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15. 勝敗

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 そうか、あの人がジェラルドの大事な先輩か……。
 レインは母親に名前を呼ばれても反応しなかった。それどころか、腐肉をぼたぼたとこぼしながら、ジェラルドに斬りかかっていく。ジェラルドの残像が一体、また一体と消されていった。

「レイン先輩……?」
「……おまえが代わりに死ねばよかったんだ、ジェラルド!」

 ジェラルドの本体を掴むと、レインは口を大きく開けた。まさか、レインはジェラルドに噛み付くつもりか? 
 カイトゥスが高らかに笑う。

「その者は、他のアンデッドを食わせた上位互換種、リビングデッドです。名前を呼んだぐらいでは転生の門は開きませんよ」
「じゃあ、ジェラルドの負けだな」

 俺はそう言うと、大司教にしなだれかかった。
 大司教の口元がだらしなく開いたあと、好色そうな微笑みを形づくる。

「そうです。ついていく相手は選んだ方がいい」
「俺が馬鹿だったよ」

 手錠をかけられていても、左胸を狙うことはできる。俺は大司教の左胸に指を這わせると、スキルファイアを抜き取った。

「もっと早くこうすればよかった」
「なっ、何をするっ!」

 大司教のスキルファイアは濁った紫色をしていた。炎の勢いは強く、俺の服をちりちりと焦がしていく。

「あんたの固有スキルは<暗黒魔法>か。アンデッドを操るのがヴェリテアード教の得意技だとしたら、このスキルファイアを吹き消せばどうなるかな?」
「下賎なハディク人の分際でっ!」
 
 俺はありったけの力をもってスキルファイアを吹き消した。大司教が呆然となる。俺を戒めていた手錠がただの金属片へと変わった。大司教がかけた魔法が解けたらしい。
 大司教のスキルファイアが完全に消えた時、レインの動きが止まった。そして、地面に倒れ込んだ。レインはそのまま動かなくなった。
 カイトゥスが叫ぶ。

「な、なぜです!? リビングデッドの育成は完璧に行われていたはずっ」
「あなたも聖騎士ならば、この俺と正々堂々と勝負したらどうです?」
「ふん。<残像生成>で敵を惑わすソードマスターに言われたくはありませんね」

 ジェラルドとカイトゥスが再び剣を交えた。
 容赦のない連撃を叩き込まれて、カイトゥスが劣勢になる。しかし、奴の口元から余裕の笑みが消えることはなかった。

「リビングデッドがまさか、レイン一体だったとでも?」
「……カイトゥス様? もしかして」
「私もまた被験体だったのですよ!」

 腐った肉片を撒き散らしながら、カイトゥスがジェラルドに襲いかかる。ジェラルドはカイトゥスの大きく開けた口に剣を突き刺そうとした。
 勝負あったか。
 そう思った瞬間、ぞわりと嫌な予感がした。カイトゥスの口から、白いブレスが噴き出す。死者が味わった地獄の冷たさを具現化した攻撃だ。まともにくらえば、命はない。
 だが、ジェラルドが膝を突くことはなかった。

「あいにく、俺の鎧にはアイスドラゴンの鱗が嵌め込まれている。氷系統の魔法はすべて無力化されるという効能、聞いたことがあるだろう?」
「なんだとっ!?」
「アリーズとのクエストで入手した。俺には彼がついている!」

 ジェラルドはカイトゥスの喉元に剣の切っ先を突きつけた。

「終わりだ。あなたを祓いはしない。死者を愚弄した罪を大司教とともに償ってもらう」
「勝者、ジェラルド!」

 審判が苦々しい声で告げる。冒険者ギルドの旗が高く掲げられた。
 国王は大司教に掴みかかると、早口でまくし立てた。その表情は正気を失っている。

「ヴェリテアード教を信ずれば、最強の国を作れると言ったのは貴様ではないか! どういうことだ?」
「父上。お見苦しいですよ」

 ミハエル様が短剣を引き抜き、切っ先を国王に向けた。

「命のことわりを愚弄した罪、残りの人生を賭けて償っていただきます」
「おい、ハディク人よ! 息子を誘惑しろ! メイリーンの血の系譜に連なるおまえにならできるだろう?」
「俺はハディク人である前に、冒険者ギルドのシーフ、アリーズだ。俺のスキルは<奪取>。あんたの妄想を捨て去ってやるよ」

