【完結】ワンコ系オメガの花嫁修行

古井重箱

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第16話 国王陛下との対話

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 記憶とは、その人が生きてきた証に他ならない。
 レヴィウス様の19年間を、七色水晶は奪ったのだ。まったく、なんてことをしてくれたんだ!
 僕は宙を見上げた。
 だが、帰らずの森の姿はどこにもなかった。また新たな犠牲者を求めて、空を旅しているのだろう。
 ヘクター様が武官に指示を出した。

「レヴィウスお兄様を医務室へ。今は休息を取っていただこう」
「一時的なショックで記憶が飛んでしまったのかもしれませんね」
「この聖獣はどうします?」

 武官が僕に手を伸ばす。その瞬間、レヴィウス様が猛烈な勢いで武官の手を払った。

「ラピステルに触るな! 彼が俺を助けてくれたんだ」
「……ラピステル? お兄様が好きだった神話に出てくる聖獣の名前ですね」
「聖獣よ。言葉を発することはできないのか?」

 僕は武官に語りかけようとした。
 でも力が枯渇しているらしくて、ワンワンと吠えることしかできなかった。

「ラピステルの傷を見ろ。休息が必要なのは俺ではない。彼だ」
「レヴィウスお兄様……」

 ヘクター様はしばし沈黙したのち、武官に命令を出した。

「聖獣使いを呼んでくれ。ラピステルにも手当てを」

 僕とレヴィウス様はそこで力尽きた。
 もう手足を動かす気力が湧かない。ぐったりとなった僕は意識を手放した。



◇◇◇



 長い長い眠りだった。
 僕が目を開けると、そこには勝ち気そうな女性がいた。

「ようやくお目覚めね、ラピステル。ずっと寝込んでいたから、もう意識が戻らないと思っていた……。私の姿が見えているようね。よかったわ」
『あなたは……?』
「私は聖獣使いのミランダ。あなたの味方よ」
『僕は……助かったんですか。レヴィウス様は?』

 ミランダの表情が翳った。

「まだご自分の記憶が完全には戻らない状態よ」
『そうなのですか……』
「ラピステルは誰とも契約していないのね。あなたからは人の気配がしないわ」

 シュマックが恐れていたことが起きた。僕は力を使いすぎたあまり、ラピステルと完全に同化してしまったらしい。

『そういえば……シュマックは?』
「あのリス型の聖獣ね。あの子は力尽きて聖界に帰ってしまったわ」
『そうでしたか……』

 シュマック。
 僕のために頑張ってくれたからな。もう会えないのかな。寂しいよ。

『僕も聖界に帰った方がいいでしょうか』
「それはダメ。なぜならば……」
「ラピステル!」

 ノックと共に現れたのは、レヴィウス様だった。レヴィウス様は襟ぐりがゆったりとした病衣を着ている。お加減は大丈夫なのだろうか? 
 レヴィウス様は僕に近づくと、ぎゅっと抱きついてきた。

「ね? レヴィウス様があなたを離そうとしないの」
「ラピステルは俺の命の恩人だ。ラピステル。俺のそばにいてくれ」

 もしも僕の存在があなたの力になれるのならば、そんなに嬉しいことはありません。僕はクーンクーンと鼻を鳴らしてレヴィウス様に甘えた。

「……きみは、ミランダか? 以前、聖獣について俺に講義をしてくれたな」
「やっと思い出してくれましたね」
「ラピステルといると、心がくつろぐ。そして、記憶が戻ってくるんだ」

 そうなんだ? それはよかった!
 レヴィウス様、僕、あなたのおそばにいます。僕は尻尾を振った。

「天気のいい日に散歩に行こう、ラピステル」

 喜んで!
 僕がはしゃいでいると、ドアがノックされた。

「レヴィウスお兄様。またラピステルのところにいたのですか」
「ヘクター」
「この子は不思議な聖獣ですね。お兄様が契約したわけではないのに、お兄様を守ろうとしている」
「ヘクター様。もしかしたら、この子は神話に出てくるラピステルそのものなのかもしれませんよ?」
「ミランダもそう思うかい。僕もそう考えるのが妥当だと思うんだ」

 レヴィウス様はヘクター様とミランダに対して、帰らずの森での戦いを語った。

「ラピステルが俺と共闘してくれたのだ」
「そうなんですね……」
「だから俺は七色水晶を手に入れることができた。だが、その対価として俺は記憶を……」
「でも、お兄様はこうやって僕たちのことを思い出すことができたじゃないですか。時が経てば記憶は完全に戻ることでしょう」
「そうだといいのだが……」

 僕はミランダに語りかけた。

『七色水晶は邪悪な存在です! レヴィウス様から命よりも大切なものを奪ったのです!』
「教えてくれてありがとう、ラピステル。七色水晶は邪悪な存在だったのね……。命よりも大切なものを奪っただなんて……」
「そういった説を唱えている教典もあったな……。でも死神を祓わなかったら、お兄様は20歳の誕生日に死んでいた」
「俺は……命よりも大切なものを奪われたのか。それは何だろう? 思い出せない……」
「レヴィウスお兄様。今は心身を休める時です。無理は禁物ですよ」

 ヘクター様がレヴィウス様の手を取ったその時、廊下から無数の靴音が響いてきた。

「国王陛下が見えましたぞ、レヴィウス様」

 多数の文官と武官を連れて現れたのは、壮年の男性だった。王の証である緋色のマントを身につけている。国王陛下だ。僕は肖像画でしかお姿を拝見したことがなかった。
 部屋の空気が変わる。
 この場に居合わせた全員が、国王陛下の言葉を待って沈黙した。

「レヴィウスよ。明日の朝、城門前の広場に出てもらうぞ」
「承知致しました」
「お父様。レヴィウスお兄様はまだ体調が万全ではありません」
「ならば、王太子の座から退け」
「そんな……」
「民が望んでいるのは強き王族だ。帰らずの森から帰還したおまえは生ける伝説となったのだ。おまえの姿をひと目見たいと多くの民が願っている」

 国王陛下の言葉を、レヴィウス様は胸に手を当てて受け入れた。

「仰せのままに」
「ふん。王族としての所作は忘れていないようだな。多少、記憶に欠落があったとしても問題ない。民に笑顔で手を振ってやるのだぞ」
「承知致しました」

 話はそこで終わるのかと思ったら、国王陛下が僕に視線を投げかけた。

「聖獣ラピステルにも凱旋のセレモニーに出てもらおうか」
「ラピステル。構わないか?」

 僕はいつだってレヴィウス様のおそばにいたいです。僕はワンと返事をした。

「ミランダよ。ラピステルとは会話が可能なのか」
「はい。頭の中に直接、彼の声が響く形になりますが」
「ラピステル。王の間に来い」
「父上? ラピステルに何をするつもりですか」
「案ずるな。ただこやつと話がしたいだけだ」

 国王陛下が歩き出す。
 僕は大きな背中を追いかけて、宮殿の長い廊下を進んでいった。

「さて、人払いも済ませた。これで腹を割って話せるな」

 王の間に着いた国王陛下は、玉座に座った。背もたれにいくつもの宝石が嵌め込まれた玉座が似合うお方など、この御仁以外にいないだろう。僕が国王陛下の迫力に圧倒されていると、その口元が左右非対称に歪んだ。

「ラピステル、いや。アズリール・セレスティ。よくぞレヴィウスに取り憑いていた死神を祓ってくれた。礼を言うぞ」

 正体を見抜かれた僕は、その場に固まることしかできなかった。
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