【完結】ワンコ系オメガの花嫁修行

古井重箱

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第18話 城門前の広場にて

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 新しい一日が始まった。
 今日、レヴィウス様は城門前の広場で民と交流される。僕も同席する予定だ。

「許せ、ラピステル」

 レヴィウス様は僕に頭を下げると、僕に首輪をつけた。金属製の首輪は人間だった頃につけていたチョーカーを思い出す。

「父上はきみを、俺と契約している聖獣として民に印象づけたいようだ」

 そんなに悲しそうな顔をしないで、レヴィウス様。あなたのためだったら何でもします。首輪ぐらい、僕は構いませんよ。
 本日のレヴィウス様は正装をその身にまとっていた。
 藍色の軍服に白金に輝く肩帯をつけている。前髪を上げておられるので、秀でた額がよく見える。僕がもしも人間の姿で、レヴィウス様の伴侶だったらあの額にキスできるのに。
 ……いや。
 願望だけでは終わらせないぞ。どうにかしてレヴィウス様に僕のことを思い出してもらうんだ。
 あのキリエがレヴィウス様を幸せにできるとは思えない。
 
「お時間です。王太子殿下」
「分かった。行こう、ラピステル」

 僕はレヴィウス様のあとを歩き、城門前の広場へと向かった。
 広場を見下ろす尖塔に、レヴィウス様が立つ。僕はレヴィウス様の足元に身を寄せて、群衆を眺めた。幅広い世代の人々が集まっている。

「英雄のお出ましよー!」
「王太子殿下ーっ! こっち向いてくださーい」
「死神に打ち勝つだなんて。あなたは生ける伝説だ!」

 レヴィウス様が手を振るたびに、民から歓声が湧き起こった。
 僕もたくさんの注目を浴びた。

「あれが聖獣ラピステル?」
「意外と優しそうな顔をしてるのね」
「レヴィウス様を守ったんでしょう? 忠犬よねぇ」

 魔法使いがレヴィウス様に近づいて、風魔法をかけた。おそらく拡声の術だろう。いよいよレヴィウス様のスピーチの始まりだ。
 レヴィウス様はこほんと軽く咳払いをすると、民に向かって語りかけた。

「おはようございます、みなさん」
「王太子殿下ーっ!」
「おかえりなさーい!」
「この場に集ってくれたみなさんに感謝を申し上げます。また、今この瞬間、この国を支えるために働いている方たちにも謝意を述べさせていただきます」

 わーっと群衆のボルテージが上がった。
 レヴィウス様は勢いには飲まれず、冷静な表情で言葉を続けた。

「ご存知のように私は死神に取り憑かれていたため、帰らずの森に挑みました。その際に助けてくれたのがこちらのラピステルです」

 僕への声援が膨れ上がった。

「ラピステルの協力もあり、私は死神を祓うことができました。ですが、七色水晶との取り引きによって大切なものを奪われました」
「えっ!?」
「冒険は成功したんじゃなかったの?」

 どよめきが起こるなか、レヴィウス様が深々と頭を下げた。

「みなさんにお願い申し上げます。私は大切な方との記憶を失くしてしまいました。その方との記憶を取り戻したいのです。ご協力いただけませんか?」

 王族が民に対して頭を下げるなど前代未聞だ。
 城門前の広場が静まりかえった。

「私が愛する人と過ごしていた時の様子をご存知の方は、どうか情報をお寄せください。厚くお礼させていただきます」
「王太子殿下、恋人がいたの?」
「えぇっ。フィレンカのご子息と婚約するって聞いたわよ」
「どんな小さな情報でも構いません。私と、私の愛する人を助けてください!」

 レヴィウス様が再び頭を下げた時のことだった。
 複数の武官が現れて、レヴィウス様を拘束した。
 内務大臣が代わりに言葉を発する。

「えー、レヴィウス殿下は戦いの代償として若干の記憶障害があり、現在も治療中です。先ほどのご発言はお気の迷いから出たこと。レヴィウス殿下はキリエ・フィレンカ殿との婚約が内定しております」
「ほーら! 言ったでしょ。キリエ様は大陸一の美少年なんだから」
「やっぱりそうなんだなー」
「私はキリエ・フィレンカとの結婚を望んでおりません! 私には心に決めた方が……!」
「王太子殿下のご体調が優れないので、これにて閉会とさせていただきます。本日はお集まりいただき、まことにご苦労様でした。なお、王太子殿下の妄言についてはどうかお忘れください」

