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第7話 ギンギンムラムラ作戦
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俺がソルテニアに連れて来られたのは高級店ではあるけれども、フロアは騒がしかった。
ゲルトシュタットに集まった連中はエネルギッシュなタイプが多い。弱肉強食の世界で生き残る自信がない奴は、そもそもこの街にやって来ないからな。
俺の隣のテーブルでは、豪快な呑兵衛たちが競うように大声を上げては、酒がなみなみと注がれたジョッキを傾けている。
アルセーディア社の制服を脱いだ俺に目をとめる者は誰もいない。この賑やかな店内で、俺は完全に空気だった。そう。これでいいんだ。俺にはモブというポジションが合っている。
「おいしそーっ」
席について待つこと約15分。デミドラゴンの姿焼きが運ばれてきた。
ソルテニアが満面の笑みを浮かべながらデミドラゴンの腹肉を食べ始める。健康的な少女の姿を目の当たりにすると、どうしてもリーザを不憫に思ってしまう。リーザは気が強いので、憐れみを受けるのは嫌だと言って怒るだろうけど。
「それで? 営業のコツって何?」
「同情を引くこと! そして、カモに対して絶対に感情移入しないこと! 私はね、不治の病にかかってる設定なの。涙を浮かべれば、おじいちゃんおばあちゃんはコロッと騙されてポーションをぽいぽい買ってくれるわ」
「……へえ」
実際に不治の病に悩まされている身内がいる俺は、ソルテニアのあっけらかんとした態度に腹が立った。でも、このくらい図太くないと売り上げナンバーワンにはなれないのかもしれない。
「私、貧乏って大嫌い」
「同感だ」
「私の故郷はね、暗黒大陸のすみっこにある寒村なの。みんな愚痴を言うだけで、現状を打破するための努力をしていなかったわ」
「だから郷里を飛び出したのか。そんなに若いのに」
「花の命は短いのよ。高く売れるうちに、この容姿を利用して稼がなきゃ。ティノさんの武器はそうね……。素朴さかしら。でも、それだけじゃ足りない」
ソルテニアはポシェットから一枚の小さなカードを取り出した。
薄いカードには香料がまぶされているらしい。甘い匂いがする。カードの表面には、裸身を絡め合う二人の男の姿が描かれている。
「これは強欲の神マンモニウスの力を宿した呪符よ。食事に付き合ってくれたお礼に差し上げるわ」
「どんな効力があるんだ?」
「カードの上に指で落としたい相手の名前を書いてちょうだい。相手はギンギンムラムラになるわ」
「……俺、ノンケだぞ? 男に襲われるなんてごめんだ。こんな恐ろしいカードいらねぇよ」
「うふふっ。強欲の神マンモニウスは邪神よ。人間の幸せを簡単に叶えるわけがないでしょ。ギンギンムラムラになった相手の欲望が果たされることはないわ。相手はお預け状態に陥るの。早く達したくて、ティノさんの言いなりになっちゃうでしょうね、うふふっ」
アレをおっ立てたリヒターに「俺の愛撫が欲しければポーションを買え」と命じて、がっぽり稼げってことか。
どうする俺。
そんなプレイ、できるかな?
