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06. 葛藤
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シーニュの街の郊外には<廃妃の庭>と呼ばれるダンジョンがある。稀代の魔女メイリーンが残した遺跡だ。罠やモンスターでいっぱいのダンジョンを攻略すべく、怖いもの知らずの冒険者たちが探索に出掛けている。
<廃妃の庭>の噂は大陸中に知れ渡っていて、俺も酒場でよく武勇伝を聞かされたものだ。それから、志が叶わず散っていった者たちがアンデッドと化しているという悲しい話も。
木々が生い茂った森の中を進み、<廃妃の庭>の入り口を目指す。道中、ジェラルドが足を止めて、俺の首に転移石が嵌め込まれたネックレスを下げた。
「危ないと思ったら即、帰還しよう。俺たちは騎士道に殉じる必要はない」
「さすが、野良犬は考え方が下品ですね」
冷たい声が後ろから響いてきた。
振り返れば、青白く輝く鎧を着た男が立っていた。鎧の胸元に燦然と輝く五芒星。ヴェリテアード教の聖騎士だろう。聖騎士は白い鎧を着た騎士の小隊を引き連れていた。
ジェラルドが一礼する。
「これはこれは、カイトゥス様。まさかこんな獣道で神聖騎士団の団長様とお会いするとは思いませんでした」
「冒険者がヘマばかりしているせいで、アンデッドが増加傾向にあると聞いて駆け付けたのですよ」
「ご協力感謝します」
「……勘違いしないでください。<廃妃の庭>は王領に所属する遺跡です。主導権を握るのはあくまで王家ですよ」
「さて、それも時間の問題かと。御前試合の褒賞として、俺は自治権を頂戴する予定です」
カイトゥスの眉が跳ね上がった。
「己が勝つ前提で妄言を吐くとは、なんと愚かな。未来を汚す者を神は許さないでしょう」
「自分を神の代弁者だと主張する方が、傲慢だと思いますがね」
「ふん。ここで舌戦を繰り広げていても仕方がありません。御前試合であなたは無様に負ける。そしてすべてを失う。私が受けた神託は以上です」
その時のことだった。
軽装の女性が森に現れて、カイトゥスの足元にひれ伏した。
「聖騎士様、お願いです! 早くうちの息子を浄化してください」
「なんですか、あなたは」
「あの子が命を落としてから、毎晩のように夢に出てくるんです。アンデッドになって苦しむあの子の姿をこれ以上見たくはありません!」
「ふむ。あなたは平民の分際で私たち神聖騎士団の働きぶりに文句をつけようというのですか?」
「カイトゥス様、それは違います。この方の真摯なまなざしを見れば分かるでしょう?」
ジェラルドは女性に手を差し伸べた。
「冒険者ギルドでも、プリーストがアンデッドの浄化に当たっています。どうか俺たちを信じて、街で待っていてください」
「ジェラルド様……」
「はっ。冒険者ギルドのプリースト? ヴェリテアード教徒ではないのでしょう。異教徒がまともな浄化魔法を使えるとは思いませんがね」
「俺の仲間の信仰を、淫祠邪教呼ばわりしないでいただきたい」
「よく吠える野良犬だ。私たちには崇高なる任務があるので、あなたたちの相手をしている暇などありません」
俺にちらりと視線を送ると、カイトゥスは部下を従えて森に分け入った。
ジェラルドがハンカチで女性の涙を拭いた。
「レイン先輩は勇敢なソードマスターでした」
「息子のことを覚えていらっしゃるの?」
「それはもう。何回もクエストに同行しましたし、酒を飲んだこともある」
「レインはね、お母さん、助けて。苦しいって毎晩夢で叫んでいるの。ああ、どうしてアンデッドになってしまったのかしら……! 魔女メイリーンの仕業でしょうか?」
「ギルドでも調査に当たっています。現国王の御世になってから、アンデッドの出現が増えているんです。王室はヴェリテアード教の神事をぬかりなく行なっていると表明していますが……」
泣き疲れたのか、女性が肩を落とした。
俺は首に下げていた転移石を彼女に渡した。
「これを使ってくれ」
「いいんですか? あなたの分なのに」
「あんたが斃れたら、息子が悲しむ」
「アリーズ……」
「ハディク人は利己的と聞いていたけれど、あなたは違うのね」
女性は転移石を使って、街へと戻っていった。
ジェラルドがふうっとため息をついた。
「悲しみの連鎖を断ち切りたいが、アンデッド増加の理由が分からない……」
「そうか。それにしても、あのカイトゥスという聖騎士、かなりいい性格をしているな」
「驚かせてしまったな。俺は神聖騎士団、それに王家から目をつけられている。刺客を送り込まれるのはしょっちゅうだ」
「……そこまでして自治権を求めるのはなぜだ?」
「冒険者には流れ者が多い。身寄りのない奴らが、自分の居場所はここだって思える街を作りたくてな」
俺には分からなくなってきた。このままヌルの言いなりになって、ジェラルドのスキルを無力化させることが果たして正しいのだろうか。流れ者に居場所を作るという夢を俺は否定できない。むしろ応援したい。
いや、俺は何を考えているんだ。
ヌルの依頼を無視したら、王家を敵に回すことになる。付き合いの浅いジェラルドにそこまで肩入れする必要はない。
「アリーズ? どうした」
「いや、なんでもない。瘴気が濃くなってきたな」
「ああ。アンデッドたちの怨嗟の声が聞こえる」