 内務大臣が目配せをした。
 魔法使いが錬金術を発動した。手のひらから大量の金貨が現れ、民に向かって降り注ぐ。

「うひょーっ! 景気いいなあ」
「ちょっと! それは私のだよ」

 民は金貨に夢中になっている。
 その間に魔法使いは新たな呪文を詠唱した。時魔法の重ねがけだろうか? この場に集った民の記憶を消去しようとしているのか。 

「みなさん、私の言葉を忘れないでください!」
「レヴィウス様。ご乱心が過ぎますぞ」
「魔法使いよ。沈黙のスペルを」
「承知しました」

 レヴィウス様は声を封じられてしまった。
 僕は武官に引っ張られていくレヴィウス様を夢中で追いかけた。
 民のどよめきが耳に響いてくる。

「俺……海浜公園で見たぜ。王太子殿下は亜麻色の髪の少年と一緒だった」
「アズリール・セレスティ様じゃない?」
「そうだ。アズリール様だ。お二人がいたから、槍の雨が止んで虹が出たんだ」
「アズリール様! アズリール様はどこへ?」
「なんでも行方不明になったらしいよ」
「えぇっ!? アタシの占いがまさか外れるだなんて……」
「七色水晶の力がそれだけ邪悪だということでしょうな」

 海浜公園で出会った占い師のシマ先生と、元老院のヨアキムさんの声が聞こえてきた。
 シマ先生、ヨアキムさん。
 僕を覚えていてくれたのですか?
 
「アズリール様! アズリール様!」
「何を。大陸一の美少年であるキリエ様こそ王太子妃にふさわしい」
「キリエ様はアズリール様を突き飛ばしたんだよ! 将来、国母になられるお方ではないよ!」
「アズリール様は私が泣いているとハンカチを渡してくださった。そして虹を見上げながら隣国の幸せを願っておられた。アズリール様こそ王太子妃にふさわしい!」

 民はいつしか、アズリール派とキリエ派に分かれて論争を始めた。僕とキリエの名前が交互に呼ばれる。
 騎士たちが城門前の広場に向かった。事態を収束させようとして焦っている。
 レヴィウス様は僕の名前が呼ばれるたびに、切なそうに眉根を寄せた。レヴィウス様。僕はここです!
 レヴィウス様に近寄ろうとした時、僕は武官によって捕縛された。目の細かい投網が僕の動きを封じる。

「邪悪なる獣め。王太子殿下をたぶらかしたのはおまえだな」
「地下牢に放り込め」
「やめて! その子に罪はないでしょう!」
「ミランダ。おまえは誰の味方なのだ」
「私は聖獣使いよ。聖獣の声を聞くのが私の仕事です!」
「よく言いましたね、ミランダ」

 この場に現れた人物を見て、武官たちが動きを止めた。

「王妃様……?」
「お加減はよろしいのですか!」
「寝ている場合ではありません。わが国の命運がかかった事態が発生したのですから」

 王妃様は侍女に支えられながらも、威厳のある声で告げた。

「レヴィウスの沈黙を解きなさい。それからその聖獣、いいえ。アズリール・セレスティを解放しなさい」
「アズリール・セレスティ?」
「なぜ公爵家の令息の名前が出てくるのだ」

 僕はみんなに向かって声を発信した。

『……僕は、アズリール・セレスティです! 聖界の長と取り引きをして、ラピステルの体を得ました』
「聖界の長と取り引きだと……?」
「神話に出てくる聖獣の体を得る? そんなことが可能なのか」
「純度が極めて高い魂にしかできない所業ではないか」

 頭の中に直接響いた声に武官たちが戸惑っていると、レヴィウス様がみずからを戒めていた拘束を解いた。そして、僕に駆け寄って、僕の全身を覆っていた投網を払い除けた。

「ラピステル……いや、アズリール。きみはアズリールなんだな?」
『レヴィウス様!』
「アズリール。きみの名前を口にした時、俺の記憶から白い壁が剥がれ落ちる。俺の記憶を隠していたものが消えていくんだ」

 レヴィウス様が僕に顔を近づけて、僕の額にキスをした。
 あの日。
 槍の雨が降った日もレヴィウス様はこうやって僕に口づけてくれた。
 思い出してくれたのですか、レヴィウス様。

「アズリール……! ラピステルはきみだったんだな!」
「ああもう。きみを殺すしかないね、アズリールくん」

 僕とレヴィウス様の頭上に大きな影が落ちた。
 見上げればそこには、飛竜に乗ったキリエがいた。
 キリエは悪鬼も恐れをなして逃げるほど、憎しみに満ちた表情をしていた。
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