たそがれ色の恋心

空居アオ

文字の大きさ
上 下
61 / 63
再び東京編

-61-

しおりを挟む

『遅くにごめん』

 セリフこそ謝罪だが、ちっとも悪いとは思っていない口ぶりがいかにもケイだ。
 いや、訂正。
 トージだけのケイだ。

「全然、大丈夫。――そろそろ来る頃と思ってた」
『やっぱり?』
「おまえは期待を裏切らないからな。いい意味でも、悪い意味でも」
『うっわー、何その言い方。めっちゃくちゃ含んでる』
「楽しそうに言うな。含ませてんだよ」

 冗談とも本気ともつかないトージのセリフに、電話越しでもケイが笑い転げているのがわかる。
 つられてトージも声に出して笑った。
 二人してひとしきりに笑ったあと、ケイは単刀直入に用件を切り出した。

「でさぁ、CDいつくれんの?」

 あくまでもらえることを疑いもしない口調は、恋人間にしか存在しない甘えからきていることが明白で、トージの心臓は嬉しさでむず痒く疼いた。

「いつって言われてもな……」

 言葉尻が濁る。
 毎日がエスカレーターを2段飛びで駆け上がる勢いの二人にとって、こうして電話で話せることすら奇跡に近いというのに、プライベートで直接会うともなると、無理を通り越して無茶であった。
 街で偶然会って、「時間ある? じゃ一緒にメシ行こうよ」というイベントに期待するのはアホらしいけれど、わりとどちらも――口には出さないが――あってもいいと真剣に思ったりもしている。

「宅配便で送るしかないかなぁ…」

 それが妥当な意見ではあったが、トージはケイが怒る(もしくは拗ねる)のではないかと杞憂し、ドキドキしながら電話の向こうの空気を窺った。
 すると予想に反して、ケイはあっさりそうだねと同意した。

『今の俺らじゃしょうがないか』
「………」
『トージ?』
「ああ、ごめん。なんて言うか、いやに素直に引き下がったなって思って」
『俺も聞き分けのいい、くたびれた大人になったってことだろ』
「その嫌味な言い方のどこが大人なんだよ」

 トージのツッコミを無視して、ケイはずっと気になっていたことを聞いてみた。

『それでさぁ、トージはどっちのCDくれるつもり?』

 どっちとは、通常版とDVD付き版のことを指す。

「DVDのほう」
『だよね~』

 即答したトージの語尾を追いかけるケイ。
 さも当然というように頷く顔がトージには簡単に目に浮かぶ。
 そしてケイの次のセリフもわかっていた。

『じゃ俺、通常版買うわ』

 ほら、な。

 予想通りというには、まったく自慢にもならないほど簡単だった。
 何故なら逆の立場だったらトージも同じことを考えるからだ。

「よろしく」

 心地よさそうに呟いて、トージは目を閉じた。
 胸の奥から湧き上がるこの幸せを百パーセント伝えることの難しさに、返って安らぎを覚える。

『なんかさぁ。思うんだよね』
「ん?」
『トージに会えないのって、仕事が忙しいせいじゃない?』
「まあ、そうだな」
『だから、この仕事してなきゃよかったなって』
「えっ」

 と音を発したまま、トージはベッドの上で固まった。
 危うくスマートフォンが手から滑り落ちそうになって、慌てて持ち直した。

 平山啓は、役者という仕事が大好きで、舞台度胸も半端なくて、演技に対する探究心が強く、演じることが天職のようなヤツだ。
 ケイに対する周りの評価はまとめるとだいたいこんな感じで、ケイ自身もそう評価されること、その評価に相応しくあろうとすることに努力を重ねてきた。
 それなのにあんなセリフを言うなんて信じられない。

 確かにケイの言いたいこともわかる。
 トージだって少しも考えたことがないと言ったら嘘だ。
 でも――

『でも、この仕事してなきゃトージに出会えなかったわけじゃん』

 そう。

『そしたらやっぱ役者やっててよかったなぁって思うわけ』

 ほかにも楽しいこと、嬉しいこと、いっぱいあるけどさ。

 わずかにテレたような声音でつけ足す。
 カッコつけた言葉ではなく、特に気合いの入った口説き文句でもない。
 どちらかというと子供っぽい感情論だ。
 けれども――だからこそ、意外とそういう感情論が真理をついていたりするものなのだ。

 最前の戸惑いは瞬く間に消え失せる。
 ずっと仰向けで寝転がったままだったトージは、ベッドから跳ね起き、髪を掻きむしる。

(ああーもう!)

 ケイが可愛いやら、憎らしいやら。
 自分が幸せやら、幸せすぎて怖いやら。

「ヒラン」
『なに』
「ヒランは今でも俺の周りのヤツらにヤキモチ焼く?」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

放課後の保健室でKissして?

むらさきおいも
BL
あらすじ とある落ちこぼれ高校の臨時職員として派遣されることになった擁護教諭の加野凛月(かのりつき)は、イケメンである事からすぐに生徒の心掴み、思春期ならではの相談をされたり好意を持たれたりと忙しい日々を送っていた。 そんな中、3年の将吾(しょうご)だけは加野にとってちょっと特別な存在になっていった。 だけど加野は昔のトラウマから特別な感情を生徒に持つことを恐れ、将吾と深く関わらないよう、なるべくみんなと同じように接しようとするが、強気で見た目はチャラいけど実は健気でメンタルが弱かったり、時に積極的な将吾に翻弄されどんどん心が揺れ動いていく… この先、2人の関係はどうなっていくのか…

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

眠るライオン起こすことなかれ

鶴機 亀輔
BL
アンチ王道たちが痛い目(?)に合います。 ケンカ両成敗! 平凡風紀副委員長×天然生徒会補佐 前提の天然総受け

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

【BL】はるおみ先輩はトコトン押しに弱い!

三崎こはく
BL
 サラリーマンの赤根春臣(あかね はるおみ)は、決断力がなく人生流されがち。仕事はへっぽこ、飲み会では酔い潰れてばかり、 果ては29歳の誕生日に彼女にフラれてしまうというダメっぷり。  ある飲み会の夜。酔っ払った春臣はイケメンの後輩・白浜律希(しらはま りつき)と身体の関係を持ってしまう。  大変なことをしてしまったと焦る春臣。  しかしその夜以降、律希はやたらグイグイ来るように――?  イケメンワンコ後輩×押しに弱いダメリーマン★☆軽快オフィスラブ♪ ※別サイトにも投稿しています

幸せのカタチ

杏西モジコ
BL
幼馴染の須藤祥太に想いを寄せていた唐木幸介。ある日、祥太に呼び出されると結婚の報告をされ、その長年の想いは告げる前に玉砕する。ショックのあまり、その足でやけ酒に溺れた幸介が翌朝目覚めると、そこは見知らぬ青年、福島律也の自宅だった……。 拗れた片想いになかなか決着をつけられないサラリーマンが、新しい幸せに向かうお話。

処理中です...