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第16話 強くて優しい俺の恋人
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リヒターにキスを求められて目を閉じた俺であるが、緊張が止まらなかった。強張った体が小刻みに震える。
そんな俺の肩をリヒターの手が優しく撫でた。
「すまない。怖がらせてしまったな」
「リヒター……」
「恋人でもないのにキスしようとするだなんて最低だよな。ティノ、俺を殴ってくれ」
「えっ!? そんなこと、できるわけないよ」
「本当に申し訳ない。ゲス野郎がきみの尻を揉んだと聞き、逆上してしまった。ティノを早く自分のものにしたくて、仕事の最中にこんな真似を……」
リヒターが自らの額に手を当てる。
「……俺は本当に愚か者だ」
「そこまで自分を責めなくても。俺、別に怒ってないし。ちょっと驚いたけどさ。いつも紳士的なあんたにも、そういう欲があるんだな」
「俺を許してくれるのか?」
「……だって俺、リヒターのこと好きだから。初めてのキスは……あんたとしたい」
ああ、ついに言ってしまった。
リヒターは真剣な表情で俺を見つめている。
「なあ、リヒター。あんたは強くて優しい。完璧だよ」
「それはこちらのセリフだ。ティノ、俺の恋人になってくれるか?」
「……うん」
俺の返事を聞いたリヒターは、満面の笑みを浮かべた。
そして俺の腰を抱き寄せた。
「嬉しいよ、ティノ」
「俺も。やっとあんたへの気持ちを認めることができた。胸がすごく軽くなったぜ……」
「男同士だからな。きみが悩むのも無理はない」
「リヒター。少しずつ、俺のことを知っていってくれ」
「ああ、分かった。初めてのキスは、もっと景色のいいところでしよう。ここは邪神マンモニウスの神殿だからな」
リヒターとキスしたら、どんな感じなんだろ? すごく気持ちいいのかな……。
あーもう。
何考えてるんだ、俺は!
「ティノ、愛してる」
「リヒター……」
俺とリヒターが見つめ合っていると、神殿の入口付近から話し声と足音が聞こえてきた。
「おーい、誰かいるかーっ?」
「あれ、団長じゃないですか」
「やっぱり前線に出てたんスね」
俺たちがいる神殿に、若い騎士の集団が現れた。
「団長、そちら方は?」
「その制服を着てるってことは、アルセーディア社の販売員か」
「もしや噂のティノさんですか?」
リヒターは微笑むと、騎士たちに向かって宣言した。
「そう、彼はティノ。俺の姫君だ」
「団長! ついに本当の恋に辿り着いたんですね!」
「やったぁ! 祝宴を開かないといけないな」
右手を挙げて騎士たちを静めると、リヒターは戦況を尋ねた。
「負傷者はどのぐらいいる?」
「各部隊合わせて20数名ほどです。負傷者は魔法石で応急処置をしたのち、広場で避難民の誘導にあたっています」
「そうか。海賊と交戦してみてどう感じた? 相手は獣人だ。やりづらかったのではないか?」
「そうですね。変身されると剣術のセオリーが通じず、苦戦を強いられました」
「では、増援が必要か?」
「夜間の市街戦ですからね。大人数での乱戦となると、間違って味方を傷つけてしまう恐れがあります」
「それもそうだな。では、現在派遣中の部隊を信じるとしよう」
リヒターは次に、街の被害状況について質問した。
「放火はされなかったか?」
「今のところ、そういった報告はないです。あいつらの目的は略奪だけのようです」
「報告ありがとう。おかげで、市中の様子が分かった」
リヒターは部下をねぎらうと、新たな魔法石を取り出した。
魔法石って便利だけど、敵に奪われたら終わりだよな。何種類もの魔法石を持ち歩けるのは、リヒターが強いからだな。
「さて、港の様子はどうだろうか?」
虚空に港の様子が投影された。リヒターが新たに起動した魔法石は、遠くの景色を映し出す機能があるらしい。
濃紺の海には、ゲルトシュタットの旗を掲げた武装商船が浮かんでいる。
リヒターは魔法石を傾けた。
