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門
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ああ、俺の番か。
まあ、これはほんの思い出話というか、
ちょうどこのぐらいの時期だったかな。
ええと、そうだな、お前らは日常で違和感を感じたことがあるか?
初めて見るもののはずなのに既視感を感じたり、物が置いていたはずの場所から無くなっていたりだとか。
いや、心霊現象とかそういうものに限った話ではなく。
ただ日常には違和感、説明のできない変なことっていうのは誰にでもあるものだと思うんだ。
ひょっとしたらその小さな異変が何かとんでもないことの引き金になっていた、なんてな。
まあこれはちょっと大袈裟な言い回し。
俺は無い?
それはそうかもしれないし、単に気付いていないだけかもしれない
そういう奴らは最後まで気がつかないのだろうな
まあ聞いてくれ、多分お前らはこの話を信じないだろうけれどそれでいい、その方がこっちも気が楽ではあるしな。
ほら、俺たちのバンドもまだ駆け出しの頃、リーダーが急にお前ら今すぐ宣材写真を作れだなんて無茶振りしてきただろ?
はは、リーダーもあの頃は大分尖っていたよな。
俺?俺もまあ衝動的で勝手な行動が目立っていたかもな、この頃はお互い丸くなったもんだよ
その後さ、いつもの気まぐれかとみんなで呆れて、でも従わないとそれはそれで面倒だし、良い機会だからとお前らはそこらのスタジオで適当に済ませていたよな?
ただ、俺は正直あまり乗り気じゃなかった。
まあ全部今だから言えることだけれどな、本当に。
まだ素人同然の俺がわざわざスタジオで数万も払って、たった数枚程度の写真を撮ってもらうのも馬鹿らしいしな、そこらで適当に撮るかなんて思いながら街の郊外を歩いていたんだよ。
線路沿いにトンネルがあった。
やけに雰囲気というかオーラがあるって言うのかな。
横幅は人二人分くらい、角ばった通路の狭くて小さなトンネルだった。
ここで撮ろう、俺は不意にそう思ったんだ。
人通りも一切無さそうだったし。
そりゃ、あるはずがないんだけれど。
ああ、いつ頃の話かだって?
今からちょうど一年前。
202X年の7月8日、午後5時だよ。
あれからだ、はっきりと覚えてる。
夏のそのくらいの時間はまだ日も出ているから向こう側まではっきりと見通せる、見通せるはずなんだがそれが叶わなかった。
よほど奥行きがあるのかと思った。でも違うんだよな。
よく見ると霧というか煙というか、とにかくモヤのようなもので途中から向こう側が見えない。
ふと変な好奇心に襲われたのか、そのモヤの向こう側を確かめたくなって、その時俺はいつの間にか既にトンネルの中にいた。
これは本当に無意識だったんだと思う。
入る時の記憶はないけれど確かに俺は自分の足でここまで歩いてきた、そんな感覚が芽生えた。
気味が悪いって?俺も今ではそう思うよ。
なんだろうな、不思議と不気味だとか怖いだとか、恐怖心みたいなものは一切無かったんだろうな。
とはいえ俺はいきなりの事に呆気に取られてしばらくはその場に立ち尽くしていたんだよ。
目の前には相変わらずモヤがかかっていて俺はどう言う訳かその先に進もうとしたんだ。
でも、進めなかった。体が一切動かなくなったんだよ。
なんなんだろうな、あれ、本能?多分そういうのじゃないかな。
頭ではモヤの先に行こうとするけど体が必死に抵抗している感じだった。
そしたらさ、歌が聴こえてきたんだ。
古い民謡みたいな、学がないからあれなんだけれど、お経にも似ていたと思う。
歌詞の意味は全く分からない、日本語かどうかの判別も俺にはつかない。
知らない歌だった。
俺さ、その時になってやっとしっかり怖いなって思えたんだ。
謎のトンネルも、無意識に行動する自分も、今のこの状況全てに凄まじい恐怖を感じた。
そうすると今までの体の緊張が解けてやっと本来の自分を得ることが出来た気がした。
同時に心臓は凄まじい早さでバクバクと鼓動し始めた。
そうだな、お前のシングルより早いんじゃないのかな。
はは、笑えないよな。
歌は止まなかった、一番、二番というように曲が進行していくのがはっきりと分かった。
三番に差し掛かったところでここにいたらまずい、逃げようと決心して後ろを振り返った。
ただ、何も無かった。
何も無かったんだよ、そこにあるはずの出口も、光も道も、俺がいたところは常にドス黒い闇で埋め尽くされていた。
歌は止まない。
俺は人生でこれ以上ない程の焦りと身の危険を感じていたと思う。
もし歌が終わってしまったら最悪の事態を招く、俺は直感でそう理解していた。
どうする?死ぬのか?
俺はどうなる?
焦りと恐怖で考えることすらままならない。
考えたところでなんの解決策もない。
もう1フレーズで歌が終わる。
どうすればいいのか。
どうしようもないのか。
はっと、一つのことに気がついた。
俺だ。
今まで歌っていたのはずっと俺自身だった。
なんか、馬鹿みたいな話だよな。
俺に怖いものなんてない、そんなことを豪語していた時代もあったな。
今じゃ口が裂けても言えないけれど。
場所?教えないよ。
なんとなくだけれど次行った奴はもうダメだろうから。
まあ、俺の都合
ああ、俺の番か。
まあ、これはほんの思い出話というか、
ちょうどこのぐらいの時期だったかな。
ええと、そうだな、お前らは日常で違和感を感じたことがあるか?
