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死神はウイスキーボンボンを食べない
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翌日のことである。
「シン。下界のホテル、ツインは全滅だった。ダブルしか空いてなかった」
冥府にある死神の宿舎で死神の鎌を磨いていると、タイガがやって来た。足音がやかましいからすぐに彼だと分かった。気分はすっかり回復したらしい。僕は微笑みを浮かべた。
「おまえ、ダブルでも構わないか?」
「ダブルというものはツインとどう違うんだ?」
「それは……」
「僕は下界の事情に疎い。きみに任せる」
「いいんだな、本当に」
タイガはしつこいほどに念を押した。僕はダブルだろうとツインだろうと部屋さえあれば構わないので、タイガに任せることにした。
望遠の術で下界の様子を探る。
それと同時に、傍聴の術で下界にいる人間たちの心の声を聞いた。バレンタインデーを控えた人間たちの心は、大いに揺れていた。それもそうか。チョコレートをもらえず、自分が誰からも愛されていないと痛感したら、傷つきやすい人間は落ち込んでしまうだろう。
「バレンタインデーなんて廃止すればいいのに」
「シンはロマンの分からない奴だなあ。一年に一回ぐらい、恋人のための日があっていいだろ?」
「でもそれで、死にたくなる人間が増えるんだから、こっちはたまったもんじゃない」
「そう言うなよ。心が喜怒哀楽に揺れてこそ人間じゃないか」
「タイガって、人間よりも人間くさいよね」
「だって戻りたいじゃねぇか。人間に」
僕たちは冥府の君主である、冥王によって生み出された。それなのにタイガは、「俺たちの前世は人間だった」と主張する。何を信じるかは個人の自由なので僕は放っておいている。
「なあ、シン。おまえ、本当に前世の記憶がないのか?」
「しつこいな。僕は冥王様が生み出した、冥界の使い走りだよ」
「……その認識、悲しくならねぇか。仕事のためだけに生きてるわけじゃないだろ」
「それはきみの場合だろ。僕は仕事だけでいい」
そう。
僕はいつも鉄面皮で、死者から恐れられる死神のままで構わない。人間のように感情があったら泣いたり笑ったり、忙しくて大変だ。
鎌を磨き終えると、刃の部分に僕の顔が映った。
僕の女顔はどこか寂しそうな表情を浮かべていた。
◇◇◇
バレンタインデー当日になった。
今まさに、悲恋に絶望した女性がロープに手を伸ばそうとしている。
僕は死神の鎌を振りかざして、ロープを断ち切った。
女性はその場に尻餅をついた。何が起きたか分からないという表情で虚空を見つめている。
透明の術をかけているので女性からは僕とタイガの姿は見えない。
僕は変声の術を発動させた。そして、しわがれた声で女性に警告を発した。
「そなたはまだ死ぬべきではない……」
「あなたは誰?」
「死神だ」
「お姉さん、綺麗じゃん。お姉さんの気持ちを理解してくれない男なんて放っておいてさ。もっといい人を探そうぜ! 俺、応援してるから」
タイガめ。
僕がせっかく威厳のある死神を演じたというのに、近所のあんちゃんみたいなことを言いやがって。
女性は化粧直しをすると、コンビニへと出かけていった。そして、ちょっとお高めのアイスクリームを買って、口角を少し上げた。
「そうそう。それでいいの。うまいもの食って、嫌なことは忘れな」
「ありがとう、死神さん」
「まだこっちに来ないでいいからね」
僕とタイガは次の相手を探すため、ビルの屋上で望遠の術を繰り出した。虚空に映し出されたビジョンには、平和な風景が広がっている。傍聴の術も試みたが、切羽詰まった心の叫びは特に聞こえない。
「今年は暇だね」
「バレンタインデーを取り巻く世間の空気も変わったのかねぇ」
「最近の若者は恋愛をしないって言うしね」
僕もまた、恋なんてしたことがない。
そう思った時のことだった。
僕は激しい頭痛に見舞われ、その場に膝を突いた。タイガが僕の体を支える。僕の体温は一気に冷えて、嫌な汗が噴き出てきた。
「……タイガ」
