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神戸公演編
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しおりを挟む神戸公演千秋楽、マチソワ間の休憩時間。
「あ、ねえねえ。知ってる」
「んー」
スマホから顔を上げずに、ふと思い出してケイは言う。
トージも雑誌から視線を移さずに気のない返事をする。
楽屋に他人がいないため、はたから見ればちょっと無理な姿勢でもガッツリくっついてる二人である。
「タカヤくんってさぁ――」
「おまえ、それワザと言ってるだろ」
「違うって」
どこか笑いを滲ませて、即座にケイが否定する。
「わかってるよ」
単なる言葉のやり取りを楽しみたかっただけのようで、トージはそこで雑誌から意識を離し、ケイに手を伸ばした。
ケイも合わせるかのように顎をトージの手に乗せ、どちらからともなくチュッ、と軽く啄むキスをした。
楽屋に二人しかいないため、わりとどちらもやりたい放題である。
あの晩のいわゆる別離の危機(ケイ命名。本気と冗談半分ずつ)を乗り越えたトージとケイは、プロ根性をいかんなく発揮し、翌日の公演を難なくこなし、その後も表面上なんら変わりなく過ごした。
とはいうものの、トージから「愛してる」という言葉を引き出したケイは、いい感じに調子に乗っていた。
こちらトージはというと、以前のように調子に乗るなと言うこともなく、そんなケイを軽く甘やかす日々だ。
それはささやかな――ささやかすぎる変化で、二人っきりのときにしかあらわれないため、仲間の誰一人として気づく者はなかった。
そもそもたとえ気づかれても、なんてたって初演からこの舞台に携わり、プライベートでも仲の良い二人である。今さら二人のじゃれ合い度が高まろうが、互いを突っつき回す確率が増えようが、慣れ切っているカンパニーにとってそれはいつものことの域を出ない。多少エスカレートしたくらいでは誰も気にしてくれないのだ。
「そのタカヤくんがどうした」
答えてケイが言うには、タカヤが某オンラインゲームにハマっているらしい。
「マジ?」
それはトージがケイに教えてもらい、ここ最近珍しくハマっているゲームでもあった。
ケイか得意そうに胸を張る。
そのゲームが好きなヤツに愛される自分がスゴイと言いたいようだ。
そういうよくわからない理由で喜べるところが年齢相応に思えて、トージはいくらでも甘やかしてやるとでも言わんばかりに――内心でだが――笑みを深くした。
バカだとか、そんなこと関係あるかとか、そういうツッコミを期待したケイだったのに、返ってきたのはひと言だけ。
「友達になれるかも」
これまでの経過からすれば予想外すぎるトージの反応に、ケイは目を点にして止まる。
わだかまりはなくなったかもしれないが、人は――特に男ってやつは――感情面においてそう簡単に軌道修正できないはずなのに……何この反応?
「あれを好きな奴に悪い人間はいない」
「いやいやいやいや」
たかだかオンラインゲームを友達作りの判断基準にするのはどうかと思う。
ていうかおまえはそんなにまでハマってたのかッ!
もちろんトージのセリフはほとんどは冗談の要素で満たされている。
それにしても突拍子なさすぎて少々ついて行けなかったケイである。
一方トージは、恋人が驚くのを横目に楽屋の時計を確認すると、おもむろに立ち上がった。
ソワレへ向けて、そろそろ主人公チームのマイク・テストの時間なのだ。
「行ってくる」
「いってらっしゃい」
ケイの声に気のせいか、どこか勝ち誇っているよう悪戯っぽさが見え隠れした。
悪戯には悪戯返しを――そんな、実に子供っぽい感情をそのまま目もとに乗せて、トージは振り返る。
「勘違いすんなよ。おまえを愛してるのは、俺だけだ」
おまえは同じゲームが好きなヤツに愛されているんじゃない。
俺に愛されているんだ。
トージの心の声を受け取り損ねるケイではない。
日頃からしっかりと鍛えた体幹を駆使して、すばやくトージに飛びつき、噛みつくようなキスをした。
もちろん仕上げを忘れるわけもなく、離れ際しっかりとトージの唇を舌で舐めてやった。
…脳裏にはさっきのケイの笑顔が焼きつく。
それはしてやったり感満載の眩しいものだった。
毎日行われるマイク・テストへ行くだけなのに、あんな見送りは贅沢すぎて眩暈がする。
お返しをしなきゃなと、そんなことを考えつつ、トージは舞台袖へ向かった。
~神戸公演編 終~
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