を助けてくれるね」
僕の心が沢辺さんに対する愛と感謝に染まった時、例の感覚がやって来た。
あふれ出る想い。出番を待ち望んでふわふわと漂う音符。僕の気持ちを結晶化させたような歌詞。それらが渦巻いて、僕の頭を支配する。
「ごめん……っ! 曲ができそうだ。アイディアを書き記したい」
「じゃあ、俺は離れたところで待ってます。俺が貝塚さんの新曲に関する情報を知ってしまったら大問題ですからね」
「本当にごめんね。すぐにメモを書き終えてしまうから」
「いいですよ、急がなくったって」
僕はまたしても沢辺さんの優しさに甘えてしまう。
ボディバッグからペンと小型の五線紙ノートを取り出した僕は、新曲の構想を書き連ねた。ラブソングの断片が、五線紙ノートを埋め尽くしていく。
ときめきが止まらない。
この気持ちを曲に変えて、多くの人に聴いてもらいたい。
……僕はやっぱり商業音楽を続けたいのかな。最近疲れていたから、引退することばかり考えていたけれども。僕の歌が誰かにとって勇気の源になるのならば、僕はステージで歌い続けたい。僕は音楽の神様から授かったギフトに、お返しをしないといけない。
沢辺さん。
きみがいなければ僕は商業音楽に絶望したままだっただろう。僕にパワーをくれてありがとう。
ふと顔を上げれば、沢辺さんが砂地にしゃがみ込んでハマボウフウを眺めていた。あの人の可愛いところに、どれだけの人が気づいているのだろう。僕だけの宝物として、彼を腕の中に閉じ込めてしまいたい。
僕はサビのメロディを一気に書き上げた。これまでに歌ってきたバラードとはひと味違った作品になりそうだ。
「お待たせ。なんとか終わったよ」
「お疲れ様です」
「呆れたでしょ? 僕は突発的に音楽の世界に旅立ってしまうんだ。音楽バカだよね」
「俺だって酒バカですよ。海を眺めながら、シーフードに合う酒はなんだろうかって考えてました」
「……沢辺さん。ずっとそばにいてほしい。僕、努力するから。今よりももっと強くなるから」
「俺だってまだまだ修行中の身ですよ。一緒に成長していきましょう」
そして僕たちは砂丘を離れ、カフェで昼食をとった。そのカフェは壁一面がガラス張りになっていて、海を望むことができた。この公園を作った人はロマンチストだな。
「夏はやっぱり海ですね! 今日、一緒に来られてよかったです」
「僕も同じ気持ちだよ」
ランチプレートをゆっくり食べ終えても、まだ時間に余裕があった。
「沢辺さん。高いところは平気?」
「大丈夫ですよ」
「それじゃあ、観覧車に乗ろうよ」
「はい!」
会計を済ませて、カフェをあとにする。真夏の太陽がスポットライトのように僕たちを照らしている。僕は沢辺さんの横顔を胸に焼き付けた。
「えーと、こっちの道で合ってますよね?」
「うん」
僕と沢辺さんは観覧車を目指して、青葉が生い茂る並木道を歩いた。
潮騒に重なって、沢辺さんの声が僕の耳に届いた。
沢辺さんの手は少し震えていた。真面目な彼のことだ。僕との関係をどうすべきか、いろいろと考えたに違いない。
彼は酒屋の跡取り息子だ。自分の代で沢辺酒店を終わらせたくはないだろう。男である僕をパートナーとして選択した場合、仕事にまで影響が及ぶ。
でも沢辺さんは常識やマイノリティになる恐怖を全部乗り越えて、僕との未来に賭けてくれたんだ。こんなに嬉しいことはない。
「僕も沢辺さんが大好きだよ」
彼にだけ聞こえるボリュームで想いを伝える。僕はつないだ手を離さなかった。沢辺さんは恥ずかしいのか、頬を赤くしている。この人は自分のことを地味で平凡だと言って卑下するけど、とんでもない。僕にとって沢辺さんほど輝いている人はいない。
ああ、キスしたいな。
込み上げてくる衝動と僕は戦った。沢辺さんは僕の下心には気づかないようで、はにかみながら微笑んでいる。
この可愛らしい人を僕は守らないといけない。
肩と肩をくっつけて、僕と沢辺さんはベンチから海を眺めた。
「僕さ、『たったひとつの僕だけの星』っていう曲を作ったことがあるじゃない」
「はい。セカンドアルバムに収録された曲ですよね」
「あの曲はね、本当の愛なんてどこにもないっていう諦めから生まれたんだ。当時の僕は信じていた人に裏切られたり、散々だったから」
「……すごく甘い雰囲気の曲なのに、そんな背景があったんですね」
「でもこれからは、新しい気持ちで歌えそうだ。僕は本物の恋を見つけたのだから」
沢辺さんの手の甲に、みずからの手のひらを重ねる。