 俺は国王の左胸を狙った。抜き取ったスキルファイアは灰色の炎だった。ロウソクの灯りのように小さい。

「あんたの固有スキルは<読心術>か。人の心の裏側を知って、厭世的になったのか」
「そうだ! 私は被害者だ! ミハエルよ、剣を引っ込めろ!」
「誰も信じられないあんただからこそ、ヴェリテアード教につけ込まれたんだな」
「私は間違っていない! リビングデッドを増やせば最強の軍隊が作れる! さすれば他国から攻め込まれることもない!」
「父上。どうかこれ以上醜態を晒さないでください」

 国王はミハエル様の従者によって縄をかけられた。カイトゥスもまた冒険者たちによって捕らえられた。
 すべてが終わった。
 俺は闘技場にいるジェラルドに向かって走り出した。冒険者ギルドのみんなもジェラルドの周りに集まる。
 ジェラルドが剣を高く掲げた。

「約束どおり、シーニュの自治権をいただく! これよりシーニュは自由都市となる!」
「ジェラルド様! 一生ついてきます」
「俺も!」

 冒険者たちに揉みくちゃにされたジェラルドは心底嬉しそうだった。よかったな、ジェラルド。夢が一つ叶ったんだ。
 俺と目が合うと、ジェラルドが真っ直ぐに近づいてきた。
 少し緊張した面持ちのジェラルドが俺の手をとる。

「アリーズ、愛してる。俺と家族になってほしい」
「家族? 義兄弟の契りを交わすということか?」
「いや、きみには俺の伴侶になってもらいたい」
「俺はあんたの子を産めないぞ」

 突然の申し出に戸惑う俺を、ジェラルドが抱きしめた。

「実子をもうけることだけが、人生のすべてじゃない」
「それはそうかもしれないが……後悔しないのか?」
「ああ。将来は銀刃衆ぎんじんしゅうに入って、後進を育てよう」
「銀刃衆とな。まだまだ先の話ではないですか」

 そばにいたフェッテさんがカラカラと笑う。

「ジェラルド様を支えてあげてください」
「アリーズ、頼みがある。俺が暴政に走った時は、きみの手で俺を始末してくれ」
「大役だな」
「俺のプロポーズ、受けてくれるか?」

 周囲から拍手が湧き起こる。まったく、ジェラルドめ。この状況で断ったら、俺は鬼じゃないか。

「あんたって外堀を埋めてくるタイプだったんだな」
「どうしてもきみが欲しい」
「……約束してくれ。毎日元気な姿で家に帰って来るって」
「ああ」

 俺はジェラルドの広い胸に包まれた。
 心臓の音は、常人とは逆側から聞こえる。珍しい体を持った、俺の伴侶。この人の力になりたい。

「好きだ」

 あふれる想いを伝えて、そっと口づけを交わす。ジェラルドが俺の腰を抱いた。俺のことを誰にも渡さないという気迫を感じる。
 
「あんたってもしかして、独占欲が強いのか?」
「俺にもよく分からん。アリーズを前にすると、これまでの恋愛経験など吹き飛んでしまう」
「お熱いですなあ」

 仲間たちに冷やかされて、俺とジェラルドは真っ赤になった。

「帰ろうか、アリーズ。俺たちの家に」
「……うん」

 俺たちの家か。悪くない響きだ。
 ジェラルドと手をつないで、俺は闘技場をあとにした。
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