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神戸公演編
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稽古が進むにつれ、主役含め、ほかのキャラクターとシーンはどんどんできあがっていく中、ケイとトージの斐ノ介と暁ばかりが取り残されていく。いつまで経っても迷宮から抜け出せない。
そうしてとうとう積もりに積もった感情が爆発した日、顔を真っ赤にさせて髪を振り乱し、荒々しく肩で息をしては相手を睨みつける若者二人を、演出家は個別に呼び出したのである。
まだ若い演出家は二人に対して、ただひと言の質問を発した。
おまえはあいつを好きか。
「おまえ」とは役者本人を指すのか、それとも役を指すのか。
同様に「あいつ」が相手の役者とも役とも明言しなかった。
しかしそれで十分だった。
ケイもトージも目から鱗、鳩が豆鉄砲を食らったような表情でその場に立ち尽くした。
このときの二人ときたら、個別に聞いたにもかかわらず、そろって同じ顔をするものだからおもしろかったそうで、やっぱり斐ノ介と暁はこいつらでよかった、こんな状況だけど安心したと、後に演出家は振り返って二人に語った。
紆余曲折を経てと言っていいほど、初顔合わせからやっと、本当の意味でケイとトージは相手の目を見た。
この時点で初日まで残り十日。
時間はあるようでなかった。
けれどもまさにこの十日間があったからこそ、ケイは吾妻統司を、トージは平山啓を知ることとなる。
いつトージを好きになったかと尋ねられたら、 蘭堂暁越しにトージの内面を垣間見えたとき、とケイは迷いなく答えるだろう。
役に対するトージの執着は役者でなくなる自分を怖がっているから。
極端なキャラクター作りは役者として強くありたいから。
ようするにトージは彼自身や周りが思っているほど――いや、思っている以上に「大人」ではなかったのだ。
最初の頃わからなかったあれこれが、トージと研鑽を積み重ねていくうちに、意外にも答えは簡単に舞い降りた。
それはケイにとって斐ノ介を演じるうえでも、この先に待っているトージとの感情の発展にも、まさしくターニング・ポイントとなった。
トージは自身が理想とする「いい男」像に合格するよう、理性と感情の両方を磨き続けるひとだ。
しかしだからこそ、トージが乗り越えたいと思っている繊細な部分を、ケイは愛している。
トージが直視したくなくても常に意識せざるを得ない己の脆弱さを、ケイは愛している。
ケイにとって取るに足らないことで悩み、苦しみ、自己嫌悪に陥り、あまつさえ逃避を図るまでに追いつめられる――自分自身をそこまで痛めつけられる彼の潔くもバカバカしいほどの厳しさを、ケイは、とてつもなく愛している。
まるで掌中の珠のように、大事に…大事に。
そうしてとうとう積もりに積もった感情が爆発した日、顔を真っ赤にさせて髪を振り乱し、荒々しく肩で息をしては相手を睨みつける若者二人を、演出家は個別に呼び出したのである。
まだ若い演出家は二人に対して、ただひと言の質問を発した。
おまえはあいつを好きか。
「おまえ」とは役者本人を指すのか、それとも役を指すのか。
同様に「あいつ」が相手の役者とも役とも明言しなかった。
しかしそれで十分だった。
ケイもトージも目から鱗、鳩が豆鉄砲を食らったような表情でその場に立ち尽くした。
このときの二人ときたら、個別に聞いたにもかかわらず、そろって同じ顔をするものだからおもしろかったそうで、やっぱり斐ノ介と暁はこいつらでよかった、こんな状況だけど安心したと、後に演出家は振り返って二人に語った。
紆余曲折を経てと言っていいほど、初顔合わせからやっと、本当の意味でケイとトージは相手の目を見た。
この時点で初日まで残り十日。
時間はあるようでなかった。
けれどもまさにこの十日間があったからこそ、ケイは吾妻統司を、トージは平山啓を知ることとなる。
いつトージを好きになったかと尋ねられたら、 蘭堂暁越しにトージの内面を垣間見えたとき、とケイは迷いなく答えるだろう。
役に対するトージの執着は役者でなくなる自分を怖がっているから。
極端なキャラクター作りは役者として強くありたいから。
ようするにトージは彼自身や周りが思っているほど――いや、思っている以上に「大人」ではなかったのだ。
最初の頃わからなかったあれこれが、トージと研鑽を積み重ねていくうちに、意外にも答えは簡単に舞い降りた。
それはケイにとって斐ノ介を演じるうえでも、この先に待っているトージとの感情の発展にも、まさしくターニング・ポイントとなった。
トージは自身が理想とする「いい男」像に合格するよう、理性と感情の両方を磨き続けるひとだ。
しかしだからこそ、トージが乗り越えたいと思っている繊細な部分を、ケイは愛している。
トージが直視したくなくても常に意識せざるを得ない己の脆弱さを、ケイは愛している。
ケイにとって取るに足らないことで悩み、苦しみ、自己嫌悪に陥り、あまつさえ逃避を図るまでに追いつめられる――自分自身をそこまで痛めつけられる彼の潔くもバカバカしいほどの厳しさを、ケイは、とてつもなく愛している。
まるで掌中の珠のように、大事に…大事に。
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