そもそも、リヒターみたいに純粋な男をいやらしい呪符の餌食にしていいのだろうか。たとえカネを稼ぐためとはいえ……。
俺が逡巡していると、頭上から女性の声が聞こえてきた。
「ソルテニアじゃない。久しぶり」
「あら、カーシャ。儲かってる?」
「もっちろーん」
カーシャと呼ばれた少女は、高級娼婦の証である緋色の靴下を履いていた。華奢なソルテニアに対し、カーシャは出るところが出ていて、なんとも肉感的である。俺はここのところお疲れマラだったから、この娘は目に毒だ。
「こちらのお兄さんはだあれ?」
「ティノさん。うちの会社の新人販売員よ」
「へえ。アルセーディア社には、こういう真面目そうなタイプもいるんだ。幅広いわね」
俺の顔をしげしげと眺めると、カーシャは愉しげに唇のはしを吊り上げた。
「お兄さん、とっても優しそうね」
「そいつは褒め言葉じゃねぇな。この街においては」
「そのとおり。マンモニウスの呪符は貴重品よ? せっかくソルテニアが分けてくれるっていうのに、何をためらっているの」
「俺は男色家じゃない。それに、いくら客はカモとはいえ、呪いをかけてギンギンムラムラ状態にさせるのは気が引ける」
「甘いわねぇ」
カーシャは華奢な手のひらを俺の肩にそっと当てた。
「あら。お兄さんのカモって、リヒター様なんだ」
「どうして分かった?」
「私、接触感応っていう特殊能力があるんだ」
「きみはリヒターを知ってるのか。まあ、あいつは騎士団長だからな。顔が広くてもおかしくはないか」
「リヒター様はうちの娼館のお得意様よ」
……へえ。
高潔そうな人物ではあるが、やっぱりリヒターも男だったってことか。
あの美声で何人の女性を溶かしてきたのだろう。
リヒターのセックスライフなんて俺には関係ないはずなのに、なぜか胸の内側が焦げついたような心地になった。
「リヒター様ってお強いしお優しいし、金払いもよくって最高! 私、今夜もご指名を受けているの」
「顧客の情報をべらべら喋っちゃって大丈夫なのか?」
「うふふっ。お兄さん、分かってないわね。高級娼婦を首にぶら下げて歩けるのは富と権力、そして教養があるエリートだけよ。私たちとの関係を隠そうとする殿方はいないわ」
「へいへい、そうですか。どうぞお楽しみください」
「お兄さんも稼いだら、うちの店に遊びに来てよね」
リヒターと穴兄弟になるのはごめんだ。
カーシャはリヒターの元に向かうと言って、俺たちがいるテーブルから立ち去った。ソルテニアは、むすりと黙り込んだ俺をしばし観察すると、マンモニウスの呪符を手渡してきた。
「この街に清廉潔白な人なんていないわよ。どんな紳士も、一皮剥けば欲望でギラギラしてる。リヒター様も例外ではないわ」
「……俺はもっと堕ちなきゃダメだな」
「ティノさんはお金が欲しいんでしょ? マンモニウスは欲望に忠実な人間の味方よ」
ソルテニアの言うとおりだな。
何をためらっていたのだろう。俺は守銭奴だ。妹を救うためならば、どんな手段も厭わない鬼にならねば!
悪いな、リヒター。
今度会う時はギンギンムラムラになってもらうぜ。
ゲルトシュタットに集まった連中はエネルギッシュなタイプが多い。弱肉強食の世界で生き残る自信がない奴は、そもそもこの街にやって来ないからな。
俺の隣のテーブルでは、豪快な呑兵衛たちが競うように大声を上げては、酒がなみなみと注がれたジョッキを傾けている。
アルセーディア社の制服を脱いだ俺に目をとめる者は誰もいない。この賑やかな店内で、俺は完全に空気だった。そう。これでいいんだ。俺にはモブというポジションが合っている。
「おいしそーっ」
席について待つこと約15分。デミドラゴンの姿焼きが運ばれてきた。
ソルテニアが満面の笑みを浮かべながらデミドラゴンの腹肉を食べ始める。健康的な少女の姿を目の当たりにすると、どうしてもリーザを不憫に思ってしまう。リーザは気が強いので、憐れみを受けるのは嫌だと言って怒るだろうけど。
「それで? 営業のコツって何?」
「同情を引くこと! そして、カモに対して絶対に感情移入しないこと! 私はね、不治の病にかかってる設定なの。涙を浮かべれば、おじいちゃんおばあちゃんはコロッと騙されてポーションをぽいぽい買ってくれるわ」
「……へえ」
実際に不治の病に悩まされている身内がいる俺は、ソルテニアのあっけらかんとした態度に腹が立った。でも、このくらい図太くないと売り上げナンバーワンにはなれないのかもしれない。
「私、貧乏って大嫌い」
「同感だ」
「私の故郷はね、暗黒大陸のすみっこにある寒村なの。みんな愚痴を言うだけで、現状を打破するための努力をしていなかったわ」
「だから郷里を飛び出したのか。そんなに若いのに」
「花の命は短いのよ。高く売れるうちに、この容姿を利用して稼がなきゃ。ティノさんの武器はそうね……。素朴さかしら。でも、それだけじゃ足りない」
ソルテニアはポシェットから一枚の小さなカードを取り出した。
薄いカードには香料がまぶされているらしい。甘い匂いがする。カードの表面には、裸身を絡め合う二人の男の姿が描かれている。
「これは強欲の神マンモニウスの力を宿した呪符よ。食事に付き合ってくれたお礼に差し上げるわ」
「どんな効力があるんだ?」
「カードの上に指で落としたい相手の名前を書いてちょうだい。相手はギンギンムラムラになるわ」
「……俺、ノンケだぞ? 男に襲われるなんてごめんだ。こんな恐ろしいカードいらねぇよ」
「うふふっ。強欲の神マンモニウスは邪神よ。人間の幸せを簡単に叶えるわけがないでしょ。ギンギンムラムラになった相手の欲望が果たされることはないわ。相手はお預け状態に陥るの。早く達したくて、ティノさんの言いなりになっちゃうでしょうね、うふふっ」
アレをおっ立てたリヒターに「俺の愛撫が欲しければポーションを買え」と命じて、がっぽり稼げってことか。
どうする俺。
そんなプレイ、できるかな?
