たそがれ色の恋心

空居アオ

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神戸公演編

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「………ッ!  ヒラン、ヤバイって!」

 ケイの唇が攻撃的になっていくのがわかって、トージは慌てて恋人を自分からはがした。
 引きはがされた年下の恋人は曖昧な笑みを浮かべ、濡れ光る唇をわずかに開いて、そこからチロリと舌を出しては噛んでみせた。

 トージはクラッとした。

 恋人の色気にやられたのか、恋人の挑発に軽く眩暈を起こしたのか、正直どっちも大差ない。
 じゃ何が問題なのかというと、これが無意識なら最悪だが、わざとなら再教育の必要性を考えなければいけないところじゃないだろうか。

 トージが一瞬絶句してしまったのをいいことに、ケイは腕を伸ばしてきた。
 今度は両腕だ。
 トージの頬を包んだ。

「タカヤくんに、ヤキモチだって?」

 言葉に遠慮がなく、真っ直ぐ核心を突くのがケイの流儀。
 トージに対してのみの流儀であることを、トージは憎さ余ってかわいさ百倍の心情だったりする――平たく言えば愛は盲目の生き見本ってヤツだ。

 それでも。
 今ほどトージの心を抉った言葉はかつてなかった。
 最前までの甘い雰囲気は瞬く間に凍結し、トージの顔から目に見えて血の気が退いていった。

 ひと口お茶を飲むくらいの間を挟んで、やっとのことで噛み締めた奥歯の隙間から言葉を押し出そうとしたトージだったが、

「謝るのもヘンだろう」

 と、ケイに瞬殺された。
 まったくもってそのとおりなので、ごめんの「ご」しか言えなかったトージは、おとなしく口を噤むことにした。

 今度は顔を俯くことができなかった。
 両頬をケイの手に包まれているからだ。
 といって視線を逸らすこともできなかった。
 ケイの目がトージの目をとらえて放さなかったからだ。
 だけど目を逸らしちゃいけないこともわかっている。
 ケイが好きだから、それがすべてだから。
 いろんなものを取っ払ったあとに残った唯一無二の光のためにも、トージは己を奮い立たせなければいけなかった。


 まだトージの身体には力が入ったままで、呼吸すらもどこか気を遣っているかのようなリズムを刻んでいる。
 情けない姿をさらしていることはわかっている。
 だけどまさかこんな姿が恋人の目にはかわいいとしか映らないなんて、トージは知る由もない。
 ケイはぎゅっと手に力を入れ、トージの頬を引っ張った。

「バカ」
「……」
「たかだかヤキモチくらいで、なんで別れなきゃいけないの?」
「!!」

 真剣な眼差しは、ついさっき危険なキスを仕掛けてきた青年と同じ人間とは思えない。

「ふざけんなよ」

 ケイは短いセリフをむしろ穏やかに、一字一字丁寧に発音する。
 トージはハッとした。
 くだらないヤキモチを焼く自分を、恋人は軽蔑しているのではなく怒っているのだと、ここで初めて理解した。



 …――本当に、今さら、理解した。


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