「きみはいろいろなものを背負いながらも、僕の気持ちを受け入れてくれた。ありがとう。絶対に大切にするから」
「貝塚さん……」
見つめあっていると、僕たちがいるベンチに若いカップルが近づいてきた。ふたりとも何が楽しいのか、ニヤニヤと笑っている。金髪と黒髪がまだらになったヘアスタイルの男性が、僕を指差した。
「お兄さん、貝塚響也でしょ」
「……いいえ。よく間違われるんです」
「なーんだ、残念! まあ、貝塚響也はリンネと熱愛中らしいしな。こんなところに男と一緒にいるわけないか」
男性はツレの女性とじゃれ合いながら言った。
「貝塚響也ってテレビに出ないけどさ。実際は歌が下手だからじゃね?」
「そうかも」
「それに貝塚響也って絶対にナルシストだよな。歌詞とかキモいもん」
その時のことだった。
沢辺さんが立ち上がって、カップルを睨みつけた。
「俺は貝塚響也の大ファンなので、そういった失礼な発言は聞き捨てならないですね。誹謗中傷はやめてくれませんか」
「なんだよ、文句あんのか!?」
男性が声を荒げても、沢辺さんは動じなかった。
「そんなに誰かをディスりたいのならば、俺をディスってください」
「なんだ、こいつ。ウゼェっ! 行こうぜ」
「うんっ」
無礼なカップルは砂丘から去っていった。
「沢辺さん、ごめん。僕のせいでまた嫌な思いをさせてしまった……」
「全然構いません。俺は貝塚さんのナイトですから」
「ありがとう。きみはいつだって僕を助けてくれるね」
僕の心が沢辺さんに対する愛と感謝に染まった時、例の感覚がやって来た。
あふれ出る想い。出番を待ち望んでふわふわと漂う音符。僕の気持ちを結晶化させたような歌詞。それらが渦巻いて、僕の頭を支配する。
「ごめん……っ! 曲ができそうだ。アイディアを書き記したい」
「じゃあ、俺は離れたところで待ってます。俺が貝塚さんの新曲に関する情報を知ってしまったら大問題ですからね」
「本当にごめんね。すぐにメモを書き終えてしまうから」
「いいですよ、急がなくったって」
僕はまたしても沢辺さんの優しさに甘えてしまう。
ボディバッグからペンと小型の五線紙ノートを取り出した僕は、新曲の構想を書き連ねた。ラブソングの断片が、五線紙ノートを埋め尽くしていく。
ときめきが止まらない。
この気持ちを曲に変えて、多くの人に聴いてもらいたい。
……僕はやっぱり商業音楽を続けたいのかな。最近疲れていたから、引退することばかり考えていたけれども。僕の歌が誰かにとって勇気の源になるのならば、僕はステージで歌い続けたい。僕は音楽の神様から授かったギフトに、お返しをしないといけない。
沢辺さん。
きみがいなければ僕は商業音楽に絶望したままだっただろう。僕にパワーをくれてありがとう。
ふと顔を上げれば、沢辺さんが砂地にしゃがみ込んでハマボウフウを眺めていた。あの人の可愛いところに、どれだけの人が気づいているのだろう。僕だけの宝物として、彼を腕の中に閉じ込めてしまいたい。
僕はサビのメロディを一気に書き上げた。これまでに歌ってきたバラードとはひと味違った作品になりそうだ。
「お待たせ。なんとか終わったよ」
「お疲れ様です」
「呆れたでしょ? 僕は突発的に音楽の世界に旅立ってしまうんだ。音楽バカだよね」
「俺だって酒バカですよ。海を眺めながら、シーフードに合う酒はなんだろうかって考えてました」
「……沢辺さん。ずっとそばにいてほしい。僕、努力するから。今よりももっと強くなるから」
「俺だってまだまだ修行中の身ですよ。一緒に成長していきましょう」
そして僕たちは砂丘を離れ、カフェで昼食をとった。そのカフェは壁一面がガラス張りになっていて、海を望むことができた。この公園を作った人はロマンチストだな。
「夏はやっぱり海ですね! 今日、一緒に来られてよかったです」
「僕も同じ気持ちだよ」
ランチプレートをゆっくり食べ終えても、まだ時間に余裕があった。
「沢辺さん。高いところは平気?」
「大丈夫ですよ」
「それじゃあ、観覧車に乗ろうよ」
「はい!」
会計を済ませて、カフェをあとにする。真夏の太陽がスポットライトのように僕たちを照らしている。僕は沢辺さんの横顔を胸に焼き付けた。
「えーと、こっちの道で合ってますよね?」
「うん」
僕と沢辺さんは観覧車を目指して、青葉が生い茂る並木道を歩いた。
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