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第2話 交際スタート
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青年はルゼイオ・ヴォルフスと名乗った。
このようないかがわしい酒場でフルネームを明かさなくてもいいだろうに、律儀な男である。ルゼイオは鳶色の瞳を輝かせて、セージに問いかけた。
「あなたのお名前は?」
「セージ」
「もしかして……セージ・リンゼオンさんですか?」
「さあね。舞台俳優の名前を使って遊んでいるだけかもしれないよ」
「いいや、俺の本能が告げています。セージさんは偽名を使って男を引っかけるような人ではありません! それに、オーラが一般人とは違う」
「そうかな? 嬉しいよ」
「俺、セージさんの舞台、何回も見に行ったことがありますよ。大ファンです」
今日はまさに偽名を使って男を引っかけに来たのだが。ルゼイオの目にはセージがどう映っているのだろう。見た目に関しては、セージは可憐かもしれない。でも中身は違う。10代の時から魔都ゲルトシュタットの芸能界でサバイバルしてきた。セージは相当にしたたかな男である。
ルゼイオがセージを質問攻めにする。「休みの日は何をしていますか?」とか、「好きな花は?」といった他愛のない質問で、なんとも微笑ましい。
店内は酔っ払いたちの声でうるさかった。これではルゼイオとの会話が聞き取りにくい。
「もっと静かなところに行きたいな」
「じゃあ、俺、いいところを知っています!」
ルゼイオはセージに手招きをした。
━━さりげなく触ってきたりしないんだ。
セージは純情なルゼイオ青年に興味を持った。
◇◇◇
繁華街のにぎわいから離れて、徒歩10分ほどのところに橋があった。
ルゼイオが言う「いいところ」とはここのことらしい。
橋の上からはゲルトシュタットの運河をのぞむことができた。魔法石による照明が等間隔に並んでおり、運河をかすかに照らしている。夜半のため人通りが少ない。人間と建物が密集しているゲルトシュタットとは思えない、静かで開けた場所である。
「星が綺麗でしょう?」
「そうだね」
石造りの橋の欄干に手をのせて、星を見上げる。冬の夜空はダイヤモンドを散りばめたように華やかだった。こうやってゆっくり自然と戯れるのなんて久しぶりだ。セージは稽古が終われば寝るだけの生活を送っていた。
━━そりゃあ、演出家に「華がない」って言われてしまうよな。
プライベートが充実していないと、役者としてのオーラは消えてしまうのかもしれない。セージはオーディションに落ちてよかったと思うことにした。あのまま突っ走っていたら、出涸らしになっていたかもしれない。
「あの星は他の星よりも赤みがあるでしょう? 航海士が目印にするそうですよ」
「詳しいね」
「へへっ。天文オタクなんです」
ルゼイオは冬の夜空で観測できる星座について熱く語った。星座の見つけ方はもちろん、星座にまつわる神話までその知識は幅広い。セージは一生懸命に解説しているルゼイオを可愛いと思った。
「きみは本当に星が好きなんだね」
「俺、田舎育ちなので。18歳の時、騎士の採用試験に合格してゲルトシュタット配属になりましたが、つい自然を探してしまいます」
「へえ。騎士様なんだ」
「やめてください。『様』付けなんて不要ですよ。騎士階級なんて、たいしたもんじゃないですから」
セージの記憶によれば、厳しい採用試験をクリアしないと騎士にはなれない。騎士とは心技体が揃った強き存在だ。なかでも、ここゲルトシュタットは治安があまりよくないため、採用試験で好成績を上げた者が配属されると聞く。
ルゼイオは体格もいいし、着ているものも高価だ。間違いなくエリートだろう。
それなのに、この青年は春の日なたでくつろぐ子犬のように無邪気で、純朴である。年齢を聞けば、まだハタチということだった。
「少し寒いな」
さりげなくスキンシップを求めてみる。ルゼイオは上着を脱いで、セージの薄い肩にかけてくれた。体が温まる。だが、いたずらな心がルゼイオをもっと困らせてみたくなった。
