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第4話 恋の終わり、そして学園生活の始まり

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 作法にのっとって、僕はレヴィウス様に一礼した。レヴィウス様も華麗な所作で、僕に返礼をした。
 さて、ダンスの始まりだ。
 レヴィウス様の手のひらが、僕の背中に添えられる。大きくて、温かい。僕は至近距離でレヴィウス様の凛々しいお顔を拝見して、ときめきを抑えることができなかった。
 この人はこんなにカッコいいのに、さっきは家臣のモノマネをして、僕を笑わせてくれた。ユーモアがある人って、心に余裕があるんだろうな。僕も見習いたいものだ。
 管弦楽団がロマンティックな旋律を奏でている。有名な歌劇に出てくるアリアを、ダンス用にアレンジした曲だ。
 歌詞は確か、こうだ。
 あなたは私の憧れ。この舞を踊るあいだは、私だけのあなたでいてください。
 まさに僕の気持ちとシンクロしている。僕はダンスのステップを踏みながら、レヴィウス様を見つめた。レヴィウス様は柔らかい微笑みを浮かべ、僕が踊りやすいようにリードしてくれた。
 王太子なのに偉ぶらない、素敵な人だな。もっとこの人のことが知りたい。そして、この人にも僕のことを知ってもらいたい。
 ……どうしよう。
 僕はレヴィウス様のことが好きになってしまったらしい。

「楽しかったよ、アズリール」
「ありがとうございました……」

 演奏が終わったので、僕たちは再び礼を交わした。
 もうレヴィウス様の手が僕に触れることはない。そう思うと切なさが募ってきて、僕の心をさいなんだ。
 一方のレヴィウス様は晴れやかな表情である。レヴィウス様にとって、この舞踏会は仕事に他ならない。オメガとの顔合わせという厄介ごとが終わったので、気持ちが上を向いているのだろう。
 
「きみの父君と話がしたい」
「では、案内させていただきます」

 僕に与えられた時間は終わったんだ。
 そう思うと、足元が崩れていくような心細さを感じた。



◇◇◇



 僕はセレスティ領を離れ、王都にあるオメガ専用の花嫁学校、ブランシェール学院に通うことになった。
 あの舞踏会は失敗だった。王家からの連絡はその後、特にない。僕はレヴィウス様の好みに合わなかったのだ。

「アズリール。ブランシェール学院でオメガとしての教養を学ぶのだ。学院に通うあいだ、見合いもしてもらうぞ」
「……はい」

 僕は一体、どこの誰に嫁ぐことになるのだろう。少なくとも、僕の相手はレヴィウス様でないことは確かだ。



◇◇◇



 長旅が無事に終わって、僕は王都に着いた。
 そして、ブランシェール学院の寮に入居した。寮は想像以上にいかめしい造りをしていた。見るからに屈強そうな門番が立っていて、不審者が侵入しないよう目を光らせている。
 寮の個室は、扉も壁も分厚かった。隣室の物音はほとんど聞こえない。そして、窓がとても小さいので僕は驚いた。

「オメガはヒートの前後に不安定になりやすいですからね。衝動的に身投げしたりすることがないよう、こういった形状になっております」

 寮の監督生が僕にそう説明してくれた。
 壁や扉は、フェロモンを遮断するために重厚な造りになっているらしい。この部屋はまるで、オメガを閉じ込めるための牢屋だ。僕はセレスティ領に戻りたくなった。

「アズリールさん。浮かない顔ですね」
「……僕、ここでやってけるか不安です」
「最初はみなさん、そう言います。でも、慣れてくればまた印象が変わるでしょう」

 僕はひとまずお腹が空いたので、食堂に行くことにした。
 
「今日から入学したアズリール・セレスティと申します。よろしくお願いします」

 相席になった男子生徒に挨拶をする。
 彼はキリエ・フィレンカと名乗った。キリエは真珠を思わせる白い肌と、夢見るように潤んだ瞳を持った美しい少年である。フィレンカといえば、豊かな森林地帯を領地に持つ、有名な公爵家ではないか。家格が同じだと妙に気を遣われたりせず、話しやすい。
 僕がニコニコと微笑んでいると、キリエが「きみってちょっとお馬鹿さんだね」と冷たく言い放った。

