【完結】守銭奴ポーション販売員ですが、イケメン騎士団長に溺愛されてます!?

古井重箱

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第6話 小悪魔からのお誘い

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 宵闇を打ち消して、魔法仕掛けの明かりが煌々と輝いている。商都ゲルトシュタットに夜が訪れた。
 今日もこの街で、人々の欲望が花開くことだろう。

「おーい、アルセーディア社のお兄ちゃん。がっぽり稼いだんだろう? うちの娼妓と遊んでいけよ」
「急いでおりますので。また今度お願いします」

 しつこい客引きから逃れ、目抜き通りを駆け足で進む。カバンの中には大事なポーションが入っている。人混みを泳ぐあいだ、俺はひったくりに合わないように神経を尖らせた。
 ふうっ。
 都会ってのは気が抜けない場所だぜ。
 やがて社屋が見えてきた。
 フロアに戻った俺を待っていたのは、営業部長からの叱責だった。

「騎士団長に取り入ったのならば、なぜ枕を使わなかったのだね」
「枕って……、いわゆる枕営業ってことですか?」
「そうだ」

 営業部長は自慢の口ひげを指先で撫でると、呆れたように俺を見つめた。

「ティノ・アザーニくん。私がなぜ、きみのように実績のない販売員を黄金騎士団担当に選んだのか、分かっていないようだな。リヒター様は男もイケるという噂があるんだ」
「えっ……? でも俺の容姿は地味で、田舎臭いですよ」
「素朴な青年を自分好みに染めるというのは、スキモノにとってはたまらないシチュエーションだろう」

 リヒターって男もオッケーなんだ?
 たとえそうだとしても、あいつは出会ったばかりの相手を毒牙にかけるようなゲスじゃない。
 営業部長の発言はリヒターへの侮辱だと感じたが、俺は雇われの身だ。上司に逆らうわけにはいかない。唇を引き結んで、沈黙を貫く。

「ティノくん。出会って初日だというのに屋敷に招かれたということは、脈があるんじゃないのかね。リヒター様をメロメロにするんだ」 
「分かりました。利用できるものは何でも利用します。でも、ベッドインは絶対にしません」
「なんだと?」
「一回寝てしまうと、飽きられる恐れがあります。手に入らないから追いかけたくなる。男ってそういう生き物でしょう?」
「ふむ、それはそうだな……」
「ご安心ください。定期購入をさせて、がっぽり稼ぎますから」
「きみ、堂々としているな。面接の際にはもっとオドオドしていたが。早くもゲルトシュタットの空気に馴染んだようだね。うんうん、頼もしいよ」

 俺はトンと自分の胸を拳で叩いた。

「売り上げナンバーワンを目指していますから。リヒターの欲望を引き出して、がっつり儲けてやりますよ」
「その意気だ。さて、そろそろ本日の表彰者の発表時間だな」

 営業部長はフロアにいた社員に呼びかけた。

「みんな、しばし手を止めてくれ。今日の売り上げ第一位を発表する」

 フロアが興奮に包まれる。

「誰かしら?」
「あの新人くんじゃない? 騎士団長と個人契約を結んだんでしょう?」

 へへっ。みんなが俺に注目してるぜ。
 ナンバーワンはこの俺だよな?
 リヒターは解毒作用があるディスポーションを10本も購入してくれた。単価が高いので、結構な売り上げになったはずだ。

「本日の第一位はソルテニア・リキエルくんだ! よくやったね」

 みんなが拍手をする。
 営業部長に名前を呼ばれたのは、14歳ぐらいのほっそりとした少女だった。
 可憐な顔立ちをしている。こういう女の子が潤んだ瞳で、「お願いですぅ。ポーションを買ってください……!」と訴えかけてきたら、大抵の奴らはイチコロだろう。

「廉価版のポーションを多数売り捌いてくれたね。見事なり」
「うふふっ。明日も頑張ります」

 営業部長がソルテニアに革袋を手渡す。いいなあ。あの中にはコインがたっぷり詰まっているんだろ? 俺も欲しい!

