たそがれ色の恋心

空居アオ

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神戸公演編

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「それって特殊メイクになんの? ……。へえー、いいな~、俺もやってみたい。……。写真送ってよ。四十代のタカヤくん見てみたい! ……。笑わないって。ウケる自信なら百パーあるけど。……。ごめんごめん! ……。だから冗談だって! 許して、お願~い。……。失礼な! どこが気色悪いんだよ! ……。え? 今?  ……。さっきまでみんなでゲームやってた。……。今夜はトージんとこ。……。ううん。もう解散した。今は俺だけ。……。だいじょうぶだって。俺とトージの仲だもん!」

 信頼している相手の前にいるときの寛いだ姿。
 どこか甘えたような声に、話し方。
 部屋の中にはトージと二人だけしかいないから、ケイはなんの憚りもなく、素のままでいる。
 反対にトージは、心に潜めてあった導火線の一本が、ケイの通話時間が長くなればなるほど、どんどん短くなっていくのがわかる。

 これは間違いなく我慢の限界を試されている。

 トージはのっそりとベッドから下りた。
 ケイは一人掛けのソファーに斜めに背をつけ、膝を立てて座っている。目には窓の外の夜景が映っているだろう。電話に夢中で、トージのことなどまったく気に止めていない。
 だからふと気配を感じたとき、すでに間近にトージの顔――それも双眸に剣呑な色を浮かべている――が迫っていた。
 驚いたケイは話の途中にもかかわらず、不自然に声が詰まった。


『――ケイ?  どうした。ケイ?』

 電話の相手がいきなり黙り込んだりしたら、不審に思わない者はいないだろう。
 タカヤはとにかくケイの名を呼んだ。
 それが誰かの神経を逆撫でするとは知る由もなく。


 ケイのスマホからタカヤの声がもれ聞こえてくる。
 トージは嫉妬と自己嫌悪が巧妙に融合したイリュージョンに翻弄され、脳内で何かがチカチカと光を放って弾けた。
 ソファーの肘掛けをがっちり掴み、ケイの顔に自分のを近づける。

 キスされると思ったケイは反射的にギュッと目をつむる。

『ケイ!』

 電波を介した焦りは引火した導火線に油を注ぐようなものだが、ケイが予測していたようなことは(時間にすればわずか数秒間ではあっても)待てども待てどもやって来なかった。
 それでもトージの息遣いはわかる――感じる。
 目を閉じていても、大好きなトージの醸し出す空気は肌でわかるし、間違いようがない。

 …その空気に動く気配がない。
 不思議に思い、恐る恐る目を開ける。
 すると、思っていたよりもずっと――あまりにもトージの顔が近くにあったので、ケイの心臓がドキッと跳ねた。
 唇が触れ合うまでほんの数ミリ。
 このあるかないかの距離で、トージはじっとケイを見つめていた。
 怒っているわけじゃない。
 悲しんでいるようにも見えない。
 ただわずかに眇めていた目に、何かに対する確固たる意志と、一方では、捉えきれない迷いが去来していた。
 息を呑むほど真剣でいて、水面に広がる波紋のように揺れている。
 その奥で自嘲とも取れる微粒子が浮き沈みしていた。

 ケイはゆっくり息を吐き出す。吐息混じりに、

「トージ」

 と恋人の名を呟く。

『蘭堂?』

 呼ばれた本人よりも、電話の向こうのタカヤのほうが、反応が速かった。
 トージとタカヤはいまだ面識がないので、遠慮なのか、タカヤはトージを役名で呼んでいる。
 とても言いにくそうだった。


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