【読み切り作品】BL短編集

古井重箱

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死神はウイスキーボンボンを食べない

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 まだバレンタインデーなるものが世間に知られていなかった時代。
 僕とタイガ、いや桜木大河は陸軍士官学校に通っていた。僕は梅森眞五郎という名前だった。「シンゴロウは長くて呼びづらい」と言って、大河は僕のことをシンと呼んでいた。
 僕たちの実力は伯仲しており、護国の双璧と称されていた。教官も仲間も、僕たちにこの国の未来を期待していた。
 でも僕と大河は……。

『梅森と桜木は今日も仲がいい』
『ウメとサクラだからかな』

 友人にからかわれるたび僕たちはうつむいた。僕と大河は愛し合っていた。ひと目のないところで抱き合っては、秘密の口づけを交わしていた。
 心中を持ちかけたのは僕の方からだった。大河に婚約の話が浮上した矢先のことだった。

『僕を愛してるのならば、一緒に死ねるよね?』

 血走った目の僕を見ても大河は逃げなかった。僕が突きつけた言葉を受け入れた。
 そして2月14日、僕たちは入水した。

「タイガ……。僕は……きみの未来を奪った。きみの家族や友人、それに婚約者からきみという人を奪った。それなのに何十年ものあいだそのことを思い出さず、きみにひどいことばかり言っていた」
「……シン。いいんだよ。忘れてたんだから」
「忘れてたんじゃない。思い出したくなかったんだ。僕は恋に負けて、きみを殺めた。僕は自分の愚かさや醜さから、目を遠ざけていたんだ」

 僕に涙を流す資格などない。
 タイガに向かって土下座をする。

「僕の魂を狩ってくれ」
「それはできない」
「僕は罪人だ。地獄で罪を償うべきだ」
「……シン。どんな形であっても俺はおまえといたいよ」

 僕の体を引き上げると、タイガは僕の腰に腕を回した。

「あれは不幸な時代の出来事だった。見ろよ、今は男同士だって手を繋いで歩いている」

 タイガは望遠の術で、豪奢な広間を映した。ここはホテルの一室だろうか。白いタキシードを着た二人の男性が幸せそうに微笑みながら、ウェディングケーキに入刀をしていた。集まった人々は二人を心から祝福しているようだった。

「すごいよな、結婚式だって挙げられるんだぜ? もし今の時代、俺とおまえが生きていたとしたら、ああやってみんなから祝福されていただろうな」
「シン……。僕はどうしたらいい?」
「俺と生きてくれ。冥王の使い走りではなく、俺のシンとして、もっと感情を表に出してほしい」
「……難しいよ」
「簡単さ。感じたことを素直に外に出せばいい。ほら、行くぞ」

 シンが僕の手を引いた。
 僕はシンとともに、デパートのドアをくぐった。

「すごいなあ。チョコレートがいっぱいだ」

 タイガの言うとおり、デパートの特設会場には趣向を凝らしたチョコレートが売られていた。女性客だけでなく、僕たちのような男同士の二人連れの姿もあった。確かに時代は変わったのだろう。

「シンはどれがいい?」
「甘くないやつ」
「じゃあ、このハイカカオ・チョコレートをください。あと、そっちのウイスキーボンボンとプラリネも」
「あんまり食べると鼻血が出るぞ」
「大丈夫だ。甘味は俺の友達だ」

 タイガはチョコレートボックスが入った紙袋を受け取ると、僕の耳元で囁いた。

「よし。いよいよホテルに行くぞ。ダブルだけど、本当に後悔しないな?」
「くどいぞ。大和男児に二言はない」
「シンのそういう潔いところが、俺は大好きだよ」

 タイガが僕の手を握る。
 銀座のような繁華街をタイガと手を繋いで堂々と歩けるだなんて、感慨深い。泣きそうになった僕の頬に、タイガがちゅっと口づけた。

「接吻はやりすぎだ!」
「そうだな。シンの可愛い反応は全部、俺がひとり占めしたい」
「……僕は可愛くなんか」
「気が強くて、いっつも背筋がピッと伸びてて、瞳が冴え渡ってるおまえ以上に可愛い人なんて、この世にもあの世にもいないよ。愛してる、シン」
「その返事は……ホテルに行ってからでも構わないか」

