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第4話 ラブポーションをどうぞ
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広場を離れ、露店が立ち並ぶ大通りをひたすら真っすぐ歩いていく。すると、黄金騎士団の詰め所が見えてきた。
武骨な建物だな。装飾のたぐいは一切ない。
外壁は高く、敷地内の様子を隠している。そりゃあそうか。黄金騎士団は街をうろついているゴロツキたちと敵対関係にある。そう易々と手の内を晒すわけにはいかない。
「団長!」
「お疲れ様です」
二人の門番がリヒターを見て、嬉しそうな声を上げた。
「おや、レティ様を保護されたのですか」
「広場に遊びに行ったら、レティが暴れていたんだ」
「団長、今日は非番なのに。つくづく苦労性ですなあ」
「慣れているよ」
屈強な体つきをした門番たちが、リヒターに頭を下げる。リヒターは慣れた仕草で彼らに顔を上げるように促した。
「ん?」
門番たちは、リヒターの影から姿を現した俺に鋭い視線を突きつけた。
「その者は……? アルセーディア社の販売員じゃないですか」
「通してやってくれ。彼はレティの命の恩人だ」
「恩人って……。こやつはポーションの売人ですぞ。嬉々としてレティ様にポーションを売りつけたのでは?」
「ギルよ。ティノはそんなことをする男ではない」
「ふむ。いずれにせよ、民間人に騎士団の敷地を歩かせるわけにはいきません」
入り口で押し問答をしているうちに、レティが起きてしまうかもしれない。リヒターはそう判断したのだろう。それ以上反論しなかった。
「ティノ。しばしここで待っていてくれ。俺はひとまず、レティを救護室に連れて行く。その後、俺の家にきみを案内したい」
「かしこまりました」
リヒターの姿が消えると、ギルと呼ばれた門番がずいと身を乗り出してきた。
悪い人じゃないんだろうけど、顔面の迫力がハンパない。
ギルは結婚指輪をしていた。
英雄色を好むということで、騎士団の皆さまはアチラの方がお盛んだと聞く。結婚指輪をしていたら、思いきり遊べないだろう。
ギルはかなりの愛妻家のようだ。
「販売員よ。その……アルセーディア社の商品の噂はかねてより聞いておるぞ」
「それは光栄です。騎士様、わが社のポーションがご入用でしょうか?」
「いや、違う。俺は……怪しいポーションなどいらん」
怪しいポーションだって?
ふーん。そういうことか。
「……奥様が閨事に消極的でいらっしゃるのですね?」
これは賭けだ。
商人ごときが騎士様の夫婦生活について尋ねるのは、非常にリスキーである。一歩間違えば不敬罪で処されるかもしれない。
「ぐっ。いきなり、何を……」
「女性のためらいを吹き飛ばすラブポーション。無色透明なそれを飲み物に一滴垂らせば、効果は絶大ですよ?」
「なんだって……!」
よしよし、食いついてきた。
確かに俺はポーション中毒者のレティの健康を気遣ったけれども、100パーセント善人というわけではない。
商機を逃しはしないぜ!
「うちの奴ときたら……いつも恥ずかしがって逃げてしまうのだ」
「左様でございますか」
「昨日、とうとう寝室を別にされてしまった。子どもが欲しいと言う割には夫婦の営みに及び腰なのだから、女心はよく分からん」
「奥様は照れておられるのかも?」
「むう。そうなのだろうか……。俺とうちの奴は幼なじみなんだ。兄妹のように育ったから、男女の仲になって戸惑っているのかもしれんな」
ギルの目の下には、クマができている。だいぶお疲れのようだ。商都ゲルトシュタットには富を求めて世界各地から荒くれ者がやって来る。犯罪が絶えない街を守るのはさぞ大変なことだろう。
ギル、同情するぜ。
夜はせめて、奥さんと仲良くしたいよな。
男ってやつは、仕事で疲弊するとお疲れマラになる。ぐったりしているはずなのに、アソコだけが元気になるのだ。危機感を覚えると、人間は種を残そうとするものらしい。
前世でも今生でも、俺はお疲れマラを経験済みである。
ギルもおそらく、お疲れマラに違いない。そういうギラギラ感が、奥さんからすると怖いのかも。
でも、赤ちゃんは欲しいんだろ?
