たそがれ色の恋心

空居アオ

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神戸公演編

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 ――キスは、ときに神経を逆撫ですることもあれば、今みたいに解きほぐすこともできる。
 混然とした様々な色の欠片が砕き、昇華し、結果残されたのは単純な一枚の鏡。
 それを挟んで映っているのはふたつのまったく異なる姿形で、人格なのに、それぞれが燃やしているのは、実によく似通っている感情の炎であった。
 ゆらめくせつなさと、力強く燃え続ける確かな甘さがほどよく絡み合い、ふたつの身体と魂を限りなくひとつに近づかせる。


 これが幸せ。


 少なくとも現時点の二人にとっては幸せと感じられる確かなものだった。





 ついばむようなキスを繰り返しているうちに、いつの間にか二人の位置が入れ替わっていた。
 ようやく気が済んだのか、トージは顔を上げ、慈しみに満ちた視線でケイの双眸を捉えると、言った。

「いいよ」

 甘い余韻に浸っていたケイは、すぐには反応できなかった。
 数回瞬きをしたあと、ようやっと言葉の示す意味に気づき、もれそうになった苦笑を嚥下した。
 あのセリフを言い放ったのは数分もない前のことなのに、もう失念してしまうほど今は心地よさの中に揺蕩っている。

 悔しいやら、嬉しいやら。
 おかしいやら、腹立たしいやら

 だいたい、ひとを押し倒した体勢でそんなことを言われても説得力ないし、滑稽だってわかってないのだろうか。
 無性に股間を蹴り上げたい衝動にかられた。
 もちろん男たるもの、そんな些細なことで報復をしない度量は持っているが。


 一方こちら、ケイに情けをかけられたとは知らず、トージは心置きなくその心遣いを台無しにする方向への邁進をやめない。

「ケイがいつも俺にしてくれてること、俺もケイにする。ケイがしたいようにしてくれていい」

 真剣すぎて逆に笑いを誘う眼光でそんなことを言われたケイとしては、心の内で盛大にツッコミを吐き続ける。

 生真面目? 真摯?
 ここは感動するところ?
 ねえ感動しなきゃ俺ってヒトデナシ?
 …いやわかるけど……それがトージだってわかってるけど……

 トージは己の言動が実は雰囲気を壊していることに気づいていない。
 ケイはケイで、自らの思考回路が雰囲気を木っ端微塵に破壊しているとも、やっぱり気づいていない。

 因がなければ果もないとはこのことである。
 因がトージの覚悟なら、果はケイの結論だ。

 実にどっちもどっちな二人としか言いようがなく、当事者の心の動向にかまわず、なお甘く漂う空気のむなしさは、幸いにもどちらも気がついてはいなかった。


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