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第25話 夜会にて
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俺が今いる大広間は、天井がやたら高くて床も壁も光り輝いている。フロアに集まった人々の服装も煌びやかで、とても豪華である。
この空間をなんと表現したらいい?
ラグジュアリー? それともゴージャス?
俺はこの街で一、二を争う大富豪、ミゼーラ夫人が主催する夜会に招かれていた。
今日のためにリヒターが礼服を仕立ててくれたが、われながら全然似合っていない。俺は平民だからな。フリルがたくさんついたドレスシャツなんて初めて着るぜ。
壁ぎわに立って時が経つのを待とうと目論んだものの、周りの人たちが放っておいてくれなかった。
「きみがあの絵のモデルだね」
「ふふっ。リヒター騎士団長の姫君は、随分と可愛らしい方なのね」
そう。
リヒターが俺をモデルに描いた人物画。題名は『憩い』という。猫と戯れる俺を活写した作品だ。それがなんと、ミゼーラ夫人の目に留まったのだ。
ミゼーラ夫人は『憩い』を買い取ると、この大広間の一番目立つところに飾った。なので、今日の招待客はみんな、モデルになった俺に興味津々なのである。
ううっ、落ち着かない。
俺をそんなにジロジロ見ないでくれ!
絵が売れてモデル料が手に入ったため、妹の薬代を稼ぐことができた。カネの心配はなくなったけれども、社交界デビューなんて望んではいない。俺は生涯モブでいたい。
でも、俺が無愛想にしていたらリヒターが恥をかいてしまう。
俺は口角をきゅっと上げて、全方位に笑顔を振りまいた。
「リヒター、それにティノさん。よく来てくれたわね」
「初めまして。ティノ・アザーニと申します」
「お久しぶりです、ミゼーラ夫人」
リヒターが片膝を突いて、貴婦人に敬意を示す。
ミゼーラ夫人は50代と聞いているが、白い肌にはシミひとつなく、もっと若く見える。美魔女とはこういう女性のことを指すのだろう。露出が多い服を着ていても下品に見えないあたり、さすが上流階級のお方である。
「アルセーディア社の評判はわたくしの耳にも届いているわよ」
「光栄です」
「海賊襲来の際、ティノさんは随分と活躍されたそうね」
「僕はただ……夢中で」
「そんなに緊張しなくてもいいのよ。あなた、リヒターと結婚するんでしょう? こういった夜会の雰囲気にも慣れていかないとね」
「結婚!? リヒター、勝手に話を進めるなよ!」
「わたくしの目を誤魔化せると思って? あの作品、ティノさんへの想いに溢れているじゃない。リヒターはついに、本当の愛を見つけたのね」
「ミゼーラ夫人。長らくご心配をかけてしまいましたね」
「結婚式に呼んでくれるわよね? ティノさん」
「……は、はい」
ミゼーラ夫人が艶然と微笑む。
俺が貴婦人のオーラに圧倒されていると、大広間に聞き慣れた旋律が流れた。この国で広く親しまれている、伝統的な舞曲だ。
「ティノ、この曲は知っているか?」
「ああ。故郷の村の祭りで、妹と踊ったことがある」
「みんな、あなたたちの息が合ったダンスを見たいと思っているわよ。さあ、行ってらっしゃい」
モブでいたいだなんて尻込みしている場合じゃないよな。
俺だって男だ。
リヒターの隣に立つためには、勇気を出さないといけない。
俺はフロアの中央に向かった。
リヒターが俺の腰を支える。本日のリヒターは前髪を後ろに撫でつけて、額を出している。濃紺の礼服と相まって、とてつもなくカッコいい。人前だということを忘れて、俺は潤んだ瞳でリヒターを見つめた。
「本当に仲睦まじい……」
「リヒター団長は真実の愛をみつけたんですなぁ」
招待客に見守られるなか、俺はリヒターとダンスを踊った。
「ティノ、力を抜いて」
「こうか?」
「次は右足を前に。うん、そう。上手だよ」
リヒターが耳元で甘く囁く。
俺はいつしか作り笑いではなく、心からの微笑みを浮かべていた。リヒターがいれば社交界だろうがどこだろうが、やっていけるだろう。リヒターはいつだって俺のことを考えてくれる最高のパートナーだ。
間違えることなくステップを踏んで、踊りを終えることができた。
俺とリヒターが一礼をした瞬間、鋭い声が大広間に響き渡った。
「リヒター様から離れなさい! 泥棒猫、ティノ・アザーニ!」
この空間をなんと表現したらいい?
