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第5話 小姑殿! 俺を嫌ってください!
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悪妻とはなんだろう。
定義はいろいろあるだろうが、ワガママな嫁は誰からも嫌われるだろう。
よーし。
ヴァイゼンに無理難題を押しつけて、困らせてやる。
運河のほとりに着いた俺を、多くの人々が出迎えた。
その中心にいる、ひときわ背が高い男。
ヴァイゼンだ。
あの肖像画はあながち誇張ではないようだ。ヴァイゼンは分厚い体つきをしている。南域は暑いから仕方がないとはいえ、露出過多ではないか? 筋肉自慢の男など、傲慢でいけすかない奴に決まっている。
「初めまして、レムート。長旅で疲れただろう」
ヴァイゼンは膝を折って、胸に手を当てた。
ラガーディア王国式の挨拶である。
本来ならば俺もまた挨拶を返さねばならないが、俺は悪妻になるのだ。目指せ、伝説の毒夫レオニエ。
俺はヴァイゼンに向かって冷たい声を浴びせた。
「何かおっしゃいましたか?」
「ん? 長旅で疲れていないかと聞いた」
「へえ、そうでしたか。南域のお国訛りは聞き取りづらいですね」
どうだ。
自分の出身地の方が文化的に優れていると主張する嫁など、願い下げだろう。俺が勝ち誇った微笑みを浮かべていると、ヴァイゼンが目尻を下げた。
そして、大きな体が俺に向かって乗り出してくる。
なんだこれ、怖い。
森の中でクマに襲われた人の気持ちが分かるぞ。
俺の貧相な体は、ヴァイゼンの大きな影にすっぽりと覆われた。ここは南域、眩しい太陽が照りつけてくるはずなのに、ヴァイゼンの長身によって遮られている。
「聞き取りづらいか。ならば、耳元で囁くとしよう」
「ちょっ! なっ! 近づかないでください」
「初々しい反応だな」
ヴァイゼンは筋肉が美しく隆起した体を揺らして笑った。
「見ろ、みんな。俺の嫁はかくも可愛らしい」
「どこがですか! あなたに訛っていると言ったのですよ」
「それは事実じゃないか」
俺の瞳をじっと見つめると、ヴァイゼンが白い歯を見せて笑った。
「お人形なんていらない。俺ははっきりとモノを言う嫁が欲しかった。レムート、愛している」
「は? 初対面で愛してる? あなたがおっしゃる愛とは、ずいぶんと軽いのですね」
「そうだな。南域には、新婚は羽毛の如しという格言がある。レムートよ。まずは軽いふれあいを通して、お互いを知っていこう」
「嫌だと言ったら?」
あくまで抵抗の姿勢を示すと、なんということだろう。ヴァイゼンが俺の体を肩に担いだ。軽々とした動作に、こいつがアルファであることを思い知らされる。俺はオメガとしての劣等感をじくじくと刺激された。
「きみの心が荒れるのも無理はない。郷愁病というものがあるらしいからな」
「そうです、それです! 俺は郷愁病に罹患してます! 今すぐ俺をアーデル領に返してください!」
「それは無理だ。きみは俺の運命だ」
「は? 俺は何も感じませんが」
運命の番は出会えば分かるというではないか。
「はははっ。南域の潮の匂いが強すぎて、俺のフェロモンが感じづらいのだろう」
「あなたの想いは一方通行です! 俺は結婚などしたくない」
「レムートさん。ちょっといいかしら」
俺とヴァイゼンの会話に混ざってきたのは、引き締まった体をした女性だった。ヴァイゼンより年上だろうか。目元の雰囲気がよく似ている。
これは僥倖。
ヴァイゼンの姉上とおぼしきこの女性は、俺にとっては小姑になる。小姑に嫌われれば、離婚が近づくというものだ。
俺は弾けるような笑顔を小姑殿に向けた。
定義はいろいろあるだろうが、ワガママな嫁は誰からも嫌われるだろう。
よーし。
ヴァイゼンに無理難題を押しつけて、困らせてやる。
運河のほとりに着いた俺を、多くの人々が出迎えた。
その中心にいる、ひときわ背が高い男。
ヴァイゼンだ。
あの肖像画はあながち誇張ではないようだ。ヴァイゼンは分厚い体つきをしている。南域は暑いから仕方がないとはいえ、露出過多ではないか? 筋肉自慢の男など、傲慢でいけすかない奴に決まっている。
「初めまして、レムート。長旅で疲れただろう」
ヴァイゼンは膝を折って、胸に手を当てた。
ラガーディア王国式の挨拶である。
本来ならば俺もまた挨拶を返さねばならないが、俺は悪妻になるのだ。目指せ、伝説の毒夫レオニエ。
俺はヴァイゼンに向かって冷たい声を浴びせた。
「何かおっしゃいましたか?」
「ん? 長旅で疲れていないかと聞いた」
「へえ、そうでしたか。南域のお国訛りは聞き取りづらいですね」
どうだ。
自分の出身地の方が文化的に優れていると主張する嫁など、願い下げだろう。俺が勝ち誇った微笑みを浮かべていると、ヴァイゼンが目尻を下げた。
そして、大きな体が俺に向かって乗り出してくる。
なんだこれ、怖い。
森の中でクマに襲われた人の気持ちが分かるぞ。
俺の貧相な体は、ヴァイゼンの大きな影にすっぽりと覆われた。ここは南域、眩しい太陽が照りつけてくるはずなのに、ヴァイゼンの長身によって遮られている。
「聞き取りづらいか。ならば、耳元で囁くとしよう」
「ちょっ! なっ! 近づかないでください」
「初々しい反応だな」
ヴァイゼンは筋肉が美しく隆起した体を揺らして笑った。
「見ろ、みんな。俺の嫁はかくも可愛らしい」
「どこがですか! あなたに訛っていると言ったのですよ」
「それは事実じゃないか」
俺の瞳をじっと見つめると、ヴァイゼンが白い歯を見せて笑った。
「お人形なんていらない。俺ははっきりとモノを言う嫁が欲しかった。レムート、愛している」
「は? 初対面で愛してる? あなたがおっしゃる愛とは、ずいぶんと軽いのですね」
「そうだな。南域には、新婚は羽毛の如しという格言がある。レムートよ。まずは軽いふれあいを通して、お互いを知っていこう」
「嫌だと言ったら?」
あくまで抵抗の姿勢を示すと、なんということだろう。ヴァイゼンが俺の体を肩に担いだ。軽々とした動作に、こいつがアルファであることを思い知らされる。俺はオメガとしての劣等感をじくじくと刺激された。
「きみの心が荒れるのも無理はない。郷愁病というものがあるらしいからな」
「そうです、それです! 俺は郷愁病に罹患してます! 今すぐ俺をアーデル領に返してください!」
「それは無理だ。きみは俺の運命だ」
「は? 俺は何も感じませんが」
運命の番は出会えば分かるというではないか。
「はははっ。南域の潮の匂いが強すぎて、俺のフェロモンが感じづらいのだろう」
「あなたの想いは一方通行です! 俺は結婚などしたくない」
「レムートさん。ちょっといいかしら」
俺とヴァイゼンの会話に混ざってきたのは、引き締まった体をした女性だった。ヴァイゼンより年上だろうか。目元の雰囲気がよく似ている。
これは僥倖。
ヴァイゼンの姉上とおぼしきこの女性は、俺にとっては小姑になる。小姑に嫌われれば、離婚が近づくというものだ。
俺は弾けるような笑顔を小姑殿に向けた。
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