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神戸公演編
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トージは自分が微かに震えていることに気づいていない。
両目は確かにケイの顔をとらえているのに、視線が茫然としていて、焦点が定まっていない。心ここにあらずといった態だ。
まさに今、甘い疼きと鈍痛が暴力的なまでに融合して、二匹の龍となってトージの心臓へと襲いかかっていた。
龍は、空で巨体をうねらせては暴風雨を呼び、地上で暴れては山野をなぎ倒す。
さながらこの世を真っさらにしようとしているみたいに、トージの心を身体を繰り返しかき回す。
なんでこの子はこんなにまでも……!
それなのに俺はなんてことを……!
号泣したいような、咆哮を上げたいような衝動がトージを鞭打つ。
自分を殴りたいような――いや、いっそのこと引き裂いて、眼前の青年に心臓を捧げたいような、そんな敬虔な気持ちすら生まれた。
吾妻統司は、平山啓にこれほどまでに想われるいったいどれほどのご立派な人間だというのだ。
自分の青さ、不甲斐なさは自分が一番よく知っている。
だからこそこれからどんどん成長していき、男としても役者としてもトップに立ってやると決めているし、その自信もある。
だけどいまだ若葉マークを外すまでに至っていない今、この時点で、ケイがトージに見せた気持ちはトージの想像を遥かに超えたものだった。
自分にそれだけの価値があるのか?
――ない。
あるはずないじゃないか!!
「はい、ストップ」
忘我の境地に落とされ彷徨うトージに、ケイは諦めにも似たため息を恋人に投げつけた。
真面目すぎるくらい真面目なトージの考えつくことなんて、意外と多くはない。
自身の「ヤキモチ」発言がもたらした効果も――100%でないにしろ、80~90%くらいは推測できた。
と、いうわけで、トージが自己嫌悪に陥ろうが、その胸中で嵐が吹き荒ぼうが、まあ、納得してやろう。
が、納得してやることと、「はい、そうですか」で放っておくこととでは天地の差がある。
ようするにケイの恋人はそこが「厄介」だったりするのだ。
これならたとえばタカヤのことをとれば、浮気を疑われ、理不尽に詰られるほうがまだマシだ。
そうすれば思いっきりトージを軽蔑し、後腐れもなくこっちから関係を終わらせてやるのに。
でもトージはどうしたってトージで、ケイが大好きなトージだ。
己の狭量に悶え苦しみ、己の不甲斐なさを嘆き、誠実なあまり、愚かにも離れようとまでする。
ケイが惚れたのはそういう男で、そんな意味不明な思考回路を持ってしまった男を――トージが恐れていたように――ケイはどうしたって嫌いになれなくて――なれるはずもなくて。
悔しいことに、むしろ愛しさが増すばかりだった。
両目は確かにケイの顔をとらえているのに、視線が茫然としていて、焦点が定まっていない。心ここにあらずといった態だ。
まさに今、甘い疼きと鈍痛が暴力的なまでに融合して、二匹の龍となってトージの心臓へと襲いかかっていた。
龍は、空で巨体をうねらせては暴風雨を呼び、地上で暴れては山野をなぎ倒す。
さながらこの世を真っさらにしようとしているみたいに、トージの心を身体を繰り返しかき回す。
なんでこの子はこんなにまでも……!
それなのに俺はなんてことを……!
号泣したいような、咆哮を上げたいような衝動がトージを鞭打つ。
自分を殴りたいような――いや、いっそのこと引き裂いて、眼前の青年に心臓を捧げたいような、そんな敬虔な気持ちすら生まれた。
吾妻統司は、平山啓にこれほどまでに想われるいったいどれほどのご立派な人間だというのだ。
自分の青さ、不甲斐なさは自分が一番よく知っている。
だからこそこれからどんどん成長していき、男としても役者としてもトップに立ってやると決めているし、その自信もある。
だけどいまだ若葉マークを外すまでに至っていない今、この時点で、ケイがトージに見せた気持ちはトージの想像を遥かに超えたものだった。
自分にそれだけの価値があるのか?
――ない。
あるはずないじゃないか!!
「はい、ストップ」
忘我の境地に落とされ彷徨うトージに、ケイは諦めにも似たため息を恋人に投げつけた。
真面目すぎるくらい真面目なトージの考えつくことなんて、意外と多くはない。
自身の「ヤキモチ」発言がもたらした効果も――100%でないにしろ、80~90%くらいは推測できた。
と、いうわけで、トージが自己嫌悪に陥ろうが、その胸中で嵐が吹き荒ぼうが、まあ、納得してやろう。
が、納得してやることと、「はい、そうですか」で放っておくこととでは天地の差がある。
ようするにケイの恋人はそこが「厄介」だったりするのだ。
これならたとえばタカヤのことをとれば、浮気を疑われ、理不尽に詰られるほうがまだマシだ。
そうすれば思いっきりトージを軽蔑し、後腐れもなくこっちから関係を終わらせてやるのに。
でもトージはどうしたってトージで、ケイが大好きなトージだ。
己の狭量に悶え苦しみ、己の不甲斐なさを嘆き、誠実なあまり、愚かにも離れようとまでする。
ケイが惚れたのはそういう男で、そんな意味不明な思考回路を持ってしまった男を――トージが恐れていたように――ケイはどうしたって嫌いになれなくて――なれるはずもなくて。
悔しいことに、むしろ愛しさが増すばかりだった。
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