たそがれ色の恋心

空居アオ

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東京公演編

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「いや、そもそもサイン自体いらないし。てかサインの意味がわかんない」

 こういう言い方はケイを怒らせるかもしれない。
 ある意味怒ることはケイがトージに甘えているからなのだが、今のトージにしてれば、ケイを怒らせてでもこの話題を終わらせたかった。

 ところが、その予想は見事にはずれた。

「トージならそう言うと思った」

 お見通しとばかりに、ケイは「ふふん」と胸を張る。

「今度出るトージのCD、サイン入りでちょうだい」

 トージは目を丸くした。
 買ってくれないのかと笑って流せばよかったのだろうが、ケイのセリフがあまりにも予想外だったため、すぐには反応できなかった。

「……サイン?」
「サイン」
「いるか?」

 考えるよりも前に、反射的に言葉が口よりこぼれ出た。
 それほどこの要求がトージにとって理解不能なものであった。

 ケイの顔から瞬時、笑顔が消える。
 わずかに下唇を押し上げ、本格的に――本気で拗ねた。
 トージの言いたいことはよくわかるし、この場合、トージの反応が普通だともわかっている。
 だけど逆にそれが悔しいのだと言えば、子供っぽいとトージは呆れるだろうか。

「俺のをサイン入りであげるんだから、トージもサイン入りのをちょうだい」
「だったら普通にサイン入りがほしいって言えば済むだろ」
「そんなの不公平じゃん」

 不公平の問題か?
 トージは唸りそうになるのを堪えた。

「ていうか、じゃサイン入りのCDちょうだいって言ったら、トージ、くれんの?」

 言外にくれないでしょうと何故かドヤ顔で言い切るケイは、トージの親友で恋人というだけのことはある。

「わかってるならやめろよ」

 ドッと疲れたかのような口調で、トージはため息をもらした。
 ケイのわがままには慣れている。
 自分にだけ甘えてくるのはケイなりの愛情表現だし、トージもそれが嬉しい。
 正直な話、そんなケイがとてつもなくかわいい。

 だけどそれも時と場合による。
 ここは稽古場。
 つまりは職場。
 周りには共演者やらスタッフやらがいるのに、ここで恋人の顔をちらつかせてくれるなと切実に思った。

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