そもそも、リヒターみたいに純粋な男をいやらしい呪符の餌食にしていいのだろうか。たとえカネを稼ぐためとはいえ……。
俺が逡巡していると、頭上から女性の声が聞こえてきた。
「ソルテニアじゃない。久しぶり」
「あら、カーシャ。儲かってる?」
「もっちろーん」
カーシャと呼ばれた少女は、高級娼婦の証である緋色の靴下を履いていた。華奢なソルテニアに対し、カーシャは出るところが出ていて、なんとも肉感的である。俺はここのところお疲れマラだったから、この娘は目に毒だ。
「こちらのお兄さんはだあれ?」
「ティノさん。うちの会社の新人販売員よ」
「へえ。アルセーディア社には、こういう真面目そうなタイプもいるんだ。幅広いわね」
俺の顔をしげしげと眺めると、カーシャは愉しげに唇のはしを吊り上げた。
「お兄さん、とっても優しそうね」
「そいつは褒め言葉じゃねぇな。この街においては」
「そのとおり。マンモニウスの呪符は貴重品よ? せっかくソルテニアが分けてくれるっていうのに、何をためらっているの」
「俺は男色家じゃない。それに、いくら客はカモとはいえ、呪いをかけてギンギンムラムラ状態にさせるのは気が引ける」
「甘いわねぇ」
カーシャは華奢な手のひらを俺の肩にそっと当てた。
「あら。お兄さんのカモって、リヒター様なんだ」
「どうして分かった?」
「私、接触感応っていう特殊能力があるんだ」
「きみはリヒターを知ってるのか。まあ、あいつは騎士団長だからな。顔が広くてもおかしくはないか」
「リヒター様はうちの娼館のお得意様よ」
……へえ。
高潔そうな人物ではあるが、やっぱりリヒターも男だったってことか。
あの美声で何人の女性を溶かしてきたのだろう。
リヒターのセックスライフなんて俺には関係ないはずなのに、なぜか胸の内側が焦げついたような心地になった。
「リヒター様ってお強いしお優しいし、金払いもよくって最高! 私、今夜もご指名を受けているの」
「顧客の情報をべらべら喋っちゃって大丈夫なのか?」
「うふふっ。お兄さん、分かってないわね。高級娼婦を首にぶら下げて歩けるのは富と権力、そして教養があるエリートだけよ。私たちとの関係を隠そうとする殿方はいないわ」
「へいへい、そうですか。どうぞお楽しみください」
「お兄さんも稼いだら、うちの店に遊びに来てよね」
リヒターと穴兄弟になるのはごめんだ。
カーシャはリヒターの元に向かうと言って、俺たちがいるテーブルから立ち去った。ソルテニアは、むすりと黙り込んだ俺をしばし観察すると、マンモニウスの呪符を手渡してきた。
「この街に清廉潔白な人なんていないわよ。どんな紳士も、一皮剥けば欲望でギラギラしてる。リヒター様も例外ではないわ」
「……俺はもっと堕ちなきゃダメだな」
「ティノさんはお金が欲しいんでしょ? マンモニウスは欲望に忠実な人間の味方よ」
ソルテニアの言うとおりだな。
何をためらっていたのだろう。俺は守銭奴だ。妹を救うためならば、どんな手段も厭わない鬼にならねば!
悪いな、リヒター。
今度会う時はギンギンムラムラになってもらうぜ。
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