「次点はティノ・アザーニくんだ。だが、一位になれなかった販売員には褒賞は支給されない。褒賞が欲しければ、トップを勝ち取ることだな」

 鼻先にニンジンをぶら下げて、社員同士を競争させようっていう魂胆か。アルセーディア社ってブラックだな。

「さあ、成績発表は終わりだ。時は金なり。仕事を再開したまえ」

 フロアにいるみんなが、黙々と事務仕事に取り組む。明日の営業活動の準備、伝票の処理。タスクはたくさんある。
 経費精算を終えたので、俺は業務日報に着手した。一位になれなかったとはいえ、ノルマを達成できた。ペンをさらさらと走らせる。
 やがて記載が完了した。
 俺は誤字脱字がないか文章を見直した。すると、俺のデスクにソルテニアが近づいてきた。
 ほっそりとした美少女はコケティッシュな笑みを浮かべていた。この娘は自分の可愛さを自覚している小悪魔ちゃんらしい。

「やっほー、ティノさん。私に負けて悔しい?」
「まあな。でもきみの方が実力があった。それだけの話だ。次は負けねーぞ」
「立派な意気込みね。何か作戦があるのかしら?」
「それは……これから考えるさ」
「ねえねえ。私がナンバーワンになった理由、知りたくない?」
「そりゃあな。でも、その対価としてカネを要求されるんだろ?」
「分かってるじゃない」

 ソルテニアはふふんと薄い胸を張った。
 この子は妹のリーザと同じぐらいの年頃だ。リーザも病気さえなければ、ソルテニアのように綺麗な服を着て、生き生きと働いていたかもしれない。山の中にある療養所に閉じ込められたりはしないで……。

「デミドラゴンの姿焼きで手を打つわ。営業の秘訣について教えてあげる」

 うーむ。
 デミドラゴンの姿焼きの相場は確か、銅貨5枚ぐらいかな。俺が出せるギリギリのラインを提示してくれるあたり、ソルテニアの眼力は大したものだ。
 同僚との付き合いは大事なので、俺はソルテニアの提案を受けることにした。

「きみの話。聞かせてもらおうじゃないか」
「やったあ! そう来なくっちゃ」

 俺は業務日報を提出し、社屋から出た。
 ソルテニアが指定した酒場は、ゲルトシュタットの繁華街の中心にある高級店だった。
 節約生活を送っているため、俺の私服はしょぼい。シャツもズボンも光沢はなく、ペラペラしている。ベルトだって流行遅れの安物だ。場違いなことこの上ない。
 一方のソルテニアは繊細な刺繍で彩られた高そうなワンピースを着ている。さすが、稼いでいるだけあって羽振りがいい。

「きみの私服、素敵だな。すごく似合ってるよ」
「ありがと! お金は華やかなことが大好きだから、いつもエレガントに装っているの。ティノさんも私服をもっと派手にしなきゃダメね」
「うーん。俺に似合うかな?」
「ふふっ。この街にはたくさんの仕立て屋がいるわ。きっと好みの店が見つかるわよ」

 しばし雑談を交わしたのち、ソルテニアは照れくさそうに微笑んだ。

「私、ひとりぼっちでごはんを食べるのが苦手なの」
「トップ販売員様にも弱点があるのか」
「ティノさんは? 何が苦手?」
「同性。近寄られると逃げたくなる」
「へえ。でも、リヒター様をカモにするんでしょ? お色気作戦を使わない手はないわよ」
「……そりゃあそうだが」

 ためらいを見せた俺を、ソルテニアは「甘いわね」と切り捨てた。

「ここはゲルトシュタット。生き残れるのは鬼と悪魔、それか獣。倫理なんてものに囚われていたら、喰われちゃうわよ」
「ううっ。分かっちゃいるが、男は……。汗臭いニオイとか、ごつごつした手とか……気色悪い。絶対に無理だっ」

 俺はジョッキに注がれたビールを飲み干した。
 でろでろに酔っ払えば、リヒターにお色気作戦を仕掛けられるだろうか? いや、そもそも地味メンの俺がセクシーポーズで迫るって、ただのコントじゃね?
 ソルテニアの教えを受けたものの、俺自身がカラダを使ってリヒターを魅了する小悪魔になれる可能性はゼロに等しかった。
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