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第2話 販売員デビュー、初日から大ピンチ!
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金色の太陽が、商都ゲルトシュタットを照らしている。
季節は初秋。海辺から届く風は軽やかで、過ごしやすかった。
━━仕事が成功しますように!
俺は意気揚々として、目抜き通りを歩き出した。目指すは黄金騎士団の詰め所である。
新規契約、絶対に取ってやるからな!
「あら、あの制服。アルセーディア社の販売員よね?」
「高級ポーション、欲しいなあ。おーい、お兄さん。まけてくれよ!」
冒険者風のグループが俺に手を振ってきた。
俺は笑顔で手を振り返した。
残念ながら、彼らの装備は儲かっていない冒険者のそれであった。わが社の商品に手が届くとは思えない。
でも将来、彼らはうちの顧客になるかもしれん。
ここは暗黒大陸。
危険度は高いが、でっかいクエストに成功すれば一夜にして大金持ちになれる場所だ。
純白のシャツに、臙脂色のベスト。それに、グレーのスラックス。
アルセーディア社の制服を着ている限り、どんな相手にも冷たい態度は取れない。販売員は歩く広告塔だ。
「安いよ、安いよ!」
「二個買えば、もう一個おまけするぜーっ!」
目抜き通りに、露天商たちの呼び込み合戦が絶えることはなかった。さすがは強欲の神マンモニウスによって作られた商都ゲルトシュタットだ。人々はみな、欲望をたぎらせている。
「あーっ! ポーション販売のお兄さんだーっ!」
「おこづかいちょうだい!」
「また今度ね」
物乞いの子どもたちを笑顔であしらう。
ただ歩いているだけなのに、周囲から視線を感じる。アルセーディア社の高級ポーションは、人々の羨望の的なのだ。
露天商とその客、通行人。視線が合えば、俺は誰に対しても微笑みを向けた。
ふう。
若干の疲れを感じる。これが感情労働ってやつか。
でも、この道を選んだのは俺だからな。可愛い妹を助けるためなら、苦労なんてなんのその。
「夜、元気になれるポーションもあんのかい」
「ひひひっ」
道中、下品な酔っ払いたちに絡まれそうになったが、俺は群衆に紛れ込み、さっとかわした。
アルセーディア社って、人々からここまで認知されているのか。実地に出てみて初めて分かった。
研修では、「いつでもどこでも誰にでも、好印象を与えろ」と言われた。俺は明るい笑顔のお兄さんという仮面を被り続けた。
本当の俺は、部屋でひとり、絵を描いている方が好きな根暗なんだけどな。
「アルセーディア社のポーションね? 素敵。一本くれないかしら?」
噴水がある広場に足を踏み入れた時、前方からふらりと痩せた女性が近づいてきた。
灰色のローブの袖口は、鮮やかな刺繍で縁取られている。あれって確か、ただの装飾じゃなくて、魔力が込められた模様だよな。
この女性は魔法使いのようだ。
くすんだ肌に、目の下のクマ。どうにもお疲れのようである。せっかくの美人さんが台無しだ。
「ねえ、ちょうだいよ。おたくのポーション! 強くて、眠気がぶっ飛ぶようなやつをさぁ!」
「お客様。弊社の商品に興味を持っていただき、ありがとうございます。ですが、疲労回復には睡眠が一番、効果があるかと存じます」
「はぁ? 販売員ごときが、口ごたえすんのかよ、あぁん? あたしはなあ。王立研究所の研究員なんだよ! 新しい魔法方程式を考えなきゃいけないの。昼寝なんかしてられるか! ポーションをおよこしっ!!」
俺に向かって、魔法使いが痩せた手を伸ばす。
「おっと!」
相手がフラフラだったので、俺の運動神経でも何とかかわすことができた。
危ないな。
ポーションはガラス瓶に入ってるから、割れたら大変だっつうの。俺は重たいカバンを抱えながら、ため息をついた。
「あたしの言うこと聞きなさいよ!」
今度はパンチかよ。物騒な女だな。
それにしても、このお姉さん……。魔法使いなのに拳を突き出してくるとは。本当に切羽詰まってんなぁ。
「出たな、ポーション中毒のレティ」
「また暴れてら。ははっ」
「販売員のお兄ちゃん、大変だねぇ」
野次馬が笑い声を上げる。
この魔法使いはポーション中毒なのか。それは聞き捨てならない。この人にポーションを売ったら絶対にダメだ。
俺は守銭奴である。心の底からカネを愛している。
しかし人として、可哀想な女性を犠牲にすることは断じてできない。
「お客様、どうか落ち着いてください!」
「うるさいっ! あたしにはポーションが必要なんだよっ! 他の研究員を上回る魔法方程式を見つけて、研究所のトップになるんだからっ!」
前世にもいたなあ。
会社のデスクにエナジードリンクの空き缶を何本も並べていたワーカホリックが。
俺は過労死なんて悲劇、なくなればいいと思っている。毅然とした態度で魔法使いの要求を拒む。
「ねえ……、お願いよぉっ」
「お客様……」
ああ、もう。
このお姉さんときたら。顔が真っ青じゃないか!
「お客様。お体を痛めつけるのは、およしになってください!」
「きいぃっ! 余計なお世話よ! ポーションをおよこしッ!!」
半狂乱になった魔法使いの痩身を支えようとしたその時、横から何者かが手を伸ばした。
「もうよせ、レティ」
颯爽と現れたのは、金髪碧眼の美男だった。
季節は初秋。海辺から届く風は軽やかで、過ごしやすかった。
━━仕事が成功しますように!