「上着をありがとう。でも、今の言葉は手を繋いでほしいっていうサインだよ」
「えっ、そうだったんですか。俺……色ごとに疎くて」
「女の子より同性の方が好きなの?」
「同性というか……セージ・リンゼオンさんが大好きです」
「舞台上の俺なんて、全部まやかしだよ。カネのために、歌ったり踊ったりしてるだけ」
「……じゃあ、本当のセージさんってどんな人なんですか」
「悪い奴だよ」
ルゼイオの頬に口づける。
ちゅっという音を立てずに唇を軽くくっつけただけなのに、ルゼイオは険しい表情で固まった。
「嫌だった?」
「……セージさん。俺、セージさんと真剣にお付き合いしたいです。だから、段階を追って親しくなっていきたいな」
「分かった。もっとすごいキスはお楽しみにとっておくね」
「それって、俺と交際してもいいということですか?」
「うん」
セージは閃いた。
理想の彼氏が欲しいのならば、このまっさらな青年を自分好みに育てればいいのではないか? ルゼイオはとても素直だから、きっと上手くいくだろう。
「俺は騎士団の宿舎に住んでいます。連絡には伝令を使ってもらえれば、すぐに駆けつけますよ」
「そう、嬉しいよ。俺はしばらく舞台の稽古はないから、時間が空いてるよ。今は、5番街の集合住宅に部屋を借りている。きみは宿舎住まいということだから、逢引きは俺の部屋でした方がよさそうだね」
「セージさんのお部屋……! すごく気になりますが、お邪魔するのはまだ早いですね。そのうち遊びに行かせてください」
「そうだね。俺たちはまだ出会ったばかりだ」
「いっぱいセージさんのお話、聞かせてくださいね」
ルゼイオはセージの家まで送ると言って、前を歩き出した。やはり手を繋いではくれない。スキンシップはルゼイオにとってはまだ早いのだろう。
━━どこまで純粋なんだ。
今どきの少年少女の方がもっと進んでいるのではないか? ルゼイオはおそらく童貞だろう。
━━ゆっくり恋を育んでいくのも悪くないか。
セージはルゼイオに笑いかけた。
薄闇のなかでも分かるほどにルゼイオのタレ目がとろけて、さらに目尻が下がった。可愛い彼氏というのも悪くはない。セージはルゼイオにかけてもらった上着をぎゅっと握った。
このようないかがわしい酒場でフルネームを明かさなくてもいいだろうに、律儀な男である。ルゼイオは鳶色の瞳を輝かせて、セージに問いかけた。
「あなたのお名前は?」
「セージ」
「もしかして……セージ・リンゼオンさんですか?」
「さあね。舞台俳優の名前を使って遊んでいるだけかもしれないよ」
「いいや、俺の本能が告げています。セージさんは偽名を使って男を引っかけるような人ではありません! それに、オーラが一般人とは違う」
「そうかな? 嬉しいよ」
「俺、セージさんの舞台、何回も見に行ったことがありますよ。大ファンです」
今日はまさに偽名を使って男を引っかけに来たのだが。ルゼイオの目にはセージがどう映っているのだろう。見た目に関しては、セージは可憐かもしれない。でも中身は違う。10代の時から魔都ゲルトシュタットの芸能界でサバイバルしてきた。セージは相当にしたたかな男である。
ルゼイオがセージを質問攻めにする。「休みの日は何をしていますか?」とか、「好きな花は?」といった他愛のない質問で、なんとも微笑ましい。
店内は酔っ払いたちの声でうるさかった。これではルゼイオとの会話が聞き取りにくい。
「もっと静かなところに行きたいな」
「じゃあ、俺、いいところを知っています!」
ルゼイオはセージに手招きをした。
━━さりげなく触ってきたりしないんだ。
セージは純情なルゼイオ青年に興味を持った。
◇◇◇
繁華街のにぎわいから離れて、徒歩10分ほどのところに橋があった。
ルゼイオが言う「いいところ」とはここのことらしい。
橋の上からはゲルトシュタットの運河をのぞむことができた。魔法石による照明が等間隔に並んでおり、運河をかすかに照らしている。夜半のため人通りが少ない。人間と建物が密集しているゲルトシュタットとは思えない、静かで開けた場所である。
「星が綺麗でしょう?」
「そうだね」
