【読み切り作品】BL短編集

古井重箱

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BL営業をしていたら、相手役の俺様イケメンにガチで惚れられました

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 中原先輩のピンチヒッターとしてデビューした俺であるが、その後もちょくちょくヘルプに呼ばれた。俺は店長から黎人さんとペアを組むように指示された。黎人さんはキスはNGという俺の願いをきちんと守ってくれた。
 今日の俺たちは裸の胸を合わせ、ぎゅっと抱き合っていた。
 キスする寸前まで唇が近付いている。
 黎人さんの吐息が俺の口元をくすぐった。爽やかなミントの香りがする。苦学生だと言うけれども、黎人さんはブレスケアに気を配っているし、白いシャツにはシミひとつない。
 俺たちってお客さんからどう見えてるんだろう?
 清潔感あふれる塩顔のイケメンと、彼に憧れている平凡くんといったところかな。

「画業は順調か?」
「いやあ。教授にダメ出しされちゃって」
「俺もだよ。論理が破綻してるとか、前提が間違ってるとか毎日叱られてる」
「黎人さんって何学科なんですか?」
「哲学。もともとは理系だったんだけど、科学至上主義に疑問を抱いちゃってさ。人間の認識について論じた哲学書の方が面白くなって、文転した」

 聞けば、超難関大学の院生らしい。

「ひえぇっ。俺なんかがお話するの、恐れ多いです」
「ほらまた自分を卑下する。悠也だって絵の才能があるだろ? もっと堂々としろよ」
「俺は凡才なんで。絵画にくっついてる虫みたいなもんですよ」
「自虐のボキャブラリーは豊富なんだなあ」

 黎人さんが額と額をくっつけた。そして俺と手を繋いだ。

「オレ様パワーを送ってやる」
「分けてほしいです、切実に……」

 ピンクのランプが点灯した。この絡みに満足していただけたらしい。

「なんか、あざといぐらいの方がウケるんですね」
「そうだな」

 黎人さんが俺をベッドに押し倒す。脇腹をくすぐられたので、俺は本気で笑い声を上げた。
 このバイト、おいしいな。
 イケメンとそれっぽい営業活動をしていれば高額な日当が手に入るだなんて。

「黎人さんって、素敵な名前ですね」
「そうか? 書きづらいし、電話口で説明しづらくて困ってる。悠也って名前の響き、あんたの雰囲気に合ってるよな。柔らかくて優しい感じがする」
「俺の描く絵はえぐいですけどね」
「そうなのか? 気になる」

 時間になったので、俺たちはロッカールームに引き上げた。
 黎人さんにスマートフォンを見せる。ウェブで公開している俺のポートフォリオを眺めながら、黎人さんが「わあっ」と驚いたような声を上げた。

「なんか……意外。あんたってファンシーな絵を描くのかと思ってた」
「俺、ダークで退廃的な雰囲気が好きなんですよ」

 将来は絵で食べていきたいという夢を語っても、黎人さんは笑わなかった。真剣な表情で「そうか」とうなずいてくれた。

「人生は一度きりだからな。やれるところまで、とことんやってみろ。俺も研究者を目指して頑張るつもりだよ」
「俺たち、興味関心は全然違うけど話しやすいのって、どっちも叶えたい夢があるからですかね」
 
 俺が微笑むと、黎人さんがまぶしそうに目を細めた。ん? スマートフォンの画面設定が明るすぎたかな?

「悠也……」
「はい?」
「好きな人ができたら絶対に教えろよ」

 黎人さんって他人の色恋になんて興味がなさそうなのに、俺のことは気になるんだ。まあ、ああいう営業活動をしてるから、ガチの恋をしてたら影響が出ちゃうもんな。
 店長はこれからも俺と黎人さんのペアを売り出すつもりらしい。
 
「黎人さん、たまにはごはん行きません?」
「ごめん。食費切り詰めてて。自炊派なんだ」
「そうでしたか。それじゃあ、また!」
「うん。またな……」

 どうしたんだろう、黎人さん。
 バイトから解放されたのに、お母さんから置き去りにされた子どもみたいに寂しげな顔をしている。
 意外と、ひとりが苦手なのかな?
 お腹が鳴った。
 俺は黎人さんに手を振って、近くの定食屋に駆け込んだ。



▪️
 


 夕暮れが若葉をほの赤く照らしている。緑豊かなキャンパスを歩いていると、頭の中にイメージが浮かんだ。
 この景色が水没したらどうなるだろう?
 光が届かない水の底に立った少女の絶望を描きたい。
 俺はベンチに座ると、お絵描きアプリを立ち上げた。指先でラフスケッチをする。
 カネが欲しいと切実に思った。
 さまざまな種類の絵の具を使って、俺が求める美しくも悲しい世界を表現したい。
 アプリに没頭していると、隣にタケがやって来た。俺は親友に笑顔を向けた。
 タケは俺にラムネをくれた。

