たそがれ色の恋心

空居アオ

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神戸公演編

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「ケイ」
「ん」
「俺、ケイが好き」
「うん」
「でも、なかなかケイって呼べないんだ」

 呼んでるじゃないかと言わんばかりにケイは小首を傾げた。
 トージは間違いなく別れ話まで口走った原因を話している。
 だけど全然、まったく意味がわからないのは何故だろう?
 ひょっとして何かを見落としたり、聞きもらしたりしたかもしれないと、一連のやり取りを巻き戻して確認してみる。
 ――やっぱりわからない。
 何がどうなってそうしてこうなっているのか、ケイには心底さっぱりわからなかった。

 きょとんとするケイを前に、トージはそうだよなと、自嘲が表情に影響を及ぼさないよう、心の中で葛藤した。
 恋人の名前をなかなか呼べないことが嫉妬につながるなんて、ケイは想像だにしない。
 トージ自身のこだわりがいかに矮小であるか、それが証明されたのである。

「佐野孝矢が羨ましい」

 男の名前を努めて流暢に、短いセリフを努めて平静に言い切った。
 役者魂の燃焼値は間違いなく短い演技人生においてトップ3に数えられる。

 その努力は実ったとも、実らなかったともとれる沈黙を発して、ケイはじっとトージを見つめ続けた。
 ただ無反応というわけではない。
 声を出さない代わり、さっきから顔じゅうに浮かんでいた疑問符が活発に泳ぎだした。思いがけない名前の登場が驚きをますます深めたのだ。

 沈黙が針となってプスッ、プスッとトージの肌を刺していく。
 一回刺されるごとに、罪悪感と居たたまれなさが倍増する。
 硬い覚悟とともに抹消したはずの迷いと躊躇いが自嘲に姿を変え、トージの目によぎった。

「…俺がやっとのことで呼べるようになったヒランの名前を、あいつは簡単に呼ぶんだ。いつも、いつでも…。俺は普段なかなか呼べないのに、あいつは、簡単に、だ」

 何が断罪の剣だ。
 ただの鉄屑じゃないか。
 とっくに折れていたんじゃないか。

 ――自分でも気がつかないうちに、トージは目をそらした。

 マイナスの気持ちがふつふつと湧き上がってくる。
 止められない。
 一度抑え込んだからこそ、今度は手の施しようのない勢いでやってきた。
 わかっている。
 こんな自分じゃケイの隣に立つどころか、好きと言う資格すらないってことくらい。
 それでも許しを請うしかないのだ。
 それほどケイが好きで好きでたまらないのだ。







「好きだよ」

 自滅的な笑みがケイの唇によって懺悔を許されて、やっと、トージは我に返った。




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