すると、映像が切り替わった。様々な角度から港の様子が映し出される。魔法石は出力を上げて、港からかなり離れた景色をとらえた。目を凝らして見てみたが、海賊船とおぼしき船の姿はどこにもなかった。
「よっしゃ。海賊どもは逃げたんだな!」
映像を見ていた若い騎士たちが歓声を上げた。
「陸にいる奴を取っ捕まえて、砦の地下牢にぶち込んでやる!」
「早く祝杯を上げたいぜ!」
「おまえたち、喜ぶのはまだ早いぞ。被害を受けた民を救出しなくては」
「はい!」
「僕、この近辺を巡回してきます!」
騎士たちが動き出した。
俺もボーッとしてるわけにはいかないな。自分にできることを探して、リヒターの力になりたい。
「リヒター! 俺、アルセーディア社の社屋に行ってくるぜ!」
「ここにいろ。市街地にはまだ海賊が残っているんだぞ?」
「上司が社屋を守っててさ。無事かどうか心配なんだ」
「……そうか」
「それと、上司に会ったら、うちのポーションを傷ついた人々に配りたいって言ってみるよ」
「その申し出はありがたいが、民間人のきみを酷使するわけにはいかない」
「おいおい、有事の際に民間とか王立機関とか、そういう括りは関係ねぇだろ。各人ができることをやらないと」
「ティノ……」
「俺は平気だよ。じゃ、行ってくるから!」
神殿を出ようとすると、リヒターに進路を阻まれた。
あらら。
イケメン騎士団長様は随分とご機嫌斜めである。
「そんなに怒るなよ」
「勇敢なのはきみの美点だが、もっと自分を大切にしてくれ。きみは非戦闘員なんだぞ」
「確かに俺には、あんたたち騎士と違って武芸の心得はない。でも、リヒターが命を賭けて戦ってるのに、自分だけ安全なところにいるなんて嫌だ。止めないでくれ」
「……分かった。きみの志、しかと受け止めよう」
リヒターは俺の肩に手を置いた。
「単独行動は危険だ。ミゲル。ティノに同行してくれ」
「承知しました!」
ミゲルと呼ばれた若い騎士は、元気よく返事をした。
彼の得物は、見るからに強そうな大剣である。肝っ玉の小さい奴は、ミゲルの巨体と大剣を目の当たりにしただけで逃げ出してしまうことだろう。
「ティノさん、オレが貴方をお守りします」
「よろしくお願いします、ミゲルさん」
「敬語はよしてください。貴方はリヒター団長の姫君なんですから」
「頼んだぞ、ミゲル」
リヒターは再び魔法仕掛けの天馬、ヴェルトゥールを召喚した。
「俺は砦に戻る。ティノ。海賊退治が終わったら、また俺の屋敷に来てくれ」
「ああ」
「では行きましょう、ティノさん」
外に出ると、夜闇が広がっていた。
俺とミゲルは神殿を出発し、アルセーディア社の社屋を目指した。
そんな俺の肩をリヒターの手が優しく撫でた。
「すまない。怖がらせてしまったな」
「リヒター……」
「恋人でもないのにキスしようとするだなんて最低だよな。ティノ、俺を殴ってくれ」
「えっ!? そんなこと、できるわけないよ」
「本当に申し訳ない。ゲス野郎がきみの尻を揉んだと聞き、逆上してしまった。ティノを早く自分のものにしたくて、仕事の最中にこんな真似を……」
リヒターが自らの額に手を当てる。
「……俺は本当に愚か者だ」
「そこまで自分を責めなくても。俺、別に怒ってないし。ちょっと驚いたけどさ。いつも紳士的なあんたにも、そういう欲があるんだな」
「俺を許してくれるのか?」
「……だって俺、リヒターのこと好きだから。初めてのキスは……あんたとしたい」
ああ、ついに言ってしまった。
リヒターは真剣な表情で俺を見つめている。
「なあ、リヒター。あんたは強くて優しい。完璧だよ」
「それはこちらのセリフだ。ティノ、俺の恋人になってくれるか?」
「……うん」
俺の返事を聞いたリヒターは、満面の笑みを浮かべた。
そして俺の腰を抱き寄せた。
「嬉しいよ、ティノ」
「俺も。やっとあんたへの気持ちを認めることができた。胸がすごく軽くなったぜ……」
「男同士だからな。きみが悩むのも無理はない」
「リヒター。少しずつ、俺のことを知っていってくれ」
「ああ、分かった。初めてのキスは、もっと景色のいいところでしよう。ここは邪神マンモニウスの神殿だからな」
リヒターとキスしたら、どんな感じなんだろ? すごく気持ちいいのかな……。
あーもう。
何考えてるんだ、俺は!