俺は意気揚々として、目抜き通りを歩き出した。目指すは黄金騎士団の詰め所である。
新規契約、絶対に取ってやるからな!
「あら、あの制服。アルセーディア社の販売員よね?」
「高級ポーション、欲しいなあ。おーい、お兄さん。まけてくれよ!」
冒険者風のグループが俺に手を振ってきた。
俺は笑顔で手を振り返した。
残念ながら、彼らの装備は儲かっていない冒険者のそれであった。わが社の商品に手が届くとは思えない。
でも将来、彼らはうちの顧客になるかもしれん。
ここは暗黒大陸。
危険度は高いが、でっかいクエストに成功すれば一夜にして大金持ちになれる場所だ。
純白のシャツに、臙脂色のベスト。それに、グレーのスラックス。
アルセーディア社の制服を着ている限り、どんな相手にも冷たい態度は取れない。販売員は歩く広告塔だ。
「安いよ、安いよ!」
「二個買えば、もう一個おまけするぜーっ!」
目抜き通りに、露天商たちの呼び込み合戦が絶えることはなかった。さすがは強欲の神マンモニウスによって作られた商都ゲルトシュタットだ。人々はみな、欲望をたぎらせている。
「あーっ! ポーション販売のお兄さんだーっ!」
「おこづかいちょうだい!」
「また今度ね」
物乞いの子どもたちを笑顔であしらう。
ただ歩いているだけなのに、周囲から視線を感じる。アルセーディア社の高級ポーションは、人々の羨望の的なのだ。
露天商とその客、通行人。視線が合えば、俺は誰に対しても微笑みを向けた。
ふう。
若干の疲れを感じる。これが感情労働ってやつか。
でも、この道を選んだのは俺だからな。可愛い妹を助けるためなら、苦労なんてなんのその。
「夜、元気になれるポーションもあんのかい」
「ひひひっ」
道中、下品な酔っ払いたちに絡まれそうになったが、俺は群衆に紛れ込み、さっとかわした。
アルセーディア社って、人々からここまで認知されているのか。実地に出てみて初めて分かった。
研修では、「いつでもどこでも誰にでも、好印象を与えろ」と言われた。俺は明るい笑顔のお兄さんという仮面を被り続けた。
本当の俺は、部屋でひとり、絵を描いている方が好きな根暗なんだけどな。
「アルセーディア社のポーションね? 素敵。一本くれないかしら?」
噴水がある広場に足を踏み入れた時、前方からふらりと痩せた女性が近づいてきた。
灰色のローブの袖口は、鮮やかな刺繍で縁取られている。あれって確か、ただの装飾じゃなくて、魔力が込められた模様だよな。
この女性は魔法使いのようだ。
くすんだ肌に、目の下のクマ。どうにもお疲れのようである。せっかくの美人さんが台無しだ。
「ねえ、ちょうだいよ。おたくのポーション! 強くて、眠気がぶっ飛ぶようなやつをさぁ!」
「お客様。弊社の商品に興味を持っていただき、ありがとうございます。ですが、疲労回復には睡眠が一番、効果があるかと存じます」
「はぁ? 販売員ごときが、口ごたえすんのかよ、あぁん? あたしはなあ。王立研究所の研究員なんだよ! 新しい魔法方程式を考えなきゃいけないの。昼寝なんかしてられるか! ポーションをおよこしっ!!」
俺に向かって、魔法使いが痩せた手を伸ばす。
「おっと!」
相手がフラフラだったので、俺の運動神経でも何とかかわすことができた。
危ないな。
ポーションはガラス瓶に入ってるから、割れたら大変だっつうの。俺は重たいカバンを抱えながら、ため息をついた。
「あたしの言うこと聞きなさいよ!」
今度はパンチかよ。物騒な女だな。
それにしても、このお姉さん……。魔法使いなのに拳を突き出してくるとは。本当に切羽詰まってんなぁ。
「出たな、ポーション中毒のレティ」
「また暴れてら。ははっ」
「販売員のお兄ちゃん、大変だねぇ」
野次馬が笑い声を上げる。
この魔法使いはポーション中毒なのか。それは聞き捨てならない。この人にポーションを売ったら絶対にダメだ。
俺は守銭奴である。心の底からカネを愛している。
しかし人として、可哀想な女性を犠牲にすることは断じてできない。
「お客様、どうか落ち着いてください!」
「うるさいっ! あたしにはポーションが必要なんだよっ! 他の研究員を上回る魔法方程式を見つけて、研究所のトップになるんだからっ!」
前世にもいたなあ。
会社のデスクにエナジードリンクの空き缶を何本も並べていたワーカホリックが。
俺は過労死なんて悲劇、なくなればいいと思っている。毅然とした態度で魔法使いの要求を拒む。
「ねえ……、お願いよぉっ」
「お客様……」
ああ、もう。
このお姉さんときたら。顔が真っ青じゃないか!
「お客様。お体を痛めつけるのは、およしになってください!」
「きいぃっ! 余計なお世話よ! ポーションをおよこしッ!!」
半狂乱になった魔法使いの痩身を支えようとしたその時、横から何者かが手を伸ばした。
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