63 / 63
再び東京編
-63-(完)
しおりを挟むどことなくすっきりとした声のトージとは違い、ケイは一瞬息を呑んだ。
普段は甘いセリフどころ、恋人らしい言葉遊びのようなやり取りもあんまりない男なのに、今のは告白に聞こえて、ケイは珍しくうろたえた。
ケイから反応を待つトージも押し黙る。
本当は「好き」という言葉に疑問を抱いてしまうほど、全然物足りない。もはや「好き」の二文字で表わすのがおこがましい。寄り添うふたつの心が心地よく互いを束縛し、同時に気持ちよく解放してくれる。
それがどれほど贅沢で得難いのか、トージもケイも本能で感じ取り、享受していた。
ところが人間というヤツはよくよく強欲にできているもので、足ることを知らない。
たくさん手に入れていればいるほど、よりいっそう貪欲になる。
わかりきっていることだからこそ、なお聞きたくなる。言わせたくなる。
例えて言うなら水を張った器だ。
器はすでに百パーセント満たされているのに、零れない限り百一でも百二でも百十でも、表面張力の限界に挑むことを厭わない。
もっと言えば零れることを厭わない。
零れればより大きな器に移し替えるだけのことなのだ。
だからときどき無性に欲しくなる。
ただ一人に言われたい。
その人が言うからこそ、あの言葉は心に波紋を作り、波を立て、ときとして渦となってこちらを丸っと呑み込もうとしてくれる。
「好き」よりももっと強い気持ち。
強くて儚くて。
儚くて強くて。
たったひと筋の光。
「あのさぁ。やっぱ直接会ってCD渡したい」
「……どうしたの?」
「俺のわがまま。だいぶ遅くなってしまうけど、おまえには俺自身の手から渡したい」
ケイには閃くものがあった。
なんの根拠もなかったが、何故トージがそう言ってくれるのか、確信できた。
確信して、胸が熱くなった。
相手に見えないことは重々承知していても、大きく頷いた。
『うん、いいよ。待ってる』
「ありがとう」
弾むケイの声とは反対に、トージは神妙とも言える声で礼を言うので、ケイはおかしくなった。
『ねえ、トージ。なんで急に手渡ししたいなんて言い出したの?』
「さあな。なんでもいいだろう。そうしたいと思ったから、そうするんだよ」
『隠すなよ』
「隠してねえよ」
『ウソツキ』
「おまえ…何笑ってんの! 勝手に俺の気持ち決めつけんな」
『テレんなって』
「誰がッ」
『俺はトージを幸せにしたい』
「――…」
またもや空気が止まる。
しかしそれは決して居心地の悪いものではない。
『トージもそうだよね。そう思ったから、直接俺にくれるんでしょう』
「………」
『俺がそうだって思ったから、絶対にそう』
そして再び沈黙。
「おまえにはかなわないな、マジで」
『……』
「さすがって言うべきなんかな。大当たり」
『トージ』
「俺はケイを幸せにしたい」
『うん…』
「俺と一緒に幸せになってほしい」
『俺も』
電話越しの言葉のやりとりは、声でしか伝えるすべがないせいか、面と向かって話すよりずっと重みを感じる。
『トージ。今日は俺が言っていい?』
「うん」
『――愛してる』
……俺も。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
重みを伴う言葉の、なんと幸せなことか。
黄昏の幕が下りた静寂の空は、やがて再び光を解き放ち、世界を輝きで満たしてくれた。
おわり
0
お気に入りに追加
13
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

素直じゃない人
うりぼう
BL
平社員×会長の孫
社会人同士
年下攻め
ある日突然異動を命じられた昭仁。
異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。
厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。
しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。
そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり……
というMLものです。
えろは少なめ。
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる