【完結】守銭奴ポーション販売員ですが、イケメン騎士団長に溺愛されてます!?

古井重箱

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第8話 騎士の告白

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 エッチな呪符を使って、リヒターからカネを巻き上げる。
 そう決意した俺であったが、実行に移すことはできずにいた。
 うぅっ、俺の意気地なし。
 でもさあ、仕方ねーよ。リヒターってめちゃくちゃいい奴なんだもん。いっつもニコニコしてるし、優しいし。いい人すぎて、悪意を持って近づくことができない。

「ティノ。きみと過ごす時間は、俺の癒しだよ」

 そう言ってリヒターはたびたび屋敷に招いてくれる。
 俺たちが住んでいるゲルトシュタットは治安があまりよろしくない。騎士団長様は多忙なのに、どうして俺とのアポを優先してくれるんだろう。
 よっぽど、アルセーディア社のポーションが気に入ったのかな。

「今日も私が売り上げナンバーワンよ。例のブツはまだ使ってないの?」
「……ベストなタイミングを伺ってるんだよ」

 同僚のソルテニアに煽られたけれども、俺はリヒターの屋敷で呪符を取り出すことはできなかった。
 そうこうしているうちに、ひと月が経った。
 会社の寮に妹のリーザから手紙が届いたので、俺は泣きそうになった。療養所での生活は不自由だろうに、泣き言はまったく書かれていない。
 俺の妹は強い子だ。
 リーザのために、俺はもっとカネを稼がないといけない。

『お兄ちゃんは元気だよ。仕事は順調だ。メシもうまい。何も心配するな。自分のことだけ考えろ』

 寮の狭い自室で、俺は返事をしたためた。



◇◇◇



 秋風が日に日に冷たくなっていく。
 冴えた青空の下、俺はリヒターの屋敷へと続く坂道を上っていた。もう少しでリヒターに会える。そう思うと、脈がトクトクと速くなった。
 ん?
 俺は今、何かヘンなことを考えなかったか?
 リヒターは俺にとって、カモ! カネ目当てに付き合ってるだけだ。
 そう。
 これはあくまでビジネスなのだ。

「ティノ。よく来てくれたな」
 
 寒いのに、リヒターは門の前で俺を待っていた。

「何してんだよ、風邪引くぞ。部屋にいればいいのに」
「きみに会えると思うと、じっとしていられなかった」
「まったく。いつもそんなこと言うんだから」

 俺たちは屋敷の中に入った。
 いつものように応接室へと向かう。廊下で従者の少年、ウェルスとすれ違った。ウェルスは丁寧な所作で俺に頭を下げた。たかが出入りの業者である俺にそこまで気を使わなくてもいいのにな。

「リヒター様のこと、よろしくお願い致します」
「ん? ああ」

 応接室のソファでくつろいでいると、リヒターがお盆を携えてやって来た。その美貌には少年のように無邪気な笑顔が浮かんでいる。

「さあ、どうぞ」

 焼き菓子を振る舞われる。

「へえ、うまそうだな」
「俺の手作りだ」
「えっ」

 二人きりの応接室で、俺は固まった。
 皿の上に置かれた丸い焼き菓子をじっと見つめる。

「甘いものは嫌いかな?」
「いや、好きだけど……」

 このお菓子、綺麗に焼き色がついてんなー。

「俺のためにわざわざ用意してくれたのか?」
「ああ。楽しみながら作ったよ」

 おいおい。
 騎士団長ともあろうお方が、商人ごときのために何をやってるんだ。リヒターってもしかして、俺のことをかなり気に入っているのか?
 それは……友達としてだよな?
 だって俺たち、男同士だし……。そんなわけないよな?

「ティノ。どうぞ召し上がれ」

 リヒターの声が甘く響く。
 俺を見つめる瞳は、無垢な光をたたえている。
 やっぱり、そういうことなのか?
 ……いや。絶対にない。
 絶対にないってば! 俺がリヒターとキスしたり、セックスしたりする未来なんてありえない!  
 俺は、リヒターのことをまあまあ気に入っている。
 いい奴だし、優しいし。
 取引相手としてはもちろん、こうやって、茶飲み友達として交流していけたらいいなと思う。