「どうした」
「思い出したよ」
「シン……!」
「僕は……前世できみを殺した」
「シン。下界のホテル、ツインは全滅だった。ダブルしか空いてなかった」
冥府にある死神の宿舎で死神の鎌を磨いていると、タイガがやって来た。足音がやかましいからすぐに彼だと分かった。気分はすっかり回復したらしい。僕は微笑みを浮かべた。
「おまえ、ダブルでも構わないか?」
「ダブルというものはツインとどう違うんだ?」
「それは……」
「僕は下界の事情に疎い。きみに任せる」
「いいんだな、本当に」
タイガはしつこいほどに念を押した。僕はダブルだろうとツインだろうと部屋さえあれば構わないので、タイガに任せることにした。
望遠の術で下界の様子を探る。
それと同時に、傍聴の術で下界にいる人間たちの心の声を聞いた。バレンタインデーを控えた人間たちの心は、大いに揺れていた。それもそうか。チョコレートをもらえず、自分が誰からも愛されていないと痛感したら、傷つきやすい人間は落ち込んでしまうだろう。
「バレンタインデーなんて廃止すればいいのに」
「シンはロマンの分からない奴だなあ。一年に一回ぐらい、恋人のための日があっていいだろ?」
「でもそれで、死にたくなる人間が増えるんだから、こっちはたまったもんじゃない」
「そう言うなよ。心が喜怒哀楽に揺れてこそ人間じゃないか」
「タイガって、人間よりも人間くさいよね」
「だって戻りたいじゃねぇか。人間に」
僕たちは冥府の君主である、冥王によって生み出された。それなのにタイガは、「俺たちの前世は人間だった」と主張する。何を信じるかは個人の自由なので僕は放っておいている。
「なあ、シン。おまえ、本当に前世の記憶がないのか?」
「しつこいな。僕は冥王様が生み出した、冥界の使い走りだよ」
「……その認識、悲しくならねぇか。仕事のためだけに生きてるわけじゃないだろ」
「それはきみの場合だろ。僕は仕事だけでいい」
そう。
僕はいつも鉄面皮で、死者から恐れられる死神のままで構わない。人間のように感情があったら泣いたり笑ったり、忙しくて大変だ。
鎌を磨き終えると、刃の部分に僕の顔が映った。
僕の女顔はどこか寂しそうな表情を浮かべていた。
◇◇◇
バレンタインデー当日になった。
今まさに、悲恋に絶望した女性がロープに手を伸ばそうとしている。
僕は死神の鎌を振りかざして、ロープを断ち切った。
女性はその場に尻餅をついた。何が起きたか分からないという表情で虚空を見つめている。
透明の術をかけているので女性からは僕とタイガの姿は見えない。
僕は変声の術を発動させた。そして、しわがれた声で女性に警告を発した。
「そなたはまだ死ぬべきではない……」
「あなたは誰?」
「死神だ」
「お姉さん、綺麗じゃん。お姉さんの気持ちを理解してくれない男なんて放っておいてさ。もっといい人を探そうぜ! 俺、応援してるから」
タイガめ。
僕がせっかく威厳のある死神を演じたというのに、近所のあんちゃんみたいなことを言いやがって。
女性は化粧直しをすると、コンビニへと出かけていった。そして、ちょっとお高めのアイスクリームを買って、口角を少し上げた。
「そうそう。それでいいの。うまいもの食って、嫌なことは忘れな」
「ありがとう、死神さん」
「まだこっちに来ないでいいからね」
僕とタイガは次の相手を探すため、ビルの屋上で望遠の術を繰り出した。虚空に映し出されたビジョンには、平和な風景が広がっている。傍聴の術も試みたが、切羽詰まった心の叫びは特に聞こえない。
「今年は暇だね」
「バレンタインデーを取り巻く世間の空気も変わったのかねぇ」
「最近の若者は恋愛をしないって言うしね」
僕もまた、恋なんてしたことがない。
そう思った時のことだった。
僕は激しい頭痛に見舞われ、その場に膝を突いた。タイガが僕の体を支える。僕の体温は一気に冷えて、嫌な汗が噴き出てきた。
「……タイガ」
「どうした」
「思い出したよ」
「シン……!」
「僕は……前世できみを殺した」
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