「ティノ、愛してる」
「リヒター……」
俺とリヒターが見つめ合っていると、神殿の入口付近から話し声と足音が聞こえてきた。
「おーい、誰かいるかーっ?」
「あれ、団長じゃないですか」
「やっぱり前線に出てたんスね」
俺たちがいる神殿に、若い騎士の集団が現れた。
「団長、そちら方は?」
「その制服を着てるってことは、アルセーディア社の販売員か」
「もしや噂のティノさんですか?」
リヒターは微笑むと、騎士たちに向かって宣言した。
「そう、彼はティノ。俺の姫君だ」
「団長! ついに本当の恋に辿り着いたんですね!」
「やったぁ! 祝宴を開かないといけないな」
右手を挙げて騎士たちを静めると、リヒターは戦況を尋ねた。
「負傷者はどのぐらいいる?」
「各部隊合わせて20数名ほどです。負傷者は魔法石で応急処置をしたのち、広場で避難民の誘導にあたっています」
「そうか。海賊と交戦してみてどう感じた? 相手は獣人だ。やりづらかったのではないか?」
「そうですね。変身されると剣術のセオリーが通じず、苦戦を強いられました」
「では、増援が必要か?」
「夜間の市街戦ですからね。大人数での乱戦となると、間違って味方を傷つけてしまう恐れがあります」
「それもそうだな。では、現在派遣中の部隊を信じるとしよう」
リヒターは次に、街の被害状況について質問した。
「放火はされなかったか?」
「今のところ、そういった報告はないです。あいつらの目的は略奪だけのようです」
「報告ありがとう。おかげで、市中の様子が分かった」
リヒターは部下をねぎらうと、新たな魔法石を取り出した。
魔法石って便利だけど、敵に奪われたら終わりだよな。何種類もの魔法石を持ち歩けるのは、リヒターが強いからだな。
「さて、港の様子はどうだろうか?」
虚空に港の様子が投影された。リヒターが新たに起動した魔法石は、遠くの景色を映し出す機能があるらしい。
濃紺の海には、ゲルトシュタットの旗を掲げた武装商船が浮かんでいる。
リヒターは魔法石を傾けた。
すると、映像が切り替わった。様々な角度から港の様子が映し出される。魔法石は出力を上げて、港からかなり離れた景色をとらえた。目を凝らして見てみたが、海賊船とおぼしき船の姿はどこにもなかった。
「よっしゃ。海賊どもは逃げたんだな!」
映像を見ていた若い騎士たちが歓声を上げた。
「陸にいる奴を取っ捕まえて、砦の地下牢にぶち込んでやる!」
「早く祝杯を上げたいぜ!」
「おまえたち、喜ぶのはまだ早いぞ。被害を受けた民を救出しなくては」
「はい!」
「僕、この近辺を巡回してきます!」
騎士たちが動き出した。
俺もボーッとしてるわけにはいかないな。自分にできることを探して、リヒターの力になりたい。
「リヒター! 俺、アルセーディア社の社屋に行ってくるぜ!」
「ここにいろ。市街地にはまだ海賊が残っているんだぞ?」
「上司が社屋を守っててさ。無事かどうか心配なんだ」
「……そうか」
「それと、上司に会ったら、うちのポーションを傷ついた人々に配りたいって言ってみるよ」
「その申し出はありがたいが、民間人のきみを酷使するわけにはいかない」
「おいおい、有事の際に民間とか王立機関とか、そういう括りは関係ねぇだろ。各人ができることをやらないと」
「ティノ……」
「俺は平気だよ。じゃ、行ってくるから!」
神殿を出ようとすると、リヒターに進路を阻まれた。
あらら。
イケメン騎士団長様は随分とご機嫌斜めである。
「そんなに怒るなよ」
「勇敢なのはきみの美点だが、もっと自分を大切にしてくれ。きみは非戦闘員なんだぞ」
「確かに俺には、あんたたち騎士と違って武芸の心得はない。でも、リヒターが命を賭けて戦ってるのに、自分だけ安全なところにいるなんて嫌だ。止めないでくれ」
「……分かった。きみの志、しかと受け止めよう」
リヒターは俺の肩に手を置いた。
「単独行動は危険だ。ミゲル。ティノに同行してくれ」
「承知しました!」
ミゲルと呼ばれた若い騎士は、元気よく返事をした。
彼の得物は、見るからに強そうな大剣である。肝っ玉の小さい奴は、ミゲルの巨体と大剣を目の当たりにしただけで逃げ出してしまうことだろう。
「ティノさん、オレが貴方をお守りします」
「よろしくお願いします、ミゲルさん」
「敬語はよしてください。貴方はリヒター団長の姫君なんですから」
「頼んだぞ、ミゲル」
リヒターは再び魔法仕掛けの天馬、ヴェルトゥールを召喚した。
「俺は砦に戻る。ティノ。海賊退治が終わったら、また俺の屋敷に来てくれ」
「ああ」
「では行きましょう、ティノさん」
外に出ると、夜闇が広がっていた。
俺とミゲルは神殿を出発し、アルセーディア社の社屋を目指した。
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