「新作? また耽美なの描くのか」
「うん。出版社の持ち込みはダメだったけどね」
「悠也って不思議だよな。ビビりのくせして、描くものはホラーテイストなんだから」
「本当に美しいものってさ。恐怖という感情と隣り合わせだと思うんだよね」

 俺の原風景は視界を埋め尽くす桜並木だ。俺の故郷は全国的に知られた桜の名所である。青ざめたピンク色の花びらが風に吹かれて儚く散っていく姿を毎年見て育ったからだろう。俺は翳りのある作品が大好きである。
 商業美術の世界では需要があまりなさそうだ。
 でも、俺は夢を見ている。いつか、白馬に乗ったキュレーターが俺の個展にやって来て、「今度うちの美術館に出品しませんか?」と声をかけてくれるかもしれない。
 タケと喋っていると、スマホに着信が入った。
 番号を見ると、『ハレハレ』からだった。俺はタケに手を振って、ベンチから離れた。ひと気のない緑地に立ち、通話ボタンを押す。

『悠也? 黎人だけど、今日来られるか?』
「今からだとナイトタイムじゃないですか。ナイトタイムってその……自慰したりするんでしょ」
『店長はいつもの絡み方でいいと言っている。ボーナスも出るってさ』

 知らないキャストと組むのは怖いが、黎人さんだったら妙なことにはならないだろう。俺は『ハレハレ』に行くことにした。



▪️

 

 プレイルームに入った俺は度肝を抜かれた。
 マジックミラーがある側から見て正面の壁に、ゲイビデオが映し出されている。いや、違うな。この手ブレ感と画像の荒さはハメ撮りか? カメラワークも何もあったもんじゃない。
 ただし、ぼかすべきところには修正が入っていた。見られることを前提で撮った素人動画といったところかな。
 映像の中の男たちは四肢を絡めては濃厚なキスを交わしている。

「悠也、よく来たな。助かったぜ」
「あの、この映像って……」
「キャスト同士で付き合ってるカップルがいてさ。彼らのプライベート映像だよ」

 俺たちがオナニーショーをしない代わりに店長がエロ画像を流してくれたらしい。
 さてどうしようと思っていると、黎人さんが顔を近づけてきた。 

「体に触るけどいいか?」
「はい」
「じゃあベッドに行こうか。横になって」
「分かりました」

 俺は言われたとおり、ベッドに身を横たえた。
 黎人さんの角張った手が俺のへその周りを這い回る。そのあと、黎人さんがシャツ越しに俺の胸元に触れた。俺は女の子じゃないから、乳首を触れられてもなんとも思わない。でもちょっとは感じてるように見せた方がいいのかな。
 俺は腰をくねらせた。

「……リアクション、上手くなってきたな」
「黎人さん。天井のランプが点灯しました。青色です」
「お客さんは物足りないのか」

 俺たちは互いにシャツを脱がせ合った。そして、唇が触れる寸前まで顔を近づけた。

「悠也。太もも撫でてもいい?」
「どうぞ」

 俺はマグロのように横たわっていればいいので楽である。
 黎人さんの手のひらが俺の太ももの輪郭を確かめるように粘っこく動いたが、俺は特に何も感じなかった。イケメンとはいえ、相手は男だからな。
 
「胸に触るぞ」
「はい……」

 手のひらで胸元をさすられたが、特に性感は湧いてこない。

「もうちょっと恥じらってみせて」
「こうですか……?」

 体をもぞもぞと動かす。声も出した方が演じやすいので、俺は「いやだ……っ」とか、「ダメっ」とつぶやいた。黎人さんの視線が熱を帯びていく。こうしていると本当に俺たちは恋人同士で、前戯をしているかのようだ。
 俺は黎人さんの首に抱きついた。

「いいぞ、悠也。すごく可愛い」

 黎人さんが甘い声で囁く。
 渾身の演技を褒められるのは悪い気がしなかった。俺は腹を撫でられながら、身をよじらせた。お客さんがエッチな妄想に浸っているのならば、キャストの俺はそのファンタジーを煽る必要がある。
 俺はわざと黎人さんの腕の中から逃げた。快感を前に戸惑う姿の方が興奮するだろ? 黎人さんは俺を後ろから抱きしめると、耳元でほうっと感心したように息を吐いた。

「悠也、すげぇな。初日はチキン野郎だと思ったけど、なかなかやるじゃねーか」
「俺、このバイトを通して自分の殻を破りたいんで」
「助かるぜ。ありがとな」
「よしてください」

 俺たちは体をくっつけながら、とめどなく流れるエロ画像を眺めた。
 男同士のラブシーンも見慣れてくるとなかなか色っぽいものである。俺が映像に見入っていると、黎人さんが微笑んだ。

「勃ちそう?」
「まさか」
「……だよな」

 黎人さんも反応している気配はない。俺たちは微笑みを交わした。「ちょっといいか」と断ったあと、黎人さんは俺の背後に回った。そして、後ろから俺の上半身に手を這わせた。