 タイガがこくりと頷いた。



◇◇◇



 ダブルの部屋とは、一つのベッドを二人で使うものだったらしい。
 僕はでんと置かれたベッドを前にして大いに狼狽した。

「タイガ。僕は床で寝る」
「おまえさあ。今からセックスする流れだって分かってる?」
「せっ、……!? そんなこと口にするな!」
「おいおい。これから、もっといやらしいことを言わせるんだぞ?」

 前世で僕とタイガは体をつなげたことがない。だから、すべては未知の領域である。タイガはいざという時が来ることを信じて、知識を蓄えていたそうだ。タイガはドラッグストアに立ち寄り、浣腸とローション、そしてコンドームなるものを準備した。いずれも男同士の交合には必要なものらしい。

「ちょっと腹が張るけど我慢してくれよ」
「うん……」

 僕はタイガの指示に従って、トイレで浣腸を済ませた。確かにお腹が苦しくなったけれども、前世で僕がタイガに与えた苦痛に比べたら軽いものである。
 あとはシャワーを浴びないといけない。
 今はタイガがお湯を使っている。僕はどんな顔をして待てばいいのか分からず、枕を抱きしめた。
 ドキドキとうるさい胸の音を持て余していると、タイガが部屋に戻ってきた。腰にタオルを巻いただけの格好である。筋肉の美しい凹凸を目の当たりにして、僕は思わずごくりと喉を鳴らしてしまった。

「お待たせ。次、どうぞ」
「うん……」
「なんだよ。おまえ、ホテルに来てから『うん』ばっかり言ってるな。いつもそうやって素直だといいのに」
「タイガ。僕と本当に致したいのか……?」
「そのために死神にまでなったんじゃねぇか。俺は輪廻転生ではなく、冥王の眷属になることを選んだ。おまえがそうしたからな」
「僕はタイガをずっと縛りつけてたんだね。僕を殴ってくれ」
「いいぜ」

 タイガは僕の頬をぺちっと叩いたあと、口づけをした。
 はじめは浅く交わっていたのに、タイガが顔の角度を変えた。舌と舌まで絡め合う濃密な口吸いへと変わる。こんな深い口づけは前世ではしたことがなかった。僕は息苦しさを覚えながらも、タイガの舌を夢中で吸った。

「んっ、は……っ。さっきのは、殴るとは言わないんじゃないのか?」
「俺の大好きな顔にひどい真似できるかよ」
「顔だけか? 僕を好いている理由は」
「他にもいっぱいあるってば。……とりわけ、おまえの凛としたまなざしが好きだ」

 タイガが僕をベッドに押し倒す。
 体を横たえながら交わす口づけに僕は興奮した。でもシャワーを浴びないといけない。

「タイガ。僕にも湯を使わせてくれ」
「おお、すまん。がっついてしまった」
「……行ってくる」

 浴室に入った僕は、シャワーを浴びた。
 温かなお湯が肌を滑っていく。その心地よさに息を吐いたあと、僕はシャワーの温度を切り替えた。冷水を頭からかぶる。
 僕はタイガに入水するよう強いた。
 寒かっただろう。怖かっただろう。父母や友との別れはさぞ辛かっただろう。
 僕は許されてはいけないんだ。
 冷水が流れる音が浴室に響く。僕が後悔に沈んでいると、タイガが浴室に入ってきた。

「やると思った」

 タイガは僕の体を抱きしめた。タイガのぬくもりを受け取って、僕は肌が輝くような喜びを感じた。

「僕はきみを殺めた罪人だ。僕を許さないでくれ」
「シン。俺はおまえを選んだんだよ。心中は二人でやったことだろう?」
「タイガ。もっと怒ってくれ」
「怒ってるさ。おまえがちっとも幸せになろうとしないから」

 タイガがシャワーの温度を上げた。そして、お湯を僕の体に浴びせた。シャワーのお湯に紛れて、僕の涙が排水溝に吸い込まれていく。タイガはしゃくり上げる僕の体のあちこちに優しいキスを落とした。

「これは命令だ。俺の愛を受け取れ」
「タイガ……」
「さあ、そろそろいいか? 俺はもう……我慢できないよ」
「あ……っ」

 タイガの雄蕊ゆうずいは、男らしくそそり立っていた。
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