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01. 恋に恋するお年頃

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 柔らかな陽射しに照らされた部屋で、僕は長椅子に背中を預けていた。
 今日はこれから市中にある劇場へ出かける予定だ。気持ちが弾んで仕方がない。貴族の令息でなければ、鼻歌でも口ずさんでいたところだ。
 月一回の観劇は、僕にとって欠かせない時間である。
 僕の名前はアルディ・エマーシス。この春、17歳になった。
 オメガである僕は公爵家の次男として蝶よ花よと育てられたが、まだ恋をしたことがない。
 このあいだまで通っていた貴族学校には、かっこいい人がいっぱいいた。校内で大人気の上級生に淡い憧れを抱いたこともあった。でも僕の心をときめかせてくれる本当の相手はいなかった。
 恋って瞬発力だと思うんだよね。
 じわじわと相手のことを好きになるんじゃなくって、出会った時から「この人だ!」って分かる、そんな恋愛が僕の理想だ。
 そんな話を妹のルシルにすると、盛大に呆れた顔をされた。ルシルは僕とそっくりの蜂蜜色の髪に、青空のような瞳の持ち主である。外見こそ人形のように可愛らしいが、ルシルはなかなかに手厳しい。

「いいじゃないか、夢を見たって」
「お兄様の場合は重症ですわ。運命の番に対する幻想が強すぎましてよ」
「ルシルだって運命の番と出会いたいでしょ?」
「わたくしはお家のために身の丈に合った方と、まずまずの生活が送れたらそれで結構ですわ」
「まだ15歳なのに人生を諦めないでよ!」

 僕が手を取ると、ルシルがため息をついた。

「誤解なさらないで。わたくしは結婚には何の期待もしておりませんが、この国の教育環境を向上させることには熱意を燃やしております。生涯を賭けて取り組む所存ですわ」
「そうか。ルシルには恋愛以外に夢があるんだな」
「お兄様は? 何かございませんの」
「ないよ。恋愛こそ僕のすべてだ」

 馬車の準備が整ったので、僕は屋敷から劇場へと出発した。


◆◆◆


 一応貴族である僕は、二階の特別席に案内された。本当は一階の一列目に座って、役者さんたちが熱演する姿を肌で感じたいんだけどなあ。
 従者のディッツは周囲に不審な点がないか確認を終えると、僕に訊ねた。

「アルディ様、演目はまた『機械仕掛けの乙女』でよろしかったのですか?」
「うん。だってこのお芝居は何度観たって感動するんだから」
「……アルディ様は感受性が豊かでいらっしゃいますね」
「ディッツは? 恋愛ものは苦手?」
「自分は既婚者なので、恋愛と言われても遠い昔のことすぎて……」
「えーっ。奥さんを愛してるんでしょ? だったら花束をプレゼントしたり、綺麗だよって褒めたりしなきゃ! 愛は人間を守ってくれる盾なんだからね」
「……善処します」

 やがて幕が上がった。
 拍手と共に現れたのは機械仕掛けの翼を持つ少女、メイリィである。暗殺者一味に育てられたメイリィは、第一王子ゼルトの命を狙う。
 しかし、ゼルト王子の優しい心遣いによって、メイリィは人の心を取り戻していくのだった。
 ゼルト王子はメイリィを呪いから救うために、魔神に戦いを挑む。
 恐ろしい強さを誇る魔神。
 でもゼルト王子はメイリィへの愛を胸に、戦いに打ち勝つのだった。
 ああ、この場面は何度観ても感動するなあ。

「ゼルト王子! 私を助けてくださったのですか?」

 メイリィが両腕を広げる。
 楽団が奏でる甘いメロディにつられて、僕の心も高まっていった。
 舞台の上では、メイリィの背中から機械仕掛けの翼が消えた。メイリィは人の心を取り戻したのだ。
 ゼルト王子がメイリィを抱きしめる。

「ああ、ゼルト王子。私を悪夢から連れ出してくれてありがとう」
「メイリィ。俺は一生きみを離さないよ」

 そしてふたりは結婚して幸せに暮らしましたというところで、幕が下ろされた。
 僕はその場に立ち上がって、拍手を送った。ディッツも僕に倣って手を叩いている。

「何回観ても尊いなあ。ディッツ、ご覧。こんなにたくさんの民が喜んでいるよ」
「王道の筋書きだからこそ人の心を打つのでしょうか」
「さて。長居はするなと父上に言われているし、帰ろうか」
「はい」

 劇場を出た瞬間、ぞくりと嫌な予感がした。
 金属が軋む不快な音が聞こえる。

「きゃあーっ!」
「出た! バケモノだーっ!」

 機械仕掛けの体を持つ四足獣の登場に、劇場の周りが騒然となる。僕たち人間の混乱を楽しむように、機械仕掛けの四足獣が屋根の上に跳躍した。
 ぎらついた質感のあぎとは獲物を狙っているようである。頭上から攻め込まれたら、まず助からない。

「あれは、万食獣ばんしょくじゅう?」
「エマーシス公爵領に出るだなんて、まさか」

 ディッツが長剣を構える。
 僕は彼の背中に守られるあいだ、腕飾りから深い青色をした石を取り出した。

「万食獣よ! 狙うならこの、アルディ・エマーシスを狙え!」

 確かに僕は恋愛至上主義で夢見がちの未熟者だけれども、領民を守る義務がある。オメガだって、僕が手にしている時水晶があれば戦えるのだ。時水晶は人間の感情を結晶化させた魔法道具である。

「どうだ、おまえは何でも喰らうんだろう?」

 万食獣が僕めがけて飛びかかって来た。単純な奴め。僕は万食獣の大きく開いたあぎとに、深い青色の時水晶を放り込んだ。万食獣がぼりぼりと音を立てて、時水晶を咀嚼する。
 すると、万食獣の体がわななき始めた。

「ウォ、オォォン」
「僕の見立て通りだ。おまえは喜怒哀楽の『楽』が原動力の万食獣だな。だからみんなが楽しい思いをしている劇場に出没したんだ」
「う、ウォぉん」
「どうだい、『哀』が込められた時水晶のお味は」

 万食獣はそれぞれ、喜怒哀楽のいずれかの感情を備えている。『喜』と『怒』、『哀』と『楽』は互いの力を相殺することができる。万食獣の属性と反対の時水晶を食わせてやれば、この厄介なバケモノを倒せるのだ。

「……吾は倒レようとも、次は現れル」

 断末魔の代わりに負け惜しみを口にすると、万食獣は地べたに身を投げ出した。駆けつけた自警団が万食獣の体を解体していく。

「お手柄ですね、アルディ様」
「エマーシスの人間として当然の義務を果たしたまでだ」

 その時のことだった。
 僕に向かって一頭の馬が近づいて来た。鞍の上には黒髪の青年が乗っている。
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