たそがれ色の恋心

空居アオ

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神戸公演編

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 ケイはきょとんとなった。
 数回瞬きをした。

 この恋人はいったい何を言った?

 終わりって言ったか?
 聞き間違いじゃなければ、終わりにしようって言ったか?
 まるで別れようって言っているみたいじゃないか。

 そんなことはありえない。

 ケイはトージのことが好きだし、トージもケイのことを好きだ。それは自信をもって断言できる。
 そう断言できるほど二人の絆は半端なものではないし、言い換えれば、断言できないような気持ち――絆では、最初から同性と恋愛を始めたりしない。

 だからトージの言う「終わりにしよう」は、決して別れ話じゃない。
 そんなはずはない。
 そんなバカな話、あってたまるか。

「何を終わりにするって?」
「俺たちの関係」

 トージの声があまりにもあっさりとしていたので、言葉の意味はなかなかケイに届かなかった。
 ケイにしてみれば、トージから絶対に聞くことのないセリフを言われたことになる。
 信じられないと思う一方で、言葉の真実に叩きのめされた。
 身体から一気に血を抜かれたような虚脱感に、ケイは自分が立っていることににわか信じられなくなった。
 恐る恐る視線を下げ、足もとを見てみる。
 紺色の靴下――自分の足。
 室内スリッパは、たぶんソファーの前でおとなしく待ってくれている。
 ……血だまりはできていない。
 当然だ。
 あれはただの感覚なのだから。
 現実であるものか。
 足だって浮いてない。
 だいじょうぶ。
 ただの比喩にすぎない。

 それならこの込み上げる吐き気だって自分の妄想に違いない。

「なんで…?」

 沈黙がお辞儀して去ると、やっとのことでケイの舌が動いた。
 そう。理由だ。
 なんで、今、ここで、こんな話になるんだ。
 なんでお互い好きなのに、別れなければならないんだ。
 ――わけがわからない。

 衝撃をやり過ごそうと、ケイは必死に踏ん張った。もちろんそれは簡単に成功しない。
 灼熱の沼に引きずり込まれそうになりながらも、ただひたすらトージを凝視することで踏みとどまろうとした。
 恋人をじっと見る。
 穴が開くほどというたとえを飛び越えて、最愛の者の皮を剥ぎ、肉を削ぐ勢いで見つめた。
 そうでもしないと何かを見落とす。
 見落としてしまいそうになることが怖くてならなかった。

 トージもケイを見ていた。
 その目にある色を、ケイにはどうしても想像できなかった。

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