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第20話 恋に燃える騎士団長 (リヒター視点)

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 指揮官室には現在、リヒターとハイゼルしかいない。
 リヒターはハイゼルの言葉を待った。
 白狐しろぎつねというあだ名を持つ食えない男は、リヒターの反応を楽しむような目つきで机の上に資料を広げた。

「これがティノ・アザーニに関する情報だ」
「……ティノ、きみは……?」

 興信所がまとめたとおぼしき資料によると、ティノには病気の妹がいるらしい。

━━俺には教えてくれなかったじゃないか……!

 知っていれば、もっと早く援助ができたのに。
 リヒターが唇を引き結んでいると、ハイゼルが言った。

「ティノ・アザーニの妹の病気は、高価な薬がないと回復しないものらしい。貴君はこの男に利用されているだけだ。相手はカネ目当ての男娼だよ」
「ティノはそんな人間じゃありません!」
「ふん、どうだかな。この資料は、貴君にくれてやる。これを読みながら、じっくりと考えるんだな。ティノ・アザーニとわが娘クリスティーン、どちらを選ぶべきか」

 ハイゼルは勝ち誇った表情で指揮官室から出て行った。
 リヒターは資料を読み込んだ。
 ティノときたら、働きづめの人生を送ってきたようだ。10歳の時に両親と死別したあと、6歳年下の妹リーザを助けるために故郷の村で農夫をしたり、冬場は王都に出稼ぎに行ったりしていた。
 
━━ハイゼル様は愚かだな。

 こんな資料を見せられたら、ますますティノのことが心から離れなくなるに決まっているではないか。
 リヒターは今すぐティノに会いたくなった。
 しかし、まだ砦を離れるわけにはいかない。
 渋面のまま書類仕事を片付けていると、ハンスがやって来た。

「団長、さすがにお疲れなのでは? 少し休まれてはどうです」
「……ハンス。今の俺はどんな顔をしている」
「鬼そのものです」

 ハンスはリヒターの署名が入った書類を抱えると、「あー、そういえば」と何気ない声で言った。

「さっき、砦に一番近い道具屋にお使いに行ったら、アルセーディア社の販売員と会いましたよ。ジノだか、リノだか、そんな名前でした」
「ティノではなかったのか!?」
「俺、男の名前を覚えるのは苦手です。黒髪で地味な感じの、細っこい若造だったなー」
「ハンス。少し外の空気を吸ってくる」
「これは独り言ですが、曲がりくねった脇道を通ると道具屋にすぐ着けますよ」

 リヒターは疾風のような勢いで指揮官室を出た。
 砦の裏門から、外に向かって走り出す。
 ハンスが言っていた脇道を進むと、道具屋が見えてきた。

「ティノ? ティノはいるか?」

 店内に転がり込むと、道具屋の老店主が怪訝そうな表情になった。

「あなた様は、黄金騎士団のリヒター団長ですよね? どうされました、血相を変えて」
「こちらの店にティノ・アザーニという青年が来なかったか?」
「ああ、ティノさんね。今度、アルセーディア社のポーションをうちの店で取り扱うことにしたんですよ。それで、今日は商品のカタログとアクセルポーションを持ってきてもらったんですわ」
「ティノはもう帰ったのか?」
「はい。ついさっき」
「そのアクセルポーションをくれないか? 急いで彼を追いかけたいんだ」

 老店主は難色を示した。

「ひどくお疲れの方にはアクセルポーションを勧めるべきではないと、先ほどティノさんに言われたんですがねぇ」
「俺は人よりも体力があるから大丈夫だ!」

 リヒターは老店主に銀貨を握らせると、アクセルポーションを一気に飲み干した。

━━待っていろ、ティノ!

 恋に燃える騎士団長は、坂道を駆け出した。
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