たそがれ色の恋心

空居アオ

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東京公演編

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 タカヤはケイの稽古場に向かっていた。
 事務所から、今後のために見学しておいたほうがいいと言われた――のが建前。
 本音は、どうやら仕事の都合で東京公演を観に行けそうにないので、せめて稽古だけでもケイの顔を見に行こうということだった。
 そして。今日になってケイが足を怪我したと聞いた。
 怪我といっても軽く捻っただけで、通常どおり稽古に参加しているらしく、舞台自体にもさほど影響がないそうな。
 それでもタカヤはちょっぴり心配してしまう。
 一緒にいるときはいつもにふざけ合ったり、騒いだりするケイだが、仕事に対してどれほど真剣で貪欲か、よく知っている。
 たとえささやかな怪我だとしても、ケイが今どんなにか悔しい思いをしているのか、これもタカヤには簡単に想像できた。

 ケイから怪我をしたという連絡はない。
 なくてあたりまえだ。
 自分がケイの立場でも、そんなことくらいでいちいち連絡したりしない。
 だから――ならば直接顔を見に行くまでだ。





 タカヤはエレベーターを降り、左右を見回す。初めての場所だが、すぐに案内図を見つけ、稽古場の位置を確認する。
 そこへふと、ヒランという単語が耳にかすめた。
 休憩中でもないようだし、一瞬気のせいかと思ったが、続けてケイの声でトージと呼ぶのが聞こえた。二人でセリフ合わせをしているのだろう。

 事務所を通して許可を得ているとはいえ、部外者が稽古を見学するのはやはりどこか気が引ける。
 先にケイに会えるなら、いくらか稽古場にも入りやすくなるだろう。
 タカヤは声のほうに足を向けた。

 それにしてもセリフ合わせだというのに、ケイも吾妻統司も声を抑えすぎである。話し声は聞こえるのに、何を言っているのかさっぱり聞き取れない。周りを気遣っているにしても、これじゃ稽古にならないのに…
 このカンパニーではこれが普通なのだろうか?
 そんなことを考えているタカヤの耳に、今度は信じられないひと言が飛び込んできた。


 トージのバカ。


 これだけやけにはっきりと聞き取れて、タカヤは目を丸くした。
 ひょっとして、ただごとじゃない状況なのか。
 まさか初日を目前にして、今さら喧嘩?
 …でも本当に喧嘩なら仲裁してやらないと。
 どこまでも兄貴肌のタカヤは急いだ。


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