だったら、女性側が積極的になっちゃえばいいじゃねーか!
「ご夫婦の未来のために、弊社のラブポーションをどうぞ」
「む。うちの騎士団は王立研究所と契約している。勤務中にアルセーディア社の製品を買うわけには……」
「試供品を差し上げるだけですよ。そのぐらい、いいでしょう?」
俺はラブポーションが1回分だけ入った瓶を渡した。小さなそれを受け取ると、ギルは懐にサッと隠した。
ギルがゴクリと喉を鳴らす。
「夜が楽しみですね、騎士様」
「貴様に弱みを握られてしまったな……」
「ふふっ」
「稲妻のギルと呼ばれるこの俺に営業をかけるとは。したたかな男だ」
「売り上げ一番の販売員を目指しておりますから」
ラブポーションの効果に満足すれば、ギルは個人的にわが社の商品を買ってくれるに違いない。
もう一人の門番も、興味深そうにチラチラ視線を送ってくる。
「誰にも言うなよ」
「それはもちろん」
「ティノ、お待たせ」
秘密の会話を締め括った時、リヒターが正門の前に戻ってきた。
その表情は晴れやかである。レティを休ませることができて、満足しているらしい。非番だってのに、心が広いなあ。
おーおー。
俺を見つめる綺麗なお目々が、キラキラと輝いてやがるぜ。
リヒターって、人を疑うことを知らなそう。門番相手に抜け目なく営業活動をした俺に、人のいい笑顔を向けている。
「さあ、俺の家に行こうか」
「お時間をいただき、ありがとうございます」
「大きな屋敷ではない。期待しないでくれ」
リヒターが照れくさそうに微笑む。
どうせ謙遜だろ。イケメンパワーで莫大な財産を築き上げて、豪邸に住んでいるに違いない。
笑顔とトークで魅了して、リヒターの財布の紐をガバガバにしてやる!
俺は軽やかな足どりでリヒターの後ろをついて行った。
武骨な建物だな。装飾のたぐいは一切ない。
外壁は高く、敷地内の様子を隠している。そりゃあそうか。黄金騎士団は街をうろついているゴロツキたちと敵対関係にある。そう易々と手の内を晒すわけにはいかない。
「団長!」
「お疲れ様です」
二人の門番がリヒターを見て、嬉しそうな声を上げた。
「おや、レティ様を保護されたのですか」
「広場に遊びに行ったら、レティが暴れていたんだ」
「団長、今日は非番なのに。つくづく苦労性ですなあ」
「慣れているよ」
屈強な体つきをした門番たちが、リヒターに頭を下げる。リヒターは慣れた仕草で彼らに顔を上げるように促した。
「ん?」
門番たちは、リヒターの影から姿を現した俺に鋭い視線を突きつけた。
「その者は……? アルセーディア社の販売員じゃないですか」
「通してやってくれ。彼はレティの命の恩人だ」
「恩人って……。こやつはポーションの売人ですぞ。嬉々としてレティ様にポーションを売りつけたのでは?」
「ギルよ。ティノはそんなことをする男ではない」
「ふむ。いずれにせよ、民間人に騎士団の敷地を歩かせるわけにはいきません」
入り口で押し問答をしているうちに、レティが起きてしまうかもしれない。リヒターはそう判断したのだろう。それ以上反論しなかった。
「ティノ。しばしここで待っていてくれ。俺はひとまず、レティを救護室に連れて行く。その後、俺の家にきみを案内したい」
「かしこまりました」
リヒターの姿が消えると、ギルと呼ばれた門番がずいと身を乗り出してきた。
悪い人じゃないんだろうけど、顔面の迫力がハンパない。
ギルは結婚指輪をしていた。
英雄色を好むということで、騎士団の皆さまはアチラの方がお盛んだと聞く。結婚指輪をしていたら、思いきり遊べないだろう。
ギルはかなりの愛妻家のようだ。
「販売員よ。その……アルセーディア社の商品の噂はかねてより聞いておるぞ」
「それは光栄です。騎士様、わが社のポーションがご入用でしょうか?」
「いや、違う。俺は……怪しいポーションなどいらん」
怪しいポーションだって?