「アズリールくん。俺たちは王太子殿下を取り合うライバルになるんだよ。そのへん、分かってる?」
「えっ。僕は王太子殿下のお妃候補なんて狙っていません」
「はいはい、了解。きみって、純朴キャラね。そういう子の方がしたたかで、いいアルファをゲットしたりするんだろうなあ」

 敵意を剥き出しにされたので、僕はキリエとは違うテーブルを探した。幸い、はじっこの席が空いていた。
 今度相席になったのは、ナナセ・レイという名前の少年だった。この人はキリッとした顔立ちで、背筋がピンと伸びている。深窓のオメガというよりは、最前線に出て戦う騎士のような印象を受ける。

「敬語でなくとも構わないでしょうか、セレスティのご子息よ」
「うん、もちろん。アズリールって呼んでほしいな」
「私は武家に生まれた。武人にとって、力こそすべてだ。でも私はオメガなので前線に立つことは叶わない」
「ナナセ……。悔しい思いをしたね」
「自分の運命を呪わなかった日はない。だが、人生は続いていくものだ。私はここで学び、よき伴侶を得たいと思う」

 ナナセの前向きな発言に、僕はハッとなった。
 ホームシックにかかっている場合じゃない。僕もここで何かを見つけなきゃ。

「僕は特訓クラスなんだ。ナナセは?」
「アズリールと同じだよ。私の試験成績はとても悪かった。プレゼントをもらって手厚く礼を言うと解答したが何がそんなにまずかったのか、いまだに理解ができない」
「そうだよね! 風邪に関する問題だってさ。僕は看病をしたり、励ましたりするって対応を書いたんだけど、大間違いだったみたい」
「はーっ。やだやだ。お馬鹿さんたちのお喋りって、聞いてるとアタマが悪くなる」

 キリエが僕とナナセがいるテーブルに近づいてきた。

「プレゼントは包みを開けずに突き返し、風邪をひいたアルファは放っておくのが正解だよ」
「えぇっ!? それって、感じ悪くない?」
「アルファはね。ちょっといい顔をすれば、すぐにつけ上がるんだよ。オメガはいっつも澄ましていて、アルファにとって高嶺の花でいなければダメなんだってば!」
「キリエは精鋭クラスなの?」
「もちろん。俺はトップの成績でしたー」

 どうやら、オメガの世界というものは価値観が一般社会とはズレているらしい。

「僕は……好きな人にはちゃんと好きって伝えたい」
「はぁ? アタマお花畑だね、アズリールくん。きみみたいな劣等生オメガは、うんと年上のおじいちゃんアルファの後添えになれれば御の字でしょ。そんなヒヒ爺に恋なんてできるかっての」
「……キリエ・フィレンカ。アズリールは私の大切な友人だ。行きすぎた暴言を吐くのはやめてくれ」
「武官の小倅こせがれごときが、公爵家令息の俺に口ごたえしてるんじゃねーよ」

 キリエの取り巻きらしき生徒たちがわらわらと現れて、僕とナナセに嘲笑を浴びせた。

「あの二人って特訓クラスなんでしょ」
「やだなあ。成績の悪いオメガって」
「あのアズリールって子。ベータみたいな体つきね。あれじゃ、アルファが萎えちゃうわ」
「ナナセ。そろそろ食堂を出ようか」
「ああ」

 僕の学園生活は、どうやら前途多難らしい。
 でも、ナナセは信頼できそうな相手だからよかった。僕はどうにかこの環境でサバイバルしないといけない。
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