ラグジュアリー? それともゴージャス?
俺はこの街で一、二を争う大富豪、ミゼーラ夫人が主催する夜会に招かれていた。
今日のためにリヒターが礼服を仕立ててくれたが、われながら全然似合っていない。俺は平民だからな。フリルがたくさんついたドレスシャツなんて初めて着るぜ。
壁ぎわに立って時が経つのを待とうと目論んだものの、周りの人たちが放っておいてくれなかった。
「きみがあの絵のモデルだね」
「ふふっ。リヒター騎士団長の姫君は、随分と可愛らしい方なのね」
そう。
リヒターが俺をモデルに描いた人物画。題名は『憩い』という。猫と戯れる俺を活写した作品だ。それがなんと、ミゼーラ夫人の目に留まったのだ。
ミゼーラ夫人は『憩い』を買い取ると、この大広間の一番目立つところに飾った。なので、今日の招待客はみんな、モデルになった俺に興味津々なのである。
ううっ、落ち着かない。
俺をそんなにジロジロ見ないでくれ!
絵が売れてモデル料が手に入ったため、妹の薬代を稼ぐことができた。カネの心配はなくなったけれども、社交界デビューなんて望んではいない。俺は生涯モブでいたい。
でも、俺が無愛想にしていたらリヒターが恥をかいてしまう。
俺は口角をきゅっと上げて、全方位に笑顔を振りまいた。
「リヒター、それにティノさん。よく来てくれたわね」
「初めまして。ティノ・アザーニと申します」
「お久しぶりです、ミゼーラ夫人」
リヒターが片膝を突いて、貴婦人に敬意を示す。
ミゼーラ夫人は50代と聞いているが、白い肌にはシミひとつなく、もっと若く見える。美魔女とはこういう女性のことを指すのだろう。露出が多い服を着ていても下品に見えないあたり、さすが上流階級のお方である。
「アルセーディア社の評判はわたくしの耳にも届いているわよ」
「光栄です」
「海賊襲来の際、ティノさんは随分と活躍されたそうね」
「僕はただ……夢中で」
「そんなに緊張しなくてもいいのよ。あなた、リヒターと結婚するんでしょう? こういった夜会の雰囲気にも慣れていかないとね」
「結婚!? リヒター、勝手に話を進めるなよ!」
「わたくしの目を誤魔化せると思って? あの作品、ティノさんへの想いに溢れているじゃない。リヒターはついに、本当の愛を見つけたのね」
「ミゼーラ夫人。長らくご心配をかけてしまいましたね」
「結婚式に呼んでくれるわよね? ティノさん」
「……は、はい」
ミゼーラ夫人が艶然と微笑む。
俺が貴婦人のオーラに圧倒されていると、大広間に聞き慣れた旋律が流れた。この国で広く親しまれている、伝統的な舞曲だ。
「ティノ、この曲は知っているか?」
「ああ。故郷の村の祭りで、妹と踊ったことがある」
「みんな、あなたたちの息が合ったダンスを見たいと思っているわよ。さあ、行ってらっしゃい」
モブでいたいだなんて尻込みしている場合じゃないよな。
俺だって男だ。
リヒターの隣に立つためには、勇気を出さないといけない。
俺はフロアの中央に向かった。
リヒターが俺の腰を支える。本日のリヒターは前髪を後ろに撫でつけて、額を出している。濃紺の礼服と相まって、とてつもなくカッコいい。人前だということを忘れて、俺は潤んだ瞳でリヒターを見つめた。
「本当に仲睦まじい……」
「リヒター団長は真実の愛をみつけたんですなぁ」
招待客に見守られるなか、俺はリヒターとダンスを踊った。
「ティノ、力を抜いて」
「こうか?」
「次は右足を前に。うん、そう。上手だよ」
リヒターが耳元で甘く囁く。
俺はいつしか作り笑いではなく、心からの微笑みを浮かべていた。リヒターがいれば社交界だろうがどこだろうが、やっていけるだろう。リヒターはいつだって俺のことを考えてくれる最高のパートナーだ。
間違えることなくステップを踏んで、踊りを終えることができた。
俺とリヒターが一礼をした瞬間、鋭い声が大広間に響き渡った。
「リヒター様から離れなさい! 泥棒猫、ティノ・アザーニ!」
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