初めて見るもののはずなのに既視感を感じたり、物が置いていたはずの場所から無くなっていたりだとか。
いや、心霊現象とかそういうものに限った話ではなく。
ただ日常には違和感、説明のできない変なことっていうのは誰にでもあるものだと思うんだ。
ひょっとしたらその小さな異変が何かとんでもないことの引き金になっていた、なんてな。
まあこれはちょっと大袈裟な言い回し。
俺は無い?
それはそうかもしれないし、単に気付いていないだけかもしれない
そういう奴らは最後まで気がつかないのだろうな
まあ聞いてくれ、多分お前らはこの話を信じないだろうけれどそれでいい、その方がこっちも気が楽ではあるしな。
ほら、俺たちのバンドもまだ駆け出しの頃、リーダーが急にお前ら今すぐ宣材写真を作れだなんて無茶振りしてきただろ?
はは、リーダーもあの頃は大分尖っていたよな。
俺?俺もまあ衝動的で勝手な行動が目立っていたかもな、この頃はお互い丸くなったもんだよ
その後さ、いつもの気まぐれかとみんなで呆れて、でも従わないとそれはそれで面倒だし、良い機会だからとお前らはそこらのスタジオで適当に済ませていたよな?
ただ、俺は正直あまり乗り気じゃなかった。
まあ全部今だから言えることだけれどな、本当に。
まだ素人同然の俺がわざわざスタジオで数万も払って、たった数枚程度の写真を撮ってもらうのも馬鹿らしいしな、そこらで適当に撮るかなんて思いながら街の郊外を歩いていたんだよ。
線路沿いにトンネルがあった。
やけに雰囲気というかオーラがあるって言うのかな。
横幅は人二人分くらい、角ばった通路の狭くて小さなトンネルだった。
ここで撮ろう、俺は不意にそう思ったんだ。
人通りも一切無さそうだったし。
そりゃ、あるはずがないんだけれど。
ああ、いつ頃の話かだって?
今からちょうど一年前。
202X年の7月8日、午後5時だよ。
あれからだ、はっきりと覚えてる。
夏のそのくらいの時間はまだ日も出ているから向こう側まではっきりと見通せる、見通せるはずなんだがそれが叶わなかった。
よほど奥行きがあるのかと思った。でも違うんだよな。
よく見ると霧というか煙というか、とにかくモヤのようなもので途中から向こう側が見えない。
ふと変な好奇心に襲われたのか、そのモヤの向こう側を確かめたくなって、その時俺はいつの間にか既にトンネルの中にいた。
これは本当に無意識だったんだと思う。
入る時の記憶はないけれど確かに俺は自分の足でここまで歩いてきた、そんな感覚が芽生えた。
気味が悪いって?俺も今ではそう思うよ。
なんだろうな、不思議と不気味だとか怖いだとか、恐怖心みたいなものは一切無かったんだろうな。
とはいえ俺はいきなりの事に呆気に取られてしばらくはその場に立ち尽くしていたんだよ。
目の前には相変わらずモヤがかかっていて俺はどう言う訳かその先に進もうとしたんだ。
でも、進めなかった。体が一切動かなくなったんだよ。
なんなんだろうな、あれ、本能?多分そういうのじゃないかな。
頭ではモヤの先に行こうとするけど体が必死に抵抗している感じだった。
そしたらさ、歌が聴こえてきたんだ。
古い民謡みたいな、学がないからあれなんだけれど、お経にも似ていたと思う。
歌詞の意味は全く分からない、日本語かどうかの判別も俺にはつかない。
知らない歌だった。
俺さ、その時になってやっとしっかり怖いなって思えたんだ。
謎のトンネルも、無意識に行動する自分も、今のこの状況全てに凄まじい恐怖を感じた。
そうすると今までの体の緊張が解けてやっと本来の自分を得ることが出来た気がした。
同時に心臓は凄まじい早さでバクバクと鼓動し始めた。
そうだな、お前のシングルより早いんじゃないのかな。
はは、笑えないよな。
歌は止まなかった、一番、二番というように曲が進行していくのがはっきりと分かった。
三番に差し掛かったところでここにいたらまずい、逃げようと決心して後ろを振り返った。
ただ、何も無かった。
何も無かったんだよ、そこにあるはずの出口も、光も道も、俺がいたところは常にドス黒い闇で埋め尽くされていた。
歌は止まない。
俺は人生でこれ以上ない程の焦りと身の危険を感じていたと思う。
もし歌が終わってしまったら最悪の事態を招く、俺は直感でそう理解していた。
どうする?死ぬのか?
俺はどうなる?
焦りと恐怖で考えることすらままならない。
考えたところでなんの解決策もない。
もう1フレーズで歌が終わる。
どうすればいいのか。
どうしようもないのか。
はっと、一つのことに気がついた。
俺だ。
今まで歌っていたのはずっと俺自身だった。
なんか、馬鹿みたいな話だよな。
俺に怖いものなんてない、そんなことを豪語していた時代もあったな。
今じゃ口が裂けても言えないけれど。
場所?教えないよ。
なんとなくだけれど次行った奴はもうダメだろうから。
まあ、俺の都合
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