たそがれ色の恋心

空居アオ

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東京公演編

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「…ケイ」

 これまで、睦言以外で、こんなにすんなりとケイの名前を呼んだことがあっただろうか。
 隠しきれない嗚咽を断続的にもらすケイは、まるで愛情に飢えている雛鳥のようだ。
 その背中を、トージはあやすようにして何度もさする。

「トージ…トージ…トージ。トージ……」
「なに」
「………」
「ケイ。言ってみな」

 ぽんぽんとケイの背中を叩き、先を促してやる。

「言いたいことあったら、全部ぶちまけちまえ。なんでも聞くからさ」
「――トージ」
「今さら気ィ遣う仲か? かまわないから、言えって」
「トージ……俺のこと、嫌いにならない?」
「なるか」
「呆れない?」
「ない」
「本当に」
「ホント」
「嘘つかない?」
「つかない」
「じゃ好きって言って」
「なんでそうなるんだよ」

 ケイがトージの首筋に顔をうずめたまま、おかしそうに笑い出した。

「ちょ、ヒラン。くすぐったい」

 身じろぎするも、ケイはトージを放さない。

「こら。ヒラン」
「ケイ大好きって言ったら、放してあげる」
「こらこらこら」
「…言ってくれないの?」

 ポツリと寂しそうな声が耳朶を撫でていく。
 一瞬、耳たぶを唇でまれる。
 おまえ、それ反則――とトージは舌打ちしそうになるのを必死で堪えた。

「さっきまで泣いてたのに、いい度胸じゃねえか」

 演技半分で毒づいてみたものの、返ってきたのは「えへへ」という、なんとも憎たらしい笑い声。

「トージ」

 ただ名前を呼んだだけなのに、鳥肌が立ちそうになるくらい声が甘い。

「……おまえ、タチ悪ぃぞ」
「言ってくれないの?」

 今度は声色を変えてきた。
 トージに見抜かれていることを承知のうえで、あえて演技をしているのだ。

 ……ちくしょー!  これだから役者って奴は!!

 自分のことを棚に上げて、トージは内心毒づくも降参した。
 何しろこんなことを仕掛けてくるケイを、口ではタチが悪いと言いつつも、その前に「かわいいヤツ!」とか思ってしまうのだから、降参以外の選択肢など最初から存在しない。

「ヒラン」
「ケイ」

 すかさず訂正の声が飛んでくる。

「――ケイ」
「なーに?」
「好き」

 ああ、ちくしょー。
 完敗がなんだ。
 マジで好き!
 文句あるかッ!!




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