たそがれ色の恋心

空居アオ

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神戸公演編

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「………」

 ケイが平静を装ってセリフを重ねたぶんだけ、トージにも我に返るだけの時間ができる。
 雨に打たれて濡れそぼった衣服から水気が吸い取られるように、トージのひねくれた心を侵食した自嘲色の感情も、再び綻びから退却・逃走していった。

 じゃ別れない――とは、この期に及んで口が裂けても言えない。
 ケイに詰め寄られて、トージは初めて自分が言ったセリフの重みに気づく。
 が、時すでに遅し。
 覆水盆に返らず。

 ここで前言撤回するような人間は、いったいどれだけ面の皮が厚いのか、想像するだけで笑いが込み上がる。
 ここで前言撤回できないよう人間が、どの面下げて「真摯な態度」とほざくのか、無意識にも眉間に縦皺が刻まれる。

 進退極まるとはこのことだった。
 トージは今になって青ざめた。
 一生に一度の恋だと自分にもケイにも誓ったのに。
 この世界でケイより大事なものなんてないと思っていたのに。
 そんなに矮小な自分の、塵埃の如くプライドを守りたかったのか。
 たかだかそんなくだらないものを守るために、自分は何をした?
 恋人を自ら傷つけて。
 血迷って「終わりにしよう」なんてバカなことを言って。
 けっきょく吾妻統司はいったい何をしたかったんだろうか。
 何が欲しかったのだろうか。

 そうであるにもかかわらず、こんなばかな男をケイはなおも見捨てない。
 見捨てるきでいれば、ああいう尋ね方はしないものだ。
 トージのことが好きだから、トージもケイのことが好きだとちゃんと知っているから、だからトージに引き返すための道を用意してくれる。

 トージは泣きたくなった。
 恋人が示してくれた寛容さとやしさに心が引きつる。
 自己嫌悪の上塗りもいいところだった。



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