石造りの橋の欄干に手をのせて、星を見上げる。冬の夜空はダイヤモンドを散りばめたように華やかだった。こうやってゆっくり自然と戯れるのなんて久しぶりだ。セージは稽古が終われば寝るだけの生活を送っていた。
━━そりゃあ、演出家に「華がない」って言われてしまうよな。
プライベートが充実していないと、役者としてのオーラは消えてしまうのかもしれない。セージはオーディションに落ちてよかったと思うことにした。あのまま突っ走っていたら、出涸らしになっていたかもしれない。
「あの星は他の星よりも赤みがあるでしょう? 航海士が目印にするそうですよ」
「詳しいね」
「へへっ。天文オタクなんです」
ルゼイオは冬の夜空で観測できる星座について熱く語った。星座の見つけ方はもちろん、星座にまつわる神話までその知識は幅広い。セージは一生懸命に解説しているルゼイオを可愛いと思った。
「きみは本当に星が好きなんだね」
「俺、田舎育ちなので。18歳の時、騎士の採用試験に合格してゲルトシュタット配属になりましたが、つい自然を探してしまいます」
「へえ。騎士様なんだ」
「やめてください。『様』付けなんて不要ですよ。騎士階級なんて、たいしたもんじゃないですから」
セージの記憶によれば、厳しい採用試験をクリアしないと騎士にはなれない。騎士とは心技体が揃った強き存在だ。なかでも、ここゲルトシュタットは治安があまりよくないため、採用試験で好成績を上げた者が配属されると聞く。
ルゼイオは体格もいいし、着ているものも高価だ。間違いなくエリートだろう。
それなのに、この青年は春の日なたでくつろぐ子犬のように無邪気で、純朴である。年齢を聞けば、まだハタチということだった。
「少し寒いな」
さりげなくスキンシップを求めてみる。ルゼイオは上着を脱いで、セージの薄い肩にかけてくれた。体が温まる。だが、いたずらな心がルゼイオをもっと困らせてみたくなった。
「上着をありがとう。でも、今の言葉は手を繋いでほしいっていうサインだよ」
「えっ、そうだったんですか。俺……色ごとに疎くて」
「女の子より同性の方が好きなの?」
「同性というか……セージ・リンゼオンさんが大好きです」
「舞台上の俺なんて、全部まやかしだよ。カネのために、歌ったり踊ったりしてるだけ」
「……じゃあ、本当のセージさんってどんな人なんですか」
「悪い奴だよ」
ルゼイオの頬に口づける。
ちゅっという音を立てずに唇を軽くくっつけただけなのに、ルゼイオは険しい表情で固まった。
「嫌だった?」
「……セージさん。俺、セージさんと真剣にお付き合いしたいです。だから、段階を追って親しくなっていきたいな」
「分かった。もっとすごいキスはお楽しみにとっておくね」
「それって、俺と交際してもいいということですか?」
「うん」
セージは閃いた。
理想の彼氏が欲しいのならば、このまっさらな青年を自分好みに育てればいいのではないか? ルゼイオはとても素直だから、きっと上手くいくだろう。
「俺は騎士団の宿舎に住んでいます。連絡には伝令を使ってもらえれば、すぐに駆けつけますよ」
「そう、嬉しいよ。俺はしばらく舞台の稽古はないから、時間が空いてるよ。今は、5番街の集合住宅に部屋を借りている。きみは宿舎住まいということだから、逢引きは俺の部屋でした方がよさそうだね」
「セージさんのお部屋……! すごく気になりますが、お邪魔するのはまだ早いですね。そのうち遊びに行かせてください」
「そうだね。俺たちはまだ出会ったばかりだ」
「いっぱいセージさんのお話、聞かせてくださいね」
ルゼイオはセージの家まで送ると言って、前を歩き出した。やはり手を繋いではくれない。スキンシップはルゼイオにとってはまだ早いのだろう。
━━どこまで純粋なんだ。
今どきの少年少女の方がもっと進んでいるのではないか? ルゼイオはおそらく童貞だろう。
━━ゆっくり恋を育んでいくのも悪くないか。
セージはルゼイオに笑いかけた。
薄闇のなかでも分かるほどにルゼイオのタレ目がとろけて、さらに目尻が下がった。可愛い彼氏というのも悪くはない。セージはルゼイオにかけてもらった上着をぎゅっと握った。
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