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第23話 独り寝の日々

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 婚約が成立したあと、ヒートが容赦なく僕を襲った。
 僕はふらふらになりながらも、抑制剤と手淫で苦しい時をやり過ごした。七日間に渡る我慢の時を終えた僕のもとに、レヴィウス様がやって来た。
 湯上がりの僕はほこほこと顔が赤くなっている。

「アズリール。調子はどうだ」
「……なんとか」
「すまない。早くきみを楽にさせてやりたいのだが……」
「ごめんなさい。僕、レヴィウス様のことを想像して、自分を慰めてしまいました」
「……それは別に謝ることではない。大きな声では言えないが、俺だってきみを……想像の中で何度も抱いている」

 レヴィウス様が僕を抱きしめる。

「早く時間が経ってほしい気持ちと、きみの自由を奪いたくない気持ちが拮抗している」
「僕はまだ準備ができていないので……。ヒートは辛いですが、引き続き次期王妃になるための教育をしっかり受けたいと思います」
「キリエの記憶が少し回復したという連絡があった」
「よかった……!」
「彼はしきりに、アズリールお兄ちゃんに謝らなきゃとつぶやいているそうだ」
「僕のことを思い出してくれたのかな?」
「あの事件はこの国のオメガに対する過度な偏見や重圧によって起きた。世論はキリエに同情的だ。フィレンカ家も大いに反省している。量刑はきっと予想よりも軽くなるだろう。恩赦の可能性だってある」

 キリエのもとには、友人たちが毎日のように顔を出したり、手紙を送ったりしているらしい。そしてキリエは療養所で年下の子どもに慕われているのだとか。キリエが独りぼっちではないと知って、僕は涙をこぼした。

「キリエ。僕はきみを待っているから……」
「アズリール……」
「レヴィウス様。もう二度と悲劇のオメガが生まれないよう、僕たちが新しい未来を描きましょう」
「ああ。民も応援してくれるだろう」
「民といえば、投書を読まねば」

 僕には言いやすいのだろう。民から毎日のように手紙が届く。ほっこりとした日常を綴ったものから、苦境を訴えるものまで内容はさまざまだ。僕が伝令を呼ぼうとすると、レヴィウス様が制止した。

「ヒート明けなのだぞ。無理はするな」
「でも、みんなを待たせたくないです」
「今日は俺だけのアズリールでいてくれ」

 レヴィウス様は僕を横抱きにすると、庭へと連れて行ってくれた。
 久々に外の空気を浴びて、心身がリフレッシュする。僕が笑顔を向けると、レヴィウス様がまぶしそうに目を細めた。

「アズリールは日に日に美しくなっていくな」
「えぇっ? 錯覚では?」
「侍女たちが騒いでいるぞ。もうお渡りがあったのかと思うほど、きみの象牙色の肌がなまめいていると」
「……お風呂、今度からひとりで入ろうかな」
「溺れたらどうする」
「僕がもし輝いているのだとしたら、それはレヴィウス様が愛してくださるおかげです」
「まだまだ引き出しはあるぞ。まあ、きみが18歳になった時のお楽しみだな」
「あっ。なんか今、すごく悪い顔で笑いましたよね? もしかして、とってもいやらしいことを考えてるのですか?」
「その通りだ!」

 レヴィウス様が高らかに笑った。

「今日も俺のアズリールは可愛い」
「わっ!」

 僕を横抱きにすると、レヴィウス様は庭を走り回った。童心に帰っておられるようだ。僕もまた子どものようにはしゃいで、笑い声を上げた。



◇◇◇



 年の瀬に、隣国サンダスの国家元首がわが国にやって来た。
 国交が回復したことに対する、謝意を伝えに来たのだという。
 僕はレヴィウス様の婚約者として晩餐会に同席した。サンダスの国家元首ミローネ様は、レヴィウス様と同い年の女性だった。救国の聖女と称されているお方である。

「サンダスの復興支援を進めるよう、国王陛下に進言してくださったと聞いております。レヴィウス王太子殿下、まことにありがとうございます」

 膝を突いて胸に手を当てる最敬礼の構えをとったミローネ様に、レヴィウス様が優しく笑いかけた。

「そんなに格式張らないでください。ミローネ殿とはよき友人になりたい」
「ありがとうございます」
「サンダスの民は息災ですか?」
「はい。みな、前を向いております。二度と国土を同胞の血で染めぬよう、レヴィウス様から治世を学びたく存じます」
「俺はまだ王太子の身です。ですが、ミローネ殿とは在位の期間が重なる可能性が高いですね」
「現国王陛下からも盛大な支援を得ております。サンダスをこれからもよろしくお願いします」

 ミローネ様は僕の姿を見とめると、ふっと視線を和らげた。
 僕はカタコトのサンダス語で挨拶をした。

「サンダスの言葉をご存知なのですか」
「今、勉強中です」
「光のアズリール様とは、あなた様のことですね」
「いえ、僕はただの地味な人間です」
「何をおっしゃいますか。アズリール様が聖獣に身を変えてレヴィウス様を救ったというお話は、サンダスでも語り継がれております」
「それは……光栄です。ちょっと恥ずかしいですが」
「サンダスにはオメガとアルファは生まれませんが、もしも新たな命がバース性を備えていた場合は、アズリール様をお手本にさせていただきます」
「そんな。僕は未熟者ですから」