ふーん。そういうことか。
「……奥様が閨事に消極的でいらっしゃるのですね?」
これは賭けだ。
商人ごときが騎士様の夫婦生活について尋ねるのは、非常にリスキーである。一歩間違えば不敬罪で処されるかもしれない。
「ぐっ。いきなり、何を……」
「女性のためらいを吹き飛ばすラブポーション。無色透明なそれを飲み物に一滴垂らせば、効果は絶大ですよ?」
「なんだって……!」
よしよし、食いついてきた。
確かに俺はポーション中毒者のレティの健康を気遣ったけれども、100パーセント善人というわけではない。
商機を逃しはしないぜ!
「うちの奴ときたら……いつも恥ずかしがって逃げてしまうのだ」
「左様でございますか」
「昨日、とうとう寝室を別にされてしまった。子どもが欲しいと言う割には夫婦の営みに及び腰なのだから、女心はよく分からん」
「奥様は照れておられるのかも?」
「むう。そうなのだろうか……。俺とうちの奴は幼なじみなんだ。兄妹のように育ったから、男女の仲になって戸惑っているのかもしれんな」
ギルの目の下には、クマができている。だいぶお疲れのようだ。商都ゲルトシュタットには富を求めて世界各地から荒くれ者がやって来る。犯罪が絶えない街を守るのはさぞ大変なことだろう。
ギル、同情するぜ。
夜はせめて、奥さんと仲良くしたいよな。
男ってやつは、仕事で疲弊するとお疲れマラになる。ぐったりしているはずなのに、アソコだけが元気になるのだ。危機感を覚えると、人間は種を残そうとするものらしい。
前世でも今生でも、俺はお疲れマラを経験済みである。
ギルもおそらく、お疲れマラに違いない。そういうギラギラ感が、奥さんからすると怖いのかも。
でも、赤ちゃんは欲しいんだろ?
だったら、女性側が積極的になっちゃえばいいじゃねーか!
「ご夫婦の未来のために、弊社のラブポーションをどうぞ」
「む。うちの騎士団は王立研究所と契約している。勤務中にアルセーディア社の製品を買うわけには……」
「試供品を差し上げるだけですよ。そのぐらい、いいでしょう?」
俺はラブポーションが1回分だけ入った瓶を渡した。小さなそれを受け取ると、ギルは懐にサッと隠した。
ギルがゴクリと喉を鳴らす。
「夜が楽しみですね、騎士様」
「貴様に弱みを握られてしまったな……」
「ふふっ」
「稲妻のギルと呼ばれるこの俺に営業をかけるとは。したたかな男だ」
「売り上げ一番の販売員を目指しておりますから」
ラブポーションの効果に満足すれば、ギルは個人的にわが社の商品を買ってくれるに違いない。
もう一人の門番も、興味深そうにチラチラ視線を送ってくる。
「誰にも言うなよ」
「それはもちろん」
「ティノ、お待たせ」
秘密の会話を締め括った時、リヒターが正門の前に戻ってきた。
その表情は晴れやかである。レティを休ませることができて、満足しているらしい。非番だってのに、心が広いなあ。
おーおー。
俺を見つめる綺麗なお目々が、キラキラと輝いてやがるぜ。
リヒターって、人を疑うことを知らなそう。門番相手に抜け目なく営業活動をした俺に、人のいい笑顔を向けている。
「さあ、俺の家に行こうか」
「お時間をいただき、ありがとうございます」
「大きな屋敷ではない。期待しないでくれ」
リヒターが照れくさそうに微笑む。
どうせ謙遜だろ。イケメンパワーで莫大な財産を築き上げて、豪邸に住んでいるに違いない。
笑顔とトークで魅了して、リヒターの財布の紐をガバガバにしてやる!
俺は軽やかな足どりでリヒターの後ろをついて行った。
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