「いただきます!」

 俺は焼き菓子を頬張った。
 ちゃんと見ろよ、リヒター。俺はガサツな男なんだからな。あんたに似合うのは、楚々とした乙女だ!
 焼き菓子を口に含むと、ほんのりと甘かった。うまいな。仕事の疲れが吹き飛ぶぜ。
 ごくんと飲み込んだあと、俺は沈黙した。
 すごく心がこもったお菓子だ。俺、……もしかして愛されてんのか?
 いやいや、ないってば!
 俺は誰だ!? 
 守銭奴だ。カネが大好きな、薄汚いクソ野郎だ。
 愛だなんてやめてくれ。俺はリヒターの純情に見合うような人間じゃない。
 硬直している俺に、リヒターが優しく声をかけてきた。

「どうかな?」
「……うまかった。こういう素朴な菓子は大好きだ」
「よかった、ティノの喜ぶ顔が見たかったんだ。この焼き菓子の作り方は幼少の頃、母に教わった」
「リヒターの母ちゃんってどんな人? すっげー美人なんだろうな」
「俺の母は娼婦だった。タチの悪い客に捕まって俺を身籠ったため、娼館を追われた」
「……そうか」
「明るい人だったよ。なんとか日銭を稼いで、俺を養ってくれた」

 過去形ってことは、もう死別してるのか。
 
「俺は貧民街で母を守るため、剣術や格闘技を覚えた」
「そりゃあ強くなるわけだ」
「だろう? 俺はたまたま慈善事業で貧民街を訪れた騎士に拾われて、見習い騎士になった。そして今に至るというわけさ」
「苦労したんだな……」
「まあ、それなりにな」

 リヒターは太陽の申し子みたいに美しくて風格があるから、いいとこのボンボンかと思っていた。まさか叩き上げだったとは。
 ううっ、恥ずかしい。
 俺は自分のことを、かなりの苦労人だと思っていた。
 でもそれは間違いだった。
 大変な思いをして生きてきたのは、リヒターも同じだ。いや、貧民街から一代でのし上がったんだ。リヒターは俺以上に辛かったに違いない。
 たくさん傷ついてきただろうに、リヒターの笑顔はとても穏やかだ。
 俺はすごい人と知り合ったんだな。

「リヒターっていう名前は、母ちゃんがつけてくれたのか?」
「そうだよ」
「俺、あんたの母ちゃんに祈りを捧げるわ。あなたの息子さんはこんなに立派になりましたよって」
「ティノ……。母のことを想ってくれてありがとう」

 リヒターの碧眼は少しばかり潤んでいた。
 こんな好人物相手にいやらしい呪符を使っていいのだろうか? 売り上げナンバーワンのソルテニアには、「カモに情けをかけるな」と繰り返し言われているが……。
 いいや、リヒターはカモじゃない。
 俺の友人だ。

「リヒター、すまん!」
「いきなりどうしたんだ?」
「こいつを没収してくれ!」
「没収とは?」

 俺は懐から呪符を取り出した。
 ごめん。
 本当にごめん!
 カード型の呪符を見たリヒターが「ふむ」とつぶやいて、腕組みをした。

「巷で出回っている、お行儀のよくない代物だな」
「リヒター、すまねぇ! 俺はあんたにもっとポーションを買わせようとして、卑怯な手を使おうとしてた」
「ほう」
「でも、あんたの母ちゃんの話を聞いて、自分の愚かさを悟った。苦労して育てられたあんたに、ひどいことなんてできないよ」
「ふふっ。きみはカネの亡者にはなりきれないようだな」

 リヒターは呪符をつまみ上げると、飾り棚に置かれていた木箱の中にしまった。

「こんなものに頼らなくても、きみは俺をすっかり魅了しているのに」
「えっ?」
「好きだよ、ティノ」
「……それは、どういう意味での『好き』なんだ?」
「俺は騎士だ。いつ果てるとも知れない。だから言わせてくれ。俺がきみに抱いているのは友情と、果てなき恋情だ」
「恋情って……。正気か!? 俺は男だぞ! 顔立ちだって凡庸だろ」
「凡庸? そんなに輝いているのに何を言うんだ」

 長い指が近づいてくる。
 俺はぎゅっと目をつむった。
 リヒターは俺の髪を指先でさらさらと弄んだ。優しい手つきで触れられて、胸がきゅんとなる。
 恥ずかしいけど、すごく……気持ちいい。
 初めての体験に、俺は縮こまることしかできなかった。
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