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第25話 結婚式 下

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 二頭立ての馬車が舗道を走り出す。
 パレードが始まった。

「王太子殿下、おめでとうございまーす!」
「アズリール様! お綺麗ですねー」

 沿道に集まった民が祝福の声を寄せてくれた。僕は車窓に顔を向けると、微笑みを浮かべながら手を振った。みなさん、今日はお祝いしてくれてありがとうございます。僕は誠心誠意、レヴィウス様を支えますね。
 未熟者だなんてうつむいている暇はない。この人たちの平和な暮らしを守るために努力しなきゃ。
 レヴィウス様も同じ想いのようだった。

「王家にこれだけの期待を寄せてくれるとは。身が引き締まるな」
「そうですね」
「俺は今日という日を忘れない。俺がこの先、民を裏切るような真似をしたら、アズリール。俺を断罪してくれ」
「そんな日は来ませんってば!」

 僕たちは王都の大通りをぐるりと巡ったあと、宮殿に戻った。
 庭では、盛大な宴が繰り広げられていた。

「さあさあ、国王陛下。まだまだいけますぞ。セレスティの名にかけて、この勝負、勝たせていただきます」
「私は勝利を譲る気はないぞ」

 お父様!?
 国王陛下と飲み比べをしている……。どちらもザルだから、この勝負は決着がつかないだろう。
 僕にほっそりとした人影が近づいてきた。
 王妃様だ。

「アズリール。おめでとう」
「王妃様。お加減はいかがですか」
「それが最近、調子がいいの。可愛らしい息子が増えたからね」
「嬉しいお言葉、ありがとうございます」
「レヴィウス。アズリールがいくら愛しくても、夜はちゃんと寝かせてあげるのよ」
「善処します」
「おや。イチゴ坊やにはならないのね」
「ふふっ。俺は大人の男ですよ。ちょっとやそっとのことでは……」

 王妃様が何事かをレヴィウス様に耳打ちした。レヴィウス様はすると、見事なイチゴ坊やに様変わりした。

「は、母上! 貴婦人がそんなことをおっしゃいますな!」
「何を言われたんですか」
「きみは知らなくていい。いや……いずれ知ることになるのか? ううっ。悩ましい」

 なんの話だろう。レヴィウス様はイチゴ坊やになったきり、僕と目を合わせてくれない。
 そこにナナセがやって来た。

「アズリール。おめでとう」
「ナナセ。ありがとう。エルリックさんもお忙しいところ、ありがとうございます」
「可愛いナナセの親友のためならば、どこへだって喜んで参りますよ」
「きみのお式ももうすぐだね」
「ああ」

 ナナセは綺麗になった。
 僕が最初にブランシェール学院で出会った時の凛とした姿はそのままで、そこに柔らかさが加わった。エルリックさんとナナセは剣の手合わせをして、一緒に汗を流すらしい。素敵なカップルだなあ。
 
「エルリックは私に、剣を諦めるなと言ってくれた」
「うん。よかったね」
「アズリール、公務で忙しくなるな。手紙を書くから、時間がある時に読んでほしい」
「あのさ、ナナセ。僕、隣国サンダスの言語や文化について学ぶサロンを開くことになったんだ。サンダスの武術の話も出ると思う。よかったら参加してくれないか」
「それは興味深いな」
「アズリール様。サンダスのお話をされていたのですか?」

 サンダスの国家元首、ミローネ様が近づいて来た。ミローネ様は華やかな織り物でできたローブをまとっている。
 僕はサンダス語で話しかけた。

「それはサンダスの伝統的な衣装ですね? とても美しいです」
「アズリール様。サンダス語を学ばれたのですか。発音も文法も完璧ですね」

 ナナセが「すごいな」とつぶやいた。

「アズリール。いつの間にサンダス語を」
「えへへっ。王太子妃教育の一環だよ、ナナセ。平和外交のためには、相手の文化を理解しないとね」
「ナナセ殿はアズリール様のご友人ですか」
「はい。花嫁学校で知り合いました」
「ミローネ様、ナナセと申します。お初にお目にかかります」

 ナナセもミローネ様も武術の心得があるので、初対面だけど話が合うようだ。僕は人と人の輪が繋がっていくことに喜びを感じた。
 レヴィウス様が両腕を広げた。

「アズリール。みんなの笑顔を見ろ。きみが引き出してくれたんだ」
「いいえ。レヴィウス様のおかげです」
「おーい、アズリールくーん。久しぶりだね」
「マルセル先生!」
「レヴィウス様、このたびはおめでとうございます」
「ありがとう。今日の式の料理も衣装も、ツィノー商会が手配してくれたものだ。とても助かったよ」
「旦那に伝えておきます。アズリールくん。僕の教えは間違っていたね。きみはツンデレにはほど遠いけど、こうやって幸せを掴んだ」

 僕は「いえいえ」と言って恐縮した。

「マルセル先生の教えは強烈でしたけど、僕にアルファとオメガの関係について考えさせるきっかけをくれました」
「そう? ならよかった。いつかブランシェール学院に教えに来てよ。『愛されオメガの処世術』という講義タイトルでさ」
「僕……愛されてますかね?」
「何を今更。まだキスが足りないか?」
 
 レヴィウス様が僕の唇を奪ったので、この場が熱狂に包まれた。

「熱いねーっ」
「これは、赤ちゃんがすぐにできるかもしれませんな」
「ヨアキム。アズリールに重圧をかけるな」
「あーら。心配はないわよ。アタシの占いだと、二人の間には可愛い赤ちゃんがポンポンと生まれるんだから」
「シマ先生。そうなんですか?」
「俺は励まねばならないな。よし、精をつけるために肉を食べてくる」
「レヴィウス様ったら」

 宮廷楽団の演奏が切り替わった。
 僕たちが初めてダンスを踊った時の曲が流れる。
 心の中で歌う。あなたは私の憧れ。この舞を踊っている間は私だけのあなたでいてください。
 あの日、僕の初恋は始まった。
 そして僕の恋心は今日、実を結んだ。

「伝令です。アズリール様。キリエ・フィレンカよりお手紙が届いております」

 僕はキリエからの手紙を開いた。

『アズリールくんへ。いろいろとごめん。そしてありがとう。きみに言いたいことはいっぱいあるけど、今回はこれだけ。幸せにならなかったら怒るからね!』

 彼らしい文面に口元がほころぶ。
 僕は大切な友からの手紙を懐に抱きしめた。
 太陽がゆっくりと高度を下げている。いつの間にか光に茜色が混じるようになった。
 夜が近づきつつある。
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