「ナイトタイムだから、一応」
「いいですよ。減るもんじゃないし」
「あんたって腹くくると大胆になるんだな」

 黎人さんが俺の耳たぶに軽く唇をつけた。
 さすがに感じてしまう。俺は演技ではなく、本気で身をよじらせた。

「嫌だった?」
「……逆です。なんか、よすぎて……変な感じです」
 
 唇って男も女も似たような感触なのかな。黎人さんの吐息からはミントの香りがした。
 それにしても、黎人さんの体つきは素晴らしい。

「何かスポーツをやってるんですか?」
「草野球」
「もしかして小中高と野球部だった?」
「ああ」

 坊主頭の黎人さんはキリッとした球児だったに違いない。
 俺はバイト中であることも忘れて、黎人さんの綺麗に隆起した胸板に見入った。

「黎人さん、有償モデルの話、本格的に進めてもいいですか」
「ああ。いいぜ」
「背筋も見たいな」

 今度は俺が黎人さんの背中に回り込む。なんて美しいフォルムなんだろう。俺は思わず肩甲骨に触れたくなった。

「俺の背中に抱きつけ。青ランプを消すぞ」
「はい」

 俺が黎人さんの腰に手を回すと、青いランプの代わりにピンクのランプが点灯した。

「よかった……!」
「あとで連絡先教えてください」

 俺たちは時間になるまで抱き合った。
 素肌と素肌を密着させていると、お互いを隔てている境界線が溶けていくような心地になった。
 このままカップルに発展しちゃう人たちがいるのも分かる。
 人肌は危険だ。
 俺はロッカールームに引き上げたあとは、黎人さんと最低限の会話しか交わさなかった。



▪️



 後日、アパートの自室に案内すると、黎人さんに驚かれた。

「整理整頓が行き届いている……」
「絵描きの部屋って乱雑なイメージがありますか? 実際は大きめのキャンバスを置けるように、極力綺麗にしてるもんですよ」

 黎人さんは俺に手土産をくれた。俺でも知っている老舗のモナカだった。

「気を遣わせてしまいましたね」
「学校のそばにあるから、その店」
「じゃあ、早速ですけど……いいですか」
「うん」

 返事をするや否や、黎人さんはシャツを脱ぎ去った。そして惚れ惚れするような肉体を惜しみなく晒した。

「エアコンつけますか? 寒くありません?」
「平気だ」

 俺はスケッチブックに鉛筆を走らせた。
 黎人さんにとってもらいたいポーズはたくさんあった。時間がものすごいスピードで溶けていく。
 モデルを長時間拘束するのは適切ではない。俺は黎人さんにペットボトルのお茶を渡した。ふたりでモナカをかじる。

「悠也は昔から絵が得意だったんだろ?」
「俺にはこれしかないって感じでした」
「漫画やイラストじゃなくアートがやりたいんだな、あんたは」
「狭き門ですけどね」
「俺が目指してる研究者も似たようなもんだよ」

 黎人さんは俺のポートフォリオを熱心に眺めている。

「この中で好きな絵ってあります?」
「桜が乱舞してる作品がすごいな。凄絶な美しさだ」
「ちょっと怖いでしょ」
「ああ」
「そう思ってもらえるように配色とか意識してるんです」

 俺の話ばかり聞いてもらうのも気が引ける。

「せっかくの機会だし、黎人さんの話も聞きたいな」
「そうか?」
「哲学って面白いですか」
「一生ものの学問だ。己の老いですら省察の対象になる」

 哲学について語る時、黎人さんの声は情熱を帯びる。俺はそれが好ましくて、話に聞き入った。
 いつしかカーテン越しに夕陽が差し込んできたので、俺は黎人さんに謝金を払った。

「こんなに貰えるのか?」
「相場どおりです」
「今度からは友情価格でいいぜ」
「いえ。そういうのはよくありません。ちゃんと払います」
「……悠也って不思議。ボーッとしてるのかなと思うとちゃんと自分の意見があるし、流されやすそうに見えて潔癖だし」
「黎人さんはいっつも堂々としてますね」
「俺は自分大好き人間だから」

 そう言い切れる黎人さんはすごい。
 黎人さんを駅まで見送ったあと、アパートに戻った。
 俺が描き出した黎人さんは少し寂しそうな表情をしていた。夢中で鉛筆を走らせていたから分からなかったけど、俺の絵描きとしての目は彼の佇まいに孤独を感じたらしい。
 よく描けた一枚を俺はスマホで撮影した。黎人さんに画像を送信する。
 既読がすぐについたけど、反応は薄かった。「すごいな。俺じゃないみたいだ」という短いメッセージを眺める。
 さっき会ったばかりなのに、もう黎人さんが恋しくなっている。
 俺、ちょっとあの人に入れ込みすぎだな。
 心が持っていかれた状態で素肌に触れられたら、俺は黎人さんに本気で惚れてしまいそうだ。
 俺はお笑い動画を見て、気分を切り替えた。
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