【完結】守銭奴ポーション販売員ですが、イケメン騎士団長に溺愛されてます!?

古井重箱

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第26話 愛の力

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 声がした方向を見やれば、15歳ぐらいのまだ幼さの残る少女が俺を睨んでいた。少女は眉間に皺を寄せて、唇を噛んでいる。可愛い顔が台無しだ。
 荒ぶる少女の登場によって、大広間はしんと静まり返った。フロアに居合わせた人々はみな、俺とリヒターを心配そうに見つめている。

「おまえ、平民のくせに!」

 少女は片手を挙げると、俺の頬を張った。
 痛みよりも驚きを覚える。初対面で「おまえ」呼ばわりをした挙句、平手打ちをするだなんて。この少女は一体、何者なのだろう?

「クリスティーン・ガルトゥオーゾさん。いくらあなたがハイゼル執政院長のお嬢さんだとしても、わたくしの夜会で暴力など許しませんよ」

 ミゼーラ夫人が諌めても、クリスティーンと呼ばれた少女の興奮は収まらなかった。従者から受け取った大きな革袋を俺に向かって投げつけてくる。床に転がった革袋の開いた口から、ざざざっと金貨がこぼれ落ちた。
 突然の出来事に、招待客がざわめく。

「拾いなさい、ティノ・アザーニ」

 クリスティーンが冷たいまなざしとともに、俺に命令を下した。

「おまえは金銭目当てでリヒター様に取り入った男娼でしょう? さあ、バッタみたいに這いつくばって、金貨を集めなさいよ。おまえはお金が大好きなんでしょう」

 俺が無言のまま動かずにいると、クリスティーンはさらに激昂した。

「どうしたの? 早くしなさい! そのお金を持って、この場から消えてちょうだい! リヒター様は私のものよ!」
「クリスティーン様とおっしゃいましたね」

 俺が静かに呼びかけると、少女の肩がぴくんと震えた。

「……俺は確かに守銭奴です。カネを愛しています」

 床に散らばった金貨を拾って、革袋にしまう。俺が四つん這いになった姿を見ると、クリスティーンが高らかに笑った。

「そう、その情けない姿! お金に執着する卑しさ! おまえは本当に下賎な者ね、ティノ・アザーニ!」

 少女の哄笑が大広間に鳴り響く。
 俺は派手に撒かれた金貨を、残すところなく拾っていった。
 すると、リヒターもまた床に手を突いて金貨を拾い始めた。

「こちらは任せろ、ティノ」
「ありがと」
「なんで!? リヒター様、あなたは騎士でしょう。騎士がお金のために膝を突くだなんて……!」
「クリスティーン様。俺がこのような姿勢を取ったのは、愛するティノを手伝うためです」
「なっ!?」
「俺のことはもう、諦めてください」
「私の父が誰か分かっているの!? 執政院長ハイゼルよ! 父に頼めば、その守銭奴が勤める会社を潰すことだってできるんだから!」

 俺は金貨を集めるスピードを上げた。
 この少女はこれ以上喋らない方がいい。彼女は俺を攻撃することによって、自分の傷口を広げている。
 最後の一枚を革袋に入れると、俺はクリスティーンに向かってお辞儀をした。
 そして、金貨でパンパンになった革袋を彼女に返した。

「カネってのは、寂しがり屋なんで。大事にしてあげてください」
「商人風情ふぜいが!」
「その商人によって成り立っている街が、ここゲルトシュタットですよ。クリスティーン様」

 リヒターの口調は静かだったが、怒気をはらんでいた。

「俺の姫君に恥をかかせたこと、大変許しがたい。今ここで謝罪していただけませんか?」
「はぁ? なんで私が!」

 クリスティーンはリヒターの腕にすがりついた。

「私ならばリヒター様の子どもを産めるわ! 父がついているから、リヒター様のお仕事にだっていい影響を……」
「……離せ。ティノの許可なく、俺に触れるな」
「そんなあ、リヒター様ぁ。私の方がずっと、リヒター様を愛してるのにっ」
 
 相手の気持ちが欲しいと訴えるばかりで、人を傷つけることしかできないクリスティーンが俺は哀れになった。

「リヒター様。私は、あなたのことが……、本当に……っ」

 叫び疲れて喉が枯れてしまったクリスティーンに、俺は水を差し出した。

「クリスティーン様、どうぞ」
「……私があなたから飲み物を受け取ると思って?」
「水もカネも貴重なものです。飲める時に飲んでください」
「はっ。この私に説教をするというの?」

 けほけほと咳き込みながらも、クリスティーンは俺の手からグラスを受け取ろうとはしなかった。やれやれ、気が強くていらっしゃる。

「リヒター様。最後にもう一度聞かせてちょうだい。本当にティノ・アザーニを選ぶのね?」
「はい。俺の答えは変わりません」
「そう、分かったわ」

 クリスティーンは不敵に微笑むと、俺に人さし指を突きつけた。

「今のところは、私のリヒター様をおまえに貸してあげる。でもおまえはこの先、リヒター様に捨てられるわ。子を成すことができない男同士の関係なんて脆いものよ」
「……クリスティーン様。俺は未来永劫、ティノのものだ」

 リヒターが俺の肩を抱いた。
 そして俺の唇に、ちゅっとキスをした。
 クリスティーンの顔が紅潮したあと、気の毒なほど真っ青になった。

「不潔よ、リヒター様!」
「俺はティノに狂っております。クリスティーン様にはもっと素敵な男性が合うのでは?」

 リヒターが再び俺にキスをした。リヒターは角度を変えて、俺の唇を吸った。
 クリスティーンはもはや卒倒しそうである。ふらふらになったお嬢様の背中を従者が支えた。

「もう俺に幻想を抱くのはやめてください。俺はティノと幸せになります」

 リヒターが濡れた唇で宣言した。
 クリスティーンは天を仰ぐと、従者に告げた。

「帰るわよ……」

 小さな背中が見えなくなると、ミゼーラ夫人がホッと息を吐いた。

「あんなお子様を呼んでしまったのは、わたくしの落ち度ね。不快な思いをさせてごめんなさい」
「ミゼーラ夫人は何も悪くありませんよ」
「リヒターの言うとおりです。俺たち、負けませんから!」
「前向きな子ね。リヒターはあなたのそういうところに惹かれたんでしょうね……」

 大広間に再び、音楽が流れ始めた。
 俺が知らない旋律だったが、リヒターの誘いに乗ってフロアに出る。

「楽しもう、ティノ」
「うん」

 リヒターとともにステップを踏みながら、俺は幸せを噛み締めた。
 俺とリヒターの仲をよく思わない人だっているだろう。
 でも俺は、リヒターと一緒にいたい。そのためなら、何だってする。
 強くならなきゃな。
 今よりも、もっともっと。
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