 国王陛下はサンダスの使者に囲まれて、上機嫌そうである。
 こうやって人と人が交流していくことによって、国交に血が通っていくのだろう。僕は今日という日を覚えておこう。隣国との関係は利害が絡むので難しい。でもミローネ様を信じて、サンダスの民を信じて、よき友になれるよう努力しよう。

「アズリール。俺たちはそろそろ引き上げよう」
「はい」

 レヴィウス様に連れられて、僕は大広間をあとにした。

「ふうっ。さっきはヒヤヒヤしたな」

 居室に戻ったレヴィウス様に、僕は膝枕をしてあげた。レヴィウス様は意外と甘えん坊で、僕の膝枕が大のお気に入りである。

「ミローネ殿が父上をすっ飛ばして俺に話を持ちかけるものだから。内務大臣が鬼の形相をしていたぞ」
「気づきませんでした」
「俺は現在、即位を望んではいない。まだまだ父上から学ぶべきことがある」
「僕に寄せられた手紙には、レヴィウス様の即位を求める声が少なからずありますが」
「父上がまつりごとの生臭い部分を引き受けてくれているから、俺が文教政策や他国への支援といった印象のいい活動に集中できるのだ。俺はまだ独り立ちはできないよ」

 ご自分の立場を冷静に分析されているレヴィウス様がとても頼もしくて、僕は笑顔になった。レヴィウス様が僕の頬に手を伸ばす。

「嬉しそうだな、アズリール」
「僕、レヴィウス様が大好きです」
「俺もそうやって真っ直ぐに気持ちを伝えてくれるきみが大好きだよ。ああ、早くきみを抱きたいものだ」
「もう少しだけ待っていてください。時が満ちるまで」
「うん」

 僕たちはキスを交わした。
 日に日に深さと濃厚さが増していく。キスだけでとろけてしまいそうだ。レヴィウス様に抱かれたら僕はどうなってしまうだろう。

「レヴィウス様……そんなにされたら苦しいです」
「すまん、つい」
「あの……。僕、上顎のざらざらしたところが弱いようです」
「ああ、知ってるぞ」
「知ってて舐めてくるんですか。レヴィウス様ったら」
「舌の付け根も好きだよな?」
「んんっ」
「それから、耳たぶも」
「お戯れはそのぐらいに……」

 僕が降参したので、レヴィウス様は僕を解放してくれた。
 あ……。
 後孔が濡れてしまった。
 僕は深呼吸を繰り返して、体を鎮めた。後孔の潤いもそうだが、最近は気を抜くとキスの最中に勃起してしまいそうになる。幼かった僕の体だが、とうとう成熟しはじめたようだ。

「アズリール。離宮まで送ろう」
「はい」
「あといくつ独り寝の夜を耐えれば、きみと共寝ができるのかな」
「ご不便をおかけしますが、しばし待ってください」
「待つさ。きみのためならば」

 僕を離宮の部屋まで送り届けたあと、レヴィウス様は微笑みを残して去っていった。
 レヴィウス様の気配が消えたのを確認すると、僕は秘密のタンスを開けた。レヴィウス様がお召しになった衣服を抱きしめる。愛する人の匂いに囲まれていると、僕は幸せで仕方がなかった。

「そういえばアズリール。明日、遠乗りに出かける話だが」
「わわっ!」

 僕は頭からレヴィウス様のシャツを被っていたので、ノックの音に気づかなかった。僕は布で頭を覆ったまま沈黙した。

「……巣作りか」
「レヴィウス様、ごめんなさい。侍女に頼んでシャツを頂戴しておりました」
「脱ぎたてが欲しいなら、今脱ぐぞ」
「いえ、結構です! いっぱい持ってるので!」
「俺の匂いはそんなに快いか」
「あなたの香りは僕にとって毒ですよ。僕はレヴィウス様に依存しています」
「実は俺も……きみの残り香が移ったシャツを侍女からもらったことがある」
「アルファも巣作りをするのですか?」
「いや、単に俺がきみの匂いを嗅ぎたかっただけだ。アルファの習性ではなく、俺の個人的な性癖だろう」

 せ、性癖……。
 ドキッとする言葉が出たので、僕は布を外すタイミングを失った。レヴィウス様の顔を見られない。

「おや? イチゴ坊やになってしまったのかな」
「完熟した、真っ赤っかのイチゴです」
「アズリールは今日も可愛いな。夢の中でも俺に会いに来てくれ」

 レヴィウス様が去る気配がしたので僕は布を取り払った。すると、室内にはまだレヴィウス様がいた。

「おやおや。本当にイチゴ坊やになっている」
「レヴィウス様ったら! お人が悪いですよ」
「巣作りなんて可愛らしいことをされたら、愛しさが募るに決まっているだろう。おやすみのキスだ」
「んっ、んんっ」

 僕は深く口づけられて、勃起寸前に追い込まれた。夢中で手足をばたつかせて、ピンチであることを伝える。レヴィウス様は「すまん」とうなだれた。

「やりすぎてしまった」
「僕……弱点だらけです。手加減してください」
「分かった。努力する」
 
 レヴィウス様は僕の頬っぺたにちゅっちゅっと口づけると、今度こそ部屋に戻っていった。
 僕はベッドに倒れ込んだ。
 ああ。
 結婚式が待ち遠しい……。早くレヴィウス様のものになってしまいたい。
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