「アイスドラゴンはどこに?」
「<廃妃の庭>の一階にある、噴水に陣取っているらしい」
ひとまずクエストを達成するとしよう。
俺は迷いを断ち切った。
<廃妃の庭>の噂は大陸中に知れ渡っていて、俺も酒場でよく武勇伝を聞かされたものだ。それから、志が叶わず散っていった者たちがアンデッドと化しているという悲しい話も。
木々が生い茂った森の中を進み、<廃妃の庭>の入り口を目指す。道中、ジェラルドが足を止めて、俺の首に転移石が嵌め込まれたネックレスを下げた。
「危ないと思ったら即、帰還しよう。俺たちは騎士道に殉じる必要はない」
「さすが、野良犬は考え方が下品ですね」
冷たい声が後ろから響いてきた。
振り返れば、青白く輝く鎧を着た男が立っていた。鎧の胸元に燦然と輝く五芒星。ヴェリテアード教の聖騎士だろう。聖騎士は白い鎧を着た騎士の小隊を引き連れていた。
ジェラルドが一礼する。
「これはこれは、カイトゥス様。まさかこんな獣道で神聖騎士団の団長様とお会いするとは思いませんでした」
「冒険者がヘマばかりしているせいで、アンデッドが増加傾向にあると聞いて駆け付けたのですよ」
「ご協力感謝します」
「……勘違いしないでください。<廃妃の庭>は王領に所属する遺跡です。主導権を握るのはあくまで王家ですよ」
「さて、それも時間の問題かと。御前試合の褒賞として、俺は自治権を頂戴する予定です」
カイトゥスの眉が跳ね上がった。
「己が勝つ前提で妄言を吐くとは、なんと愚かな。未来を汚す者を神は許さないでしょう」
「自分を神の代弁者だと主張する方が、傲慢だと思いますがね」
「ふん。ここで舌戦を繰り広げていても仕方がありません。御前試合であなたは無様に負ける。そしてすべてを失う。私が受けた神託は以上です」
その時のことだった。
軽装の女性が森に現れて、カイトゥスの足元にひれ伏した。
「聖騎士様、お願いです! 早くうちの息子を浄化してください」
「なんですか、あなたは」
「あの子が命を落としてから、毎晩のように夢に出てくるんです。アンデッドになって苦しむあの子の姿をこれ以上見たくはありません!」
「ふむ。あなたは平民の分際で私たち神聖騎士団の働きぶりに文句をつけようというのですか?」
「カイトゥス様、それは違います。この方の真摯なまなざしを見れば分かるでしょう?」
ジェラルドは女性に手を差し伸べた。
「冒険者ギルドでも、プリーストがアンデッドの浄化に当たっています。どうか俺たちを信じて、街で待っていてください」
「ジェラルド様……」
「はっ。冒険者ギルドのプリースト? ヴェリテアード教徒ではないのでしょう。異教徒がまともな浄化魔法を使えるとは思いませんがね」
「俺の仲間の信仰を、淫祠邪教呼ばわりしないでいただきたい」
「よく吠える野良犬だ。私たちには崇高なる任務があるので、あなたたちの相手をしている暇などありません」
俺にちらりと視線を送ると、カイトゥスは部下を従えて森に分け入った。
ジェラルドがハンカチで女性の涙を拭いた。
「レイン先輩は勇敢なソードマスターでした」
「息子のことを覚えていらっしゃるの?」
「それはもう。何回もクエストに同行しましたし、酒を飲んだこともある」
「レインはね、お母さん、助けて。苦しいって毎晩夢で叫んでいるの。ああ、どうしてアンデッドになってしまったのかしら……! 魔女メイリーンの仕業でしょうか?」
「ギルドでも調査に当たっています。現国王の御世になってから、アンデッドの出現が増えているんです。王室はヴェリテアード教の神事をぬかりなく行なっていると表明していますが……」
泣き疲れたのか、女性が肩を落とした。
俺は首に下げていた転移石を彼女に渡した。
「これを使ってくれ」
「いいんですか? あなたの分なのに」
「あんたが斃れたら、息子が悲しむ」
「アリーズ……」
「ハディク人は利己的と聞いていたけれど、あなたは違うのね」
女性は転移石を使って、街へと戻っていった。
ジェラルドがふうっとため息をついた。
「悲しみの連鎖を断ち切りたいが、アンデッド増加の理由が分からない……」
「そうか。それにしても、あのカイトゥスという聖騎士、かなりいい性格をしているな」
「驚かせてしまったな。俺は神聖騎士団、それに王家から目をつけられている。刺客を送り込まれるのはしょっちゅうだ」
「……そこまでして自治権を求めるのはなぜだ?」
「冒険者には流れ者が多い。身寄りのない奴らが、自分の居場所はここだって思える街を作りたくてな」
俺には分からなくなってきた。このままヌルの言いなりになって、ジェラルドのスキルを無力化させることが果たして正しいのだろうか。流れ者に居場所を作るという夢を俺は否定できない。むしろ応援したい。
いや、俺は何を考えているんだ。
ヌルの依頼を無視したら、王家を敵に回すことになる。付き合いの浅いジェラルドにそこまで肩入れする必要はない。
「アリーズ? どうした」
「いや、なんでもない。瘴気が濃くなってきたな」
「ああ。アンデッドたちの怨嗟の声が聞こえる」
「アイスドラゴンはどこに?」
「<廃妃の庭>の一階にある、噴水に陣取っているらしい」
ひとまずクエストを達成するとしよう。
